第25話 屋上バトル

「む……あれは?」


 若くして七星学園理事長を務める鬼才、古海礼明うるみ れいめいは放課後の学園を散歩するのが日課だった。

 はじまりの七家のリーダー格、古海家の人間とはいえ、若くして魔術師教育の最前線、七星学園の理事長を務める彼は、若き才能ある魔術師が大好きだった。


「り、理事長!? お疲れ様です」

「お疲れ様です。部活ですか? 頑張って下さい」

「はい!」

「ふふ。今日も学園は平和ですね……おや?」


 ふと窓の外を見ると、屋上の様子が見て取れた。

 フェンスに囲まれた屋上は防御魔法で守られており、魔法の練習場としての役割を持っている。

 事前にアプリで受付を済ませれば、生徒なら誰でも使用が可能である。


「あれは金大寺家の巻志くん。そしてもう一人は……見慣れない子ですね。女の子でしょうか?」


 古海理事長の目には、金大寺が女子生徒に魔法を見せびらかしているように見えた。


「一体何をしているのでしょう……」


 その何でもない光景に、古海理事長は言い知れぬ不安を覚えるのだった。


 ***


 ***


 ***


 強化魔法には二種類ある。

 まず物質を魔力によって巨大化させ武器としての属性を与えるビッグバイト。


「これはお前との戦いで使ったやつだな」

「ああ。こっちは劣化版とはいえコピー済みだ」


 とはいえ、本来のビッグバイトはどんなものでも魔力消費次第で巨大武器化できるかなり強力な魔法だ。

 俺のビッグバイト・エミュレーションは手の平大の物を魔力を魔力で覆って、同じ形のより大きな物として形成するなんちゃって強化。


 とはいえ、先日の天城銀河戦での活躍を見るに、十分に実用的だ。

 何せチャリ鍵でドラゴンマンを倒せたのだから。


「もう一つは?」

「もう一つはウェポンフォース。こっちは元々武器とされている物を強化し、その性能を極限まで高める魔法だ」

「武器って言うと、拳銃とか刀とか? え、もしかして持ってるの?」


 銃刀法違反じゃない?


「安心しろ。学生との決闘じゃ武器は使えない」

「なんだそれなら安心……ってんなわけないよな? 俺の質問の答えになってないよな!?」


 結局持ってるのかい? 持ってないのかい? どっちなんだい?


「とはいえ、俺たちはじまりの七家であっても武器を持ち出せるのは魔物退治の時だけだ」

「なら、当面はビッグバイトのコピー精度を上げていくことを目標にしよう」

「ああ。で、俺は何をすればいい?」

「適当に魔法を使うところを見せてくれ。色々なものを武器化してみてほしい」


 俺の魔法への解像度が上がる度に。解釈が広がる度に。学園案内アプリはそれを最適化。

 より洗練された魔法式を提案してくれる。


「そうだな。まずはこのチェーンロックにビッグバイトを……いや、これは武器か?」


 鉄製のチェーンで作られた自転車用の鍵。これが武器判定だった場合、ビッグバイトは使えない。


「いや普通に鍵だろ。ビッグバイト使用可能だ」

「そうかよかった。昔買ったやつなんだよ」

「いやなんで朝倉はそれが武器かどうか迷った?」

「え? 小学生の頃とか護身用で持ち歩くじゃん?」

「持ち歩かないが?」


 持ち歩かないのか?

 防犯ブザーだけじゃ心許ないだろうに。


 ああそうか。こいつはお金持ちのお坊ちゃんだから、きっと小学校とかもリムジンとかで送り迎えしてもらっていたんだろう。

 話が合わないわけだ。


 その後、チェーンロックやハサミなど、色々なものを見せて貰いながら解析を進めていく。


「サンキューな。お陰でより精度の高いビッグバイトが出力できたよ」

「本当か? それじゃああとはウェポンフォースだな……運良く魔物の討伐依頼が入ればいいんだが」

「俺とお前が一緒に討伐に行くって難しくね?」


 なんて話をしていた時。


 屋上の扉がガチャリと音を立てて開いた。


「おい! 今は俺様たちが使用中だ! また今度にしやが……に、兄ちゃん!?」


 現れたのは、金大寺兄だった。

 丸眼鏡の奥の鋭い眼光は、怒りに燃えている。


「仲がいいのは結構だが……なぜ糸式クラスタの人間の前で得意げに魔法を披露している? 解析や出力という言葉が聞こえたが……?」


 見てやがったか。


「ち、違……これは」

「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが……まさか糸式ごときに金大寺家の魔法を売ったのか? 愚か者め」

「違う! これは全部兄ちゃんの為に」


 いや……売ったことに関しては割と否定はできない気がする……。


「君も少々非常識じゃないか?」


 そして、金大寺兄の怒りの矛先は俺に向かう。


「固有魔法は魔術師とその家系にとって命より重いもの。それを解析し何を企んでいるのかな?」

「さぁてね。生憎俺は固有魔法なんて持ってないのもので」

「だろうね。悪いが君のことは調べさせて貰ったよ」

「へぇ……」


 流石だな。

 弟を倒した敵のことは調査済みって訳か。


「君のお父さんの病気の事も。勤め先も。大切にしている妹のことも。全て念入りに調査させた。さてそれでは巻志から得た強化魔法の情報を全て消去してもらおうか」

「生憎、取引で決まったことでしてね。消す訳にはいきませんよ」

「では君のお父さんの会社には消えて貰うことになるが……構わないんだね?」

「はぁ!?」


 財力魔王なんてあだ名があることは聞いていたが、そんなことができるのか?

 やり口が完全にヤク……。


「君のご実家は足立区の古い民家のようだね。戦後すぐに建てられた木造建ての平屋。例えばタバコのポイ捨てがあったら、一気に燃えてしまいそうなほどに古い」

「お前……脅してんのか?」

「この学園では魔法だけが力じゃないんだ。俺が直接指示をしなくても、ぽつりと呟くだけで誰かが気を利かせてくれることもある。さてもう一度言わせて貰おう。巻志から得たデータを全て破棄しろ」


 凄まじい眼圧だ。

 コイツ、マジで2、3人くらい東京湾に沈めてるんじゃないのか? 

 そのくらい、雰囲気がある。


「やめてくれ兄ちゃん! そんなことする兄ちゃんなんて見たくねぇよ」

「朝倉澪里。お前が脅しに屈しないのはわかった」


 ほっ……。脅しでよかった。ガチの脅迫だったらどうしようかと思った。


「だったら力尽くでいかせてもらおう」


 金大寺兄の周囲に魔力が満ちる。固有魔法発動の準備に入ったことがわかった。


「おいおい……まさかここでおっぱじめる気か!?」


 金大寺兄の周囲には、黒い鉄の塊がいくつも出現する。

 俺は横に居る金大寺弟に聞いてみる。


「そういえばお前のお兄ちゃんの魔法って?」

「金属生成魔法……メタルフォースだ」

「大丈夫だ死なないように加減してやる。――食らえ!」


 バスケットボール大の鉄の塊が凄まじいスピードで俺たちの方へと突っ込んでくる。


「くっ……ぶねぇ。殺す気かよ!?」

「死にたくなければ今すぐスマホを置いて立ち去れ」


 さっき加減してやるって言ってたのに!

 

「はっ……! 誰が……おっと」


 金大寺兄は次々と鉄の塊を生成し、それをこちらに飛ばしてくる。

 圧倒的物量による面の制圧攻撃。

 この狭くフェンスに閉ざされた屋上という空間で、これほど脅威な攻撃はそうそうないだろう。


 なんとか回避しているが、直にこちらの回避パターンも読まれてしまうだろう。

 決闘場の保護魔法なしであんなものを食らったら、病院送りは確実か。


「くっ……兄ちゃん」

「おい金大寺弟。お前の兄ちゃんの魔法、弱点とか知らないのか?」

「やはり兄ちゃんは優しい。この鋼鉄の魔法……当たってもギリギリ死なない程度に調整してある……」

「巻志くーん!?」


 お前はDV彼氏から暴力振るわれてる彼女か! 優しい人はこんな狭い場所であんな魔法ブッパなんてしてこないんだ。


「うおっ……あぶね!?」


 鋼鉄の塊を紙一重で避ける。回避に回していた体力と集中力もそろそろ限界。こうなったら。


「――マジックシールド!」


 魔法物質でできた盾を出現させ、攻撃を直接防ぐ。だが。


 バコンッ。ガキンッ。ボコッ。カラン。

 攻撃を数発受けただけでボコボコにされ、吹っ飛ばされてしまった。


「くっ……」


 ヤバイ……このままじゃガチで病院送りにされる……。

 スマホも取り上げられ、最悪破壊されてしまうかもしれない。


「金大寺弟、このままじゃ俺たち二人とも病院送り。お前の思いも兄ちゃんには届かない」

「くっ……」

「一先ずブチ切れてるアイツをなんとかしないと、まともに話もできないぞ。だから」

「わかってる。兄ちゃんを止めるために……戦ってやる!」


 こんな狭い場所でドラゴニックディメンジョン・エミュレーションは使えない。

 元となる物質はないに等しいし、デカいドラゴンもどきが出てきて校舎を破壊されたらたまったもんじゃない。


 だからこの状況を突破するには、金大寺弟との共闘が必須。

 悪いが頑張って貰うぜ。


「――ビッグバイト! うおおおおおお」


 金大寺弟はお土産屋でよく見かける剣のキーホルダーに魔法を発動し、剣にパワーアップ。

 それを構えて、まるで戦士のように突っ込んでいく。


「愚かな。その戦い方では俺に勝てないと知っているはずだ」

「うおおおお!」


 迫り来る鉄の塊を凄まじい気迫で切り伏せていく金大寺弟。


「ほう……裏切り者にしてはよくやるようになった」

「俺は裏切り者じゃねぇ!」


 金大寺弟はもう一度強化魔法を発動。もう一本の剣を作り、二刀流で迫り来る攻撃をたたき落としていく。


「決闘でそれくらいやれていれば、あそこまでランキングを落とすこともなかっただろうに」


 その瞬間、金大寺兄の意識が弟の方に集中した。

 口ではああ言っているが、鬼気迫る弟の進行に脅威を感じたのだろう。


 今がチャンスだ。


「――ビッグバイト・エミュレーション!」


 先ほどから手にしていたチェーンロックを武器化する。


「貴様朝倉ぁ!? 金大寺家の強化魔法をよくも!」

「よそ見は駄目だぜ兄ちゃん、うおおおおおお」

「ちっ!?」


 金大寺兄の注意がこちらに向いた。その隙を突いて、弟が一気に距離を詰め、剣を振るう。


 だが、金大寺兄は盾型の鉄を出現させ、弟の接近を封じる。さらに複数の砲丸のような鉄の塊が弟の体を直撃。


 弟からの攻撃へのカウンター。俺はその僅かな隙を見逃さない。


 すかさず兄に近づいて、縄のように伸びたチェーンロックを投げつける。

 咄嗟に庇った金大寺兄の腕に上手いこと巻き付いた。


「この程度で動きを封じたつもりか!」

「いや、少しでも巻き付いてくれればそれでいい――ディーパークラック・エミュレーション!」

「しまった……これは糸式家の!?」


 糸式家の束縛魔法。拘束中の相手の魔力の流れを乱す。

 本来は対魔物専用の魔法かつ強力な拘束力を発揮する魔法だが、俺の生成した魔法式なら人間にも使える。その代わり、効果はほんの一瞬という劣化具合。

 とはいえ一瞬でも魔力が乱れれば、この屋上を包囲していた鉄の塊は一度消滅する。


「ちっ……」


 後はトドメと行きたいが……これは決闘じゃない。加減を間違えば相手を殺してしまうこともあるかもしれない。


「なら丁度いい魔法があるじゃないか」


 俺はスマホを操作し、一つの魔法を選択する。

 そして次はどこを狙うかだが……。


「顔は傷が残ったら可哀想だし眼鏡してるから危ない……一発ケーオー狙うなら、やっぱソコだよなぁ」

「何!?」

「久々の――インパクト!」

「ぐおおおおおおっ……ぐ」


 デコピンほどの威力の不可視の弾丸が放たれ、金大寺兄の股間に命中。

 そのまま内股になって倒れてしまった。


「兄ちゃん!? 兄ちゃん!?」

「あまり魔力を込めたつもりはなかったんだが……ちょっと力が入ったかもな」

「お前絶対わざとだろ!?」


 10分後に金大寺兄が目を覚ますまで、俺は弟から謂われのない文句を言われることとなった。


 ***


 ***


 ***


「はぁ……はぁ……おええええ」


 屋上での金大寺兄弟と朝倉澪里の小競り合い。本来ならばそれを注意し止めなければならないはずの理事長は、口元を抑えながら理事長室に駆け込んでいた。

 そして、扉に鍵をかけると近くにあったゴミ箱に、胃の中のものを全てぶちまけた。

 その後、PCを開き生徒のデータを閲覧する。


「はぁはぁ……間違いない。あの少女……いや、あの男子生徒……。朝倉澪里。入学試験で第二ホールを爆破した生徒だ……」


 あの日。

 破壊された第二ホールを見て、試験監督に自分が言った言葉を思い出す。


『彼はもしかしたら時宮天災の転生した姿なのかもしれない』と。


 マウスを操作する手が震える。

 冗談のつもりだった。軽いジョークのはずだった。

 なのに。

 屋上で見た澪里の戦いは、理事長を驚愕させるに値するものだった。


「なぜあの少年が時宮と同じ事を……ほ、本当に転生体なのでしょうか? だとしたら……私たちはじまりの七家は全員彼に……ああ」


 震える手で、理事長は電話をかける。


「1年E組の担任はたしか……。はいもしもし。私です。黒崎先生はいますか? 繋いで下さい」


 全身に汗をかき、怯えたように震える理事長。その理由を知るものは、誰もいなかった。


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