第24話 その人生に責任は

「この通りだ。頼む」

「渡せる訳ないでしょう!? さっさと出て行きなさい」


 拒絶する糸式に、尚も頭を下げたままの金大寺は食い下がる。


「待てよ糸式。話だけでも聞こうじゃないか」

「ちょっと朝倉くん、正気なの?」

「もちろん。話を聞いてからでも遅くはないと思うぜ」

「貴方がそう言うなら……」

「聞かせてくれよ金大寺。なんで強化魔法が欲しいんだ」


 そもそもコイツは生まれつきの強化魔法の使い手。

 現状劣化コピーの俺の作った汎用魔法を欲しがる理由はないはず。

 となると……。


「鈴芽。お前ならわかってるんだろう。俺は金大寺家の次期当主の器じゃないって」

「まぁ……」

「俺もそう思う。当主にふさわしいのは兄ちゃ……兄貴なんだ」


 兄ちゃんって言いかけたな。


「あんたの狙いはわかってる。朝倉くんにコピーさせた汎用魔法を勇吾さんに渡して、魔法の継承問題を解決しようっていうんでしょう?」

「ああ。正直魔法の種類で当主が決まるなんて馬鹿げてる。兄貴は母さんの魔法を受け継いだが、それでも俺なんかより数倍強いんだ」

「はじまりの七家の当主には確かに大きな組織のトップとしての能力が求められる。でも一番重きを置くべきなのは七種の魔法の継承よ」

「ぐっ……」

「勇吾さんの子供が強化魔法を持って生まれてくる可能性は0じゃないだけで限りなく低い。そんなリスクを現当主、金大寺黒きんだいじ くろはとらない」

「だ、だが……」

「いい? 金大寺家の固有魔法を受け継いだのはあんたなの。だったら兄さんを越える! くらいの覚悟を持ちなさい。それがはじまりの七家として生まれたものの宿命なのよ」


 既に次期党首としての覚悟が決まっている糸式鈴芽と、まだ兄に当主になって欲しいと思っている金大寺巻志。その違いは明白だった。


 二人の意見は永遠に交わることはないだろう。

 打ちのめされたように、金大寺は膝をついた。


「くっ……どうして俺が……俺なんかが……当主には兄ちゃんの方がふさわしいのに。なんで神様は俺に強化魔法を渡したんだ……」


 そんな金大寺を見て、糸式は「こりゃ駄目だ」と呆れたように肩をすくめた。

 確かに情けない姿だろう。


 でも。

 そんな金大寺の背中を見て、俺は昔の自分を思い出していた。


 今でこそ、自分より恵まれた人間を見ても妬んだりしない。そんな精神性を身に付けては居る俺だが、子供の頃は他人を妬んだりすることが多かった。


 どうして僕の家はお金持ちじゃないんだろう?


 そんな風に思っていたことがなかったわけじゃない。

 金大寺巻志は自分が当主になりたくないから泣いているのではない。

 自分より優秀で優しくて、誰よりも当主にふさわしいと認めている大好きな兄。

 そんな兄が自身ではどうしようもない理由で当主になれないことが、気に入らないのだ。


「わかった。協力してやる」

「朝倉……!」

「朝倉くん!?」

「強化魔法を汎用魔法化して、お前に渡してやる」

「本当か!?」

「駄目よ朝倉くん。リーダーとして賛成できない。金大寺兄弟に恩を売ろうとしているなら、反対よ」

「そんなんじゃないんだ。ただ……」


 昨夜の戦いで、天城銀河が言っていた言葉を思い出す。


「俺にとって魔法は楽しいものなんだ。だから魔法で不幸になってる奴らを見てられないんだよ」

「朝倉……」


 俺の言葉に、糸式はため息をついた。


「はぁ……それじゃあ私から条件を一つ。朝倉くんの能力や魔法については一切口外しないこと。もちろん勇吾さんにもこれを了承させること。いい?」

「ああ。ああ! 恩に着るぞ鈴芽」


 まぁ……もう天城先輩にもバレてるけどな。とはいえ、あの人は人の秘密をペラペラ喋るような人じゃなさそうだが。


「まったく調子いいんだから」

「ありがとうな糸式」

「いいのよ。貴方が決めたことを駄目だなんて強制できないじゃない。それに……」

「うん?」

「巻志が調子を崩したのは自分が決闘で負かしたから……。その責任を感じてるんでしょ?」

「べ、別に……違うし」

「ふふ。やっぱり優しいのね朝倉くんは」


 まったく糸式のやつ、とんだ勘違いを。

 俺は別に。


「礼はいくらでもする。よろしくな朝倉澪里」

「よろしく。あ、それと金大寺。これは俺が昔、友達に言われたことなんだが……」

「うん?」

「『どの家にどんな能力で生まれるかは才能なんだ。でもお前は、自分の才能に責任を感じることはない。だから存分に生きろ』ってさ」

「なんかスゲェこと言う友達なんだな……人生何週目だよそいつ」

「さぁな。でも、俺も同じこと思ったわ」

「フッ。でも元気出たぜ。ありがとうな朝倉」

「いいよ別に」


 まだ怪我が癒えきっていないだろう金大寺に手を差し伸べ、立たせてやる。

 その時、後ろから肩をぽんと叩かれた。


「糸式?」

「朝倉くん。お友達から送って貰った言葉。とても素敵だったわ。ところで……そのお友達って女の子?」

「まぁ……男友達みたいなヤツだったけど女の子かな」

「それって私の知っている人?」

「いや。絶対に知らないはずだけど」

「そ、そうなんだ……へぇ」


 何故か落ちこんだ糸式が暗い表情になるのを、金大寺がニヤニヤと眺めているのだった。



 ***



「悪いな朝倉。俺が持っている汎用魔法は一つだけだ」


 俺の持っている汎用魔法の数が増えれば増えるほど、出力される魔法の精度も上がるという話をしたところ、金大寺はよろこんで汎用魔法を差し出してきた。


 汎用魔法「エクストラライフ」。


 決闘専用の魔法で、ライフがゼロになるダメージを受けたとき、確率でライフを残し生き残れるという魔法。


「いよいよゲームじみてきたな……」


「面白い魔法じゃない。どんな入手条件だったの?」


 糸式の何気ない問いに、少し顔を赤らめながら金大寺は言った。


「短期間の間に決闘で五連敗……」

「「あっ……」」


 俺たちはそれ以上、深い追求をすることはなかった。



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