第23話 固有魔法ガチャ
天城銀河との激闘を終えた次の日。
糸式への報告もかねて、俺は糸式クラスタ用の会議室へと向かっていた。
「ついでに掃除も進めないとな」
来週あたりから糸式が購入した家具が次々に運び込まれる予定なので、余分なものは処分しておかなくては。
「ゆ、許してくれ……兄ちゃん」
「ん?」
階段を上っていると、弱々しい声がした。
自販機コーナーの方からだ。ちょっと覗いてみると、何やら二人の男子学生が揉めているようだ。
バレないように様子を窺う。
「あれは……金大寺?」
金大寺巻志。
入学初日に俺に喧嘩をふっかけてきた、同じ「はじまりの七家」の一角、金大寺家の次男坊。
金持ち、長身、金髪、お洒落パーマとモテ要素の塊で、実際に本人も自信満々な王者というイメージがあったのだが、怯えきった表情をした今の金大寺からはそんなものは感じない。
「巻志。入学してからのお前の凋落は目に余る。なんなんだ? このランキングは?」
一方、金大寺と対峙するのは俺と同じくらいの小柄な体格の男子生徒だった。
顔立ちは整っているが丸眼鏡を掛けていて、どこか真面目な雰囲気だ。
チャラい見た目の金大寺とは対照的である。
だが、その眼鏡の奥の瞳はどこまでも冷たい。あんな冷え切った目をしたヤツを俺は初めて見た。
「そ、それは……ちょっと調子が悪くて。俺、兄ちゃんに認めて貰えるように頑張るから。だから俺もクラスタに入れてく――がはっ」
「金大寺クラスタに雑魚はいらない。せめてランキングを一桁に戻してから出直してこい。それまでは……もうその無様な面を見せるな」
「そんな……」
「なんだその情けない顔は。それでも金大寺家の次期当主か? そんなんだから俺の出涸らしと言われるんだ。なんで……お前なんかが」
そう吐き捨てて、眼鏡の男は立ち去った。
「うぅ……兄ちゃん」
兄ちゃんか。あんまり似てないけど、さっきの真面目そうな人が金大寺の兄?
っていうか。
「大丈夫か?」
金大寺が踞ったまま動かなくなってしまったので、流石に心配になって声をかけてみた。
「あ、ああ。悪い。大丈夫だ……って、あああ! お前は!」
「よっ! 初日以来だな」
「よっ! じゃねぇよ。なんでお前がここに!?」
「いや偶然だって。なんか楽しそうな会話が聞こえてきてさ」
「覗き見かよ。悪趣味な野郎だぜ」
金大寺はプンプンしながら立ち去ろうとするが、俺の横を通り過ぎる辺りで「いててて」と踞ってしまった。
「やっぱ怪我してるだろ。ほら、保健室まで肩貸してやるよ」
「誰がテメェなんかの助けを借りるか。こんな怪我、無理やりにでも……ぐおおおおお」
無理やり立ち上がった金大寺だが、やはり痛いのだろう。悶絶する。
というか、決闘の時から思っていたが、コイツ案外痛みに対する耐性がないタイプなんだな。
「立てないんだろ? 無理すんなよ」
「黙れ。這ってでも寮に戻る」
「別にそれでもいいけどさ。金大寺家のお坊ちゃんがイモムシみたいに地面を這って移動してたら、周りのやつらはどう思うよ? それって影響力の点数に響いてくるんじゃねーの?」
「ぐっ……」
入学初日は学年ランキング4位という好スタートを切っていた金大寺巻志だったが、俺との決闘に負けたのを皮切りに、どんどんランキングを落としていた。
聞いた話ではA組の連中に次々と決闘を挑まれては敗北。
影響力の点数が大幅に落ち、ランキングは14位まで落ちている。
地べたを這って移動しているところなんて見られたら、もう影響力に関しては取り返しがつかないだろう。
金大寺はしぶしぶと言った表情で俺に肩を預けてきたので、保健室に向かう。
「くそっ……お前に負けてから滅茶苦茶だぜ……いや。これが俺様の実力だったってことなんだろうな」
移動する最中。妙にしおらしい態度で金大寺は言った。
「さっきの人って、お前の兄ちゃんなのか?」
「ああ。
「メッチャ怖い人だったな」
正直、目から放たれる威圧感が凄まじかった。足立区にはいなかったぜああいうタイプ。
「人を殺したことがある」って言われたら信じてしまいそうなくらいの迫力があった。
「あれでも昔は優しかったんだ……。兄貴は頭もいいし、スポーツ万能だし。なんでもできて……俺の憧れだったんだ」
そう語る金大寺の目はどこか遠く、寂しげだった。
***
***
***
「話についていけないわ。昨日はあの天城銀河と決闘して、今日は金大寺兄と接触……情報が多すぎる。貴方の周りはどうなってるのよ」
「こっちが聞きたいよ」
会議室に移動した俺は、昨日のことを糸式に軽く話した。
そして、金大寺の兄弟についても。
「金大寺兄は弟が次期当主とか言ってたけど、なんでだ? 普通そういうのって長男が継ぐものじゃないのか?」
あくまで一般的な意見として。
「ああそうか。朝倉くんは魔術師の家の後継者について、あまりよく知らないのよね。ならそういう考え方になるのも納得だわ」
「考え方というか。昔からそういうもんなのかなって」
俺の疑問に、糸式は得意げな表情になる。糸式との交流も増えてきたからわかる。
これは、先生モードのスイッチが入った顔だ。
「朝倉くん。魔術師が代々固有魔法を受け継いできた……というのは知っているわよね?」
「ああ。親から子へ。そして孫へ。DNAに刻まれた魔法式を遺伝によって受け継いできたんだろう?」
「その通りよ。じゃあここで問題。それぞれ別の固有魔法を持った男女が結婚した場合、そのカップルの間に生まれた子供の固有魔法はどうなると思う? そうね。じゃあ父親側がAという固有魔法。母親側がBという固有魔法を持っていたとしましょう」
「AとB。両方の性質を持ったCという固有魔法を持った子供が生まれる」
「残念。ハズレよ」
「そうなのか?」
「この条件の場合、子供の持つ固有魔法ははAかBのどちらか一つになるのよ」
「ってことは……もしかして」
なんとなく、嫌な予感がしてきた。
「ええ。はじまりの七家の当主になる条件は男か女かでもなく。何番目に生まれたかでもなく。代々受け継がれてきた固有魔法を遺伝できているか。それに限るの」
金大寺家に伝わる固有魔法は強化魔法。
兄の勇吾は母親の固有魔法を受け継いで生まれたため当主にはなれず。
当主たる強化魔法は弟の巻志に受け継がれた。
「勇吾さんはね……神童って呼ばれるくらい、幼少期から凄まじい才能の持ち主だった。金大寺家が凄まじい財力を得たのも勇吾さんが会社の経営に口を出すようになってからだったわ。でも……」
ある程度成長し、魔力コントロールの練習を終え。いよいよ固有魔法を調べる段階になって、強化魔法を受け継げていなかったことを知る。
「それからね。勇吾さんが荒れはじめて、巻志とも仲が悪くなったのは」
学園に入学してからの金大寺勇吾は金大寺クラスタのボスとなり、金と暴力で仲間を集め、今では抹消院クラスタと並んで学園を二分する一大勢力を築き上げた。
ついた異名は財力魔王。
だがそんな才覚の持ち主であっても、当主に選ばれることはない。
生まれながらの能力によって、全てが決まる残酷なシステムだと思った。
「……生まれた時に全て決まっている……か」
「暗い話になっちゃったわね。話題を変えましょう」
そうだな。
あまり考えていても仕方がない。
俺は昨日作った学園案内アプリを改造した魔法式生成AIのことを糸式に説明する。
「とりあえずビッグバイト・エミュレートとドラゴニックディメンジョン・エミューレトを送る。役に立ててくれ」
「素晴らしいわ。これからは、朝倉くんが見た固有魔法がこうやって量産品みたいに誰でも使えるようになるってことよね?」
「まぁそうなるな」
「ふふふ。これで糸式クラスタは無敵。私の代で再興も夢じゃない。いえ、寧ろこの魔法式を販売して資金力も増やしちゃう? いいえ買い切りはもったいないわね。サブスク形式にして……ああもう、夢が広がるわ!」
ビジネスマンの表情をちらつかせ、うっとりする糸式。
「糸式が楽しそうで俺も嬉しいよ。ってか、ちょっと使ってみてくれ。別の端末でも使えるのかどうかみてみたい」
魔改造案内アプリと切り離しても使うことができるのかどうか。そこが問題だ。
「ええ。ちょっと使ってみるわね――ビッグバイト・エミューレト! ……っ!?」
「どうした糸式?」
魔法は発動しなかった。糸式は困惑した表情で自身のスマホを見つめている。
「朝倉くん。これは要改良だわ」
「何か問題があったのか?」
「ええ。大問題よ。このエミューレト魔法……消費魔力が大きすぎるわ」
消費魔力?
「いやそんなことはないと思うけど」
「そんなことなるわよ! ああそうか盲点だった。朝倉くんは魔力量モンスター。そんな簡単な話があるわけないわよね」
使ってみた(実際は発動すらできなかったが)糸式のレビューを聞くと、どうやら俺以外の人間が使おうとしても魔力をほぼ全て持って行かれた上に、それでも発動に必要な分には足りず、結局不発に終わるらしい。
エミュレート魔法は夢のような魔法であるが、常識外れの要求魔力値がデメリットになっているようだ。
「糸式の魔力が足りないのが原因なんじゃないのか?」
「し、心外だわ! 私の魔力量は学年でもトップクラスなの! その私が発動すらできない時点で、魔法の方が欠陥なのよ!」
酷い言われようだが確かにそうだ。
どんなハイスペックマシンを作ったとしても、電源を入れた瞬間にブレーカーが落ちるのでは意味がない。
「ということは、今後の課題は消費魔力の節約ということになりそうだな。ってボスは言ってるけど、どう?」
『……。無理です。エミュレート魔法は固有魔法を固有魔法たらしめている核たる部分だけを抽出し、魔法式として出力しております』
家電に例えるとわかりやすいだろう。
例えばクーラー。学園案内アプリがやっていることはクーラーの「冷やす」という部分だけの抽出。省エネやそもそも家庭で使うために作られた電力系の設計すら無視して、その本質だけをひっこ抜いている。
故に「冷やすこと自体はできるけど……その為に無駄が滅茶苦茶多いよね」という感じに出来上がってしまうのだ。
「まぁ課題が見つかるのはいいことよね」
と、最後に糸式はポジティブな感想で締めくくった。
確かにそうだ。
今のところ俺専用の魔法のようになってしまっているが、今後も様々な魔法を出力したり、幅広い汎用魔法を揃えていくことで改善していくだろう。
その時だった。
「邪魔するぜ」
「何よ急に。ノックくらいしなさいよ」
急に部屋のドアが開かれ、現れたのは金大寺弟だった。
「治療は終わったのか?」
「ああ。世話をかけた礼に飯でもおごってやろうかと思って来たんだが……状況が変わった」
「巻志……もしかしてあなた」
「ああ。話は聞かせて貰ったぜ」
迂闊だったな。
どうやらコイツ、廊下の外で今の話を聞いていたらしい。
糸式には、防音環境にもう少し課金して欲しいところだ。
「盗み聞きなんて堕ちたものね。いいわ。事と次第によっては……決闘で決着をつけることになるかしら?」
好戦的な表情を見せる糸式。決闘で勝利し、口封じをしようというのだろう。
だが、一方の金大寺弟は思い詰めた表情。そして、意を決したように俺に向かって頭を下げた。
「おいおい。なんの真似だ?」
「朝倉澪里。この通りだ頼む。俺の……俺の固有魔法をコピーしてくれ」
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