第27話 ピザ来ねぇ!
四月後半。ゴールデンウィーク。
激動の一ヶ月をなんとか乗り越えた俺は、長期休暇に合わせて地元である足立区に戻ってきていた。
連休中は実家で家族とゆっくり過ごしながら、勉強の復習や墓参り。そして中学の同級生とプチ同窓会(毎日のようにメールが来ていたので仕方なく参加)にも参加する予定だ。
とまぁなかなかに充実した連休になりそうなのだが……。
「おおお! ここが足立区かぁ! ボク、足立区って初めてだよ!」
「そうですかい……」
地元に降り立った俺の横には、ルームメイトである忍崎ふたりもいた。
実家が北海道らしい忍崎は帰省するにも金がかかるらしく、元々バイト三昧の予定だったらしい。
そんな忍崎に帰省のことをうっかり話してしまったのだ。
「行きたい行きたいボクも行きたいいいいいい」
とうるさかったので、しぶしぶ連れてくることとなった。
「とはいえ、なんで女の方がついてくるんだよ」
「え? 妹さんがいるんでしょ? だったら男よりは女の方がいいかなって思ったんだ」
「……。意外と気が利くじゃん」
最近改装を終えた駅のホームを抜け、バス停に向かう。
「ねぇねぇあれはないの!? 初見じゃ読めないって話題のやつ!」
「
「そうそうそれ!」
台風や積雪の度に都心の鉄道で最速で死ぬため、SNSで時々トレンド入りする名物列車である。
「足立区に来たなら是非乗っておきたいんだよね」
「悪いが俺の家に行くときには使わない」
「ええ!?」
「ほらバス来た。乗るぞ」
スマホ決済をし、バスに乗り込む。
「意外とヤンキーがいない……」
「足立区じゃそういう輩はシンボルエンカウントじゃなくてランダムエンカウントなんだよ」
「ゲームで例えられてもわかんなーい。でもつまんないなー。足立区は住民の6割が前科持ちって聞いてたのに」
「流石にそれは盛り過ぎな!」
いくらなんでもそれはない。区民に謝ってくださいね?
「でもこうして来てみると意外と普通の町だねぇ」
「まぁな。最近はかなり治安は落ち着いてきたって話だ。父さんが子供の頃とか、もっと酷かったってさ」
他の乗客はいなかったので、そんな地元トークで盛り上がってしまった。
「到着。ここが俺の実家だ」
「ふぇえ。雰囲気あるねぇ」
「オブラートに言うじゃん……中はもっとすごいぜ。ただいまー」
鍵を開けて、玄関の引き戸を開く。
「おかえりなさい。お兄ちゃん会いたかっ……え?」
笑顔で出迎えてくれた妹、凜の表情が固まった。目線は忍崎である。
「こんにちわ。澪里くんのルームメイトの忍崎ふたりです。わ~。澪里に似て可愛い子だね~」
「だろ。うちの妹は世界一だからな。うん? どうした凜?」
「お……お……お……お兄ちゃんが彼女連れてきたー!」
「あ、待て違う!」
「もう同じ部屋で暮らしてるってー!」
「それも違……くはないけど誤解だ。待ってくれ凜-!」
「あはは。朝倉家、もう面白~い」
篠崎家の二体一心のことを隠しつつ、凜をなんとか説得するのに一時間掛かるのだった。
***
「そうか。父さんと母さんは群馬の方に行ってるのか」
「うん。群馬のおばさんが倒れちゃったから、面倒見にいってるんだって。連休中はずっと向こうだって」
「こっちが困ってるときは助けてくれないのに、自分が困ったときは平気で呼び出すのな」
父さんの貴重な連休が、倒れた親戚の世話で潰されるとは……。
ギブアンドテイクなんて言葉があるが、自分の家族が善意のギブだけをさせられているのを見ると、モヤモヤとした気分になる。
俺の帰省がなければ凜も両親に同行することになっただろう。
凜の連休も潰されていたかもしれないと思うとゾッとするぜ。
「も~! そんなこと言っちゃだめでしょう! 困っている人は助けてあげないと。この家だって、本当は売ってみんなで分けるところを譲ってくれたんだから」
「そうだな。親戚を悪く言うのはよくないな。兄ちゃん反省してるよ」
そんなこと微塵も思っていないが、妹の手前そう言っておく。
「ねぇねぇお兄ちゃん」
「なんだ凜?」
会話も一通り終わり、しばらく沈黙が訪れたとき。
俺と忍崎を交互に見ながら、妹の凜がこっそりと耳打ちしてきた。
「私、今夜家明けようか?」
「どこでそういう気の使い方覚えた!?」
まさか父さん母さん……いや、違う。おそらくドラマとかの影響だろう。
このくらいの年齢の女子、ドラマに影響されがち。
あと夜歩くのは危ないから駄目だしその必要もないからな。
この人は彼女でもなんでもないから。
「でも……あのすごいおっぱい見てたら……彼女じゃなくてもその……男の人ってそういう気分になるんじゃないの?」
「ああ、あれな。確かにスゲーよな」
忍崎女の胸部の大きさはすごい。俺が今まで出会ってきた女性の中でもダントツでナンバーワンだ。
あんな胸部を無防備に揺らしている女と同じ部屋で生活していたら、さぞ溜まるものも溜まるだろうどうしよう俺と入学当時は思っていたが。
「毎日見てるとな。意外と興味がなくなっていくんだ」
「そ、そういうものなの?」
「ああ。これはマジ」
忍崎が起こしたおっぱいインフレーションにより、俺の性癖の中から胸のサイズという項目は消失したと言っていい。
割と大きかろうが小さかろうが構わない感じになってきた。
「毎日見てるの?」
あ、やべ、しまった。
凜のジトーっとした目が痛い。
なんとか話題を逸らさなくては。
「そ、そういえば忍崎は随分静かだな。何か珍しいものでも見つけたのか?」
「うん……あれ」
忍崎が指差したのは、仏壇だった。
「置いてある家、初めて見たって思ってさ」
「なんだよ。忍崎の家にはないのか?」
「うん。ボクの家って洋風だから」
おい忍者。
とはいえ洋風の家に住んでいるというのは本当なのだろう。
家では当たり前のものにまで興味を持つので、案外楽しかった。
忍崎は年下とも意外と上手く付き合えるようで、凜ともあっと言う間に打ち解けた。
本当に男バージョンの方が来なくてよかったと思う。
「忍崎さん楽しい。お姉ちゃんができたみたい!」
「あはは。凜ちゃんがイイ子だからだよー」
「あ、あの忍崎さん」
「なぁに凜ちゃん?」
「お姉ちゃん……って呼んでもいいですか?」
「もちろん!」
「やったー! はーあ。ふたりお姉ちゃんが本当のお姉ちゃんになってくれたらいいのにー」チラチラ
「そういうの反応に困るからやめなさい凜」
日も暮れてきた頃。
ポンポーンという音が鳴った。
「あ、ピザ来たかな」
そろそろ夕食かもという頃合い。俺たちは出前のピザを注文したのだ。
「泊まらせてもらうんだもん。ボクの奢りでいいよ」とのことだったので。遠慮無く頼ませてもらった。
「俺が受け取ってくる!」
「うん。決済は済んでるから、受け取りだけよろしく」
「オッケー」
妹の手前冷静を装っていたが、生まれて初めてのピザにわくわくしながら、俺は玄関を開けた。
「ご苦労様で……糸式?」
玄関に立っていたのは、糸式鈴芽だった。
流石ファッションブランドの若きオーナー。モデル顔負けのバリバリのコーデでキメている。
「足立区にwwwお洒落とかwwwうけるんですけどwww」と言ってTシャツショートパンツでやってきた忍崎とはえらい違いだ。
「ちょっと近くに寄ったのよ。そこで朝倉くんが、連休中は帰省するって話を思い出してね。ついでだから寄らせて貰おうかと思って」
「お、おう……」
「はい。これ手土産。ご家族でどうぞ」
「ど、どうも。なんのお構いもできませんが……あ、ちょっと上がってく?」
「ええ。是非!」
糸式は深く深呼吸してからブーツを脱いだ。何をそんなに緊張しているのだろう。
「あら? これは妹さんのじゃないわよね。お母様のサンダル? 随分お若いのね」
「いやこれは……」
「もしかして……女の子? 前に言っていた親友の?」
ギロリと睨まれる。
「まぁこっちこいよ。すぐにわかる」
今日は両親がいない旨を説明しつつ、居間まで案内する。
「お兄ちゃん? その女の人誰?」
「あれ……糸式さん?」
やってきた糸式を見て、ピザを待っていた二人が驚く。
無理もない。俺も驚いているのだから。
「ねぇ。今日ご両親がいらっしゃらないのよね? どうして忍崎さん(女)を連れ込んでいるの?」
「これには色々と事情がありまして」
「へぇ……事情が。私には何も言ってなかったわよね?」
顔を背けようとしたが、ポニテに捕まり顎クイされる。
どうやら逃げられないようだ。
まぁ事前に忍崎(女)も共に帰省することは知っていたにも関わらず黙っていた俺が悪いのだが。
「ほら糸式。凜が怖がっちゃうから。座って座って」
「こ、こちらにお座り下さい。上座です」
「そ、そんな上座だなんて。お気遣いなく」
「いえ。それじゃ」
さっと離れる凜。ちょっと傷つく糸式。
「ププ。嫌われた~」
「あ、あなたのせいでしょう!」
「ボクは悪くないよ~」
そして忍崎にまでからかわれ、糸式は涙目になる。
凜に嫌われたというよりは怖がられている。
う~ん。前々から凜と仲良くなりたいと言ってくれていた糸式が怖がられるのは可哀想だ。
「ほら凜。このお姉ちゃんからお土産貰ったぞ」
俺は糸式から手渡されたスイーツの箱を開いて見せる。
「わ、わぁ~!」
「後でみんなでいただこうな?」
「すごい! すごいすごいすごい! これ、前にテレビで見たヤツだよ! すっごく高くて高級なのに超人気で、全然買えないすごいスイーツなんだよ!」
「そ、そうなんだ……じゃあ兄ちゃんの分も後であげるな?」
そ、そんなにすごいヤツなの? 凜が喜ぶのは嬉しいが、そんなに高級なヤツを渡されるとちょっと気後れするんだが……。お、お返しどうしよう。
「えっと。ピザが届くから、糸式も一緒に食べようぜ」
「そうね。是非」
「ボクの奢りだからね。噛みしめて食べてよね?」
「忍崎くん。そのピザ、今からでも私の奢りということにならないかしら?」
「ちょっとその高そうな財布しまってよ! 揺らぐ! 揺らぐから!」
女子が財布を出さないことが嘆かれる昨今、食事の前に速攻で財布を出す女、糸式鈴芽。
目に見えない弾丸飛び交う女の戦いが行われる最中、再びピンポンがなった。
「あ、今度は私が行ってくる」
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫!」
ようやくピザが届いたようだ。
俺が糸式と忍崎に挟まれて動きにくいのを察してか、凜が玄関に向かう。
その後、ドカドカと大きな足音が居間まで近づいてきた。
「お兄ちゃんどうしよう!? 少女漫画みたいな人が来た……」
「「「少女漫画?」」」
俺、糸式、忍崎の声が重なった。
誰だろうかと考えを巡らせる間もなく、その男は姿を現す。
「うわ……古い家って天井低いのな。ぶつけそうになったわ」
「き、金大寺!?」
現れたのは金大寺弟だった。
確かに言われてみれば少女漫画の俺様系ヒーローぽい。初登場時とか特に。
「ピザ頼んでるってマジ? 俺、寿司ウィーバーで頼んじまったんだけど?」
「お寿司!」
「お……おお。なんだお前。朝倉の妹か?」
「お前じゃないです。私の名前は凜です」
「この気丈なところ……フッ。顔も中身も兄貴にそっくりで……可愛いな」
「え……あ、ありがとうございます。えへへ」
イケメンの御曹司に容姿と中身を褒められ、デレデレする凜。
俺は静かに金大寺に近づくと、そっと耳元で告げた。
「俺の妹に色目使ったら○す」
「急に足立区ってきたなオイ!?」
金大寺を凜とは遠い席に座らせる。
朝倉家は古い木造家屋だが、広さだけはある。5人で座ってもまだ余裕があった。
「あんたも来たのね」
「ああ。この前の礼も兼ねてな。ぱーっと美味いものでも食おうと思ったんだよ。したら帰省してるって言うからさ。まぁ足立区は一応都内だし、遊びに行ってみるかってなってな。ってか、ルームメイトの忍崎はわかるが、なんでお前がここに?」
「何よ。私は血より重い絆で結ばれたクラスタのメンバーなのよ? 居ちゃ悪いの?」
「いや何もそこまで」
あまりの糸式の迫力に怯む金大寺。
ってか血より重いって……クラスタってそんなに?
ピンポーン。
よし。今度こそピザだろう。
「わ、私が行ってくるね」
ピザか寿司か迷っている感じではない。次は何が来るのか気になって仕方がない様子の凜が再び玄関に向かった。
いや。流石にそろそろピザであってほしい。寿司でもいい。
「きゃああああああ」
「凜!?」
玄関から凜の悲鳴が聞こえた。
「くっそ……」
平和な七星に行っている間に、どうやら俺は平和ボケしていた。
ここは足立区だぞ。いくら最近は治安がよくなってきたとはいえ、まだまだ危険区域であることに変わりはない。
そんな土地で女の子を一人玄関に向かわせるなんて、とんだ平和ボケ。
これで凜に何かあったら……俺は……。
「おやおやこれはこれは。こんなに可愛らしいお嬢さんに出迎えて頂けるとは」
「あ……あの……。私の家は貧乏だけど借金だけはしたこなくて……だから……売らないでください」
「売る……?」
玄関に立っていた人物は困ったように首を傾げる。
そして、やってきた俺たちを見てぱっと顔を明るくした。
「おやおや。これはお揃いで」
「に、兄ちゃん!?」
「勇吾さん!?」
「金大寺……勇吾!?」
まさかの全員集合か……ってか。ピザ来ねぇえ!!
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