第26話 決着と取り決め

 自分の見ていた世界が180度変わる。

 そんな経験をしたことがある。

 自身の固有魔法がなんであるのかわかった、7歳のあの日。

 これまで自分のことを「神童」と持て囃してきた人たちの失望した顔を、今でも夢に見る。


「いくら勉強や運動ができたって固有魔法がなぁ」

「兄弟で足して二で割ると丁度いいんだけど」


 それからだった。

 他者の視線が怖くなった。

 他人は内心自分を見下しているのだという強迫観念に支配された。


「俺は……兄ちゃんの方が当主にふさわしいと思う! 兄ちゃんが当主になるべきなんだ!」


 自分を慕う弟にそう言われる度、激しい感情がわき上がった。


 怒りとも違う。憎悪とも違う。嫉妬とも違う。この感情を形容する言葉は存在しないだろう。

 いくら弟からそう思われていようと。千数百年続いてきた伝統は決して変わることはない。


 彼は心配だったのだ。

 神童と呼ばれていた頃の自分の幻影を追う弟の姿が。

 勇吾が金大寺家の当主になることは絶対にない。

 だからこそ、弟の巻志には当主として立派に育ってほしかった。


 自分のことなど乗り越えていって欲しかったのだ。

 例え嫌われることになったとしても……。


 ***


 ***


 ***


「んっ……」


 十分ほどで、金大寺勇吾は目を覚ました。

 目立った外傷もないようで、少し眩しげに目を細めてから、ゆっくりと上半身を起こす。


「兄ちゃん……よかった。目が覚めて。急に襲ってくるからビックリして……」

「お前というやつは……はぁ」


 金大寺兄はため息をつくと、俺の方に向き直った。


「朝倉澪里くん。すまなかった。代々受け継がれてきた固有魔法を他者に売り渡す。その愚行を見た途端、頭に血が上ってしまった」


 そう言って、彼は頭を下げた。


「いや。俺としてはメリットしかないからいいんですけどね……」


 チラリと、金大寺弟の方を見やる。


「俺はただ……強化魔法を汎用魔法にして。金大寺家全員で使えるようになったら……純粋に能力で次の当主が決まると思ったんだ……」

「馬鹿だなお前は。俺は別に当主の座に執着なんてしていない。お前に冷たい態度をとってきたのは、お前に当主となる覚悟を決めて欲しかったからだ。いつまでも、かつての俺の幻影を追うお前の目を覚まさせたかった」

「そ、そうだったのか……でも」


 金大寺弟の表情は再び暗くなる。


「俺が兄ちゃんに勝てるところなんて……勉強もスポーツも魔法も……何も勝てない」

「フッ。あるじゃないか。俺という強者に共に立ち向かってくれた大切な仲間が。俺には、そんな仲間はいない。金と暴力では決して手に入らない絆。それをお前は持っていた」


 金大寺弟に仲間? 絆?

 初日にいた取り巻きたちは離れていったぽいし、誰のことを言っているんだろう……あ、俺か。俺!?


「最後。二刀流で俺に立ち向かってきた時のお前は……とてもいい顔をしていた。あれでいい。常にがむしゃらであれ」

「あ、その……あれは……ごめん」

「謝る必要はない。ずっとあの顔が見たかった。俺なんて越えて、一族を引っ張っていく当主になる。そんなお前の姿を見せてくれ」

「俺は……ずっと兄ちゃんこそが当主にふさわしいと思ってた」


 だが、金大寺弟は気付いた。

 それは兄の期待を裏切ることになる繋がると。

 だから、変わらなければならないのは……弟なのだ。


「俺、当主として兄ちゃんの期待に応えられるようになりてぇ。だから兄ちゃん。これからは意地悪なしで、俺を鍛えてくれないか」

「フッ。よく言った。ビシバシ鍛えてやるから、覚悟しておけよ」


 ここまで腹を割って話すのは一体いつ振りだったのだろう。

 兄弟のぎこちない会話は、最後は笑顔で終わることになった。


「ところで朝倉澪里くん」


 その後。金大寺兄は改めて、俺の方を向いた。まるで交渉相手に話し掛けるような、大人のようなしゃべり方に自然と俺の背筋が伸びる。


「勝手なお願いで済まないが……君は巻志から得た情報で、強化魔法を汎用魔法として使えるようにした。さらに汎用魔法と同じように他者に配ることができる……ということで間違いないかい?」


 すごいなこの人。あの戦いと俺たちの会話だけでここまで……。


「今のところ、俺以外の人には使えませんが……将来的には誰にでも扱えるように調整していくつもりです」

「なるほど。ではそれをやめてもらいたい。君自身が使うことは構わないが……他者への配布は強化魔法に関しては禁止としたいのだが」


 なるほどそう来たか。


「条件次第ですね。こっちも元々そういう話で弟さんから頼まれてるんで」

「兄ちゃん……ごめん」

「いやいい。それでは朝倉くん。後日また、改めて条件を整え、話に窺おう」

「わかりました。それまで、強化魔法については誰にも配らないと約束します」

「助かるよ。じゃあ最後になったが。弟と久々に笑って話せて嬉しかった。ありがとう」


 そう屈託無く笑って、金大寺兄は去って行った。



 強化魔法の口止め? の代金としては、金大寺兄の持つ汎用魔法をいくつか貰えればそれでいいと思っていた。


 だが……後日。彼は俺が想像する以上の報酬をひっさげて戻ってくるのだった。


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