第21話 エミュレート
夜20時。
俺は学園敷地内の建設中の広場に呼び出された。
陸上競技場でも作るのだろうか? 広い土地の周囲には資材や重機が置かれている。
「ここなら思いっきり戦っても、寮の方からは見えないだろう。疑似的な決闘場にする準備も昼の間に済ませておいた」
「恩に着るぜ会長様」
「その呼び方はやめてくれ」
夜も遅いからだろうか。私服姿の生徒会長・
会長さん、普段は眼鏡なんですね。美しいっす。
「では、私は行くとしよう。心配はしていないが、あまり無茶はしないように」
「だってさ朝倉」
「君に言っているんだ銀河」
「あ、俺か」
まったく君というヤツは……そう言いながら、しかしどこか満足そうに会長は去った。
天城銀河の希望でこの決闘は非公式。さらにギャラリーなしの立会人もなしで行われる。
「これで勝っても負けても互いに何のメリットもデメリットもない。本当にただ楽しむだけの決闘になってしまったけど……構わないか?」
「ええ」
「悪いな朝倉。こう見えて、俺は不自由でな。俺が指名する形で誰かと決闘した……なんて噂が流れたらいろんなヤツが憶測や妄想で話を大きくしてしまう。大きな力も動くかもしれない。まったく窮屈になっちまったよ」
「大変っすね」
学園最強。その肩書きはそれだけの影響力を持つ……ということだろう。
天城銀河はコインを取り出すと、親指でそれを空中に打ち上げた。
「あのコインが地面に落ちたら決闘開始だ。ちなみに俺が勝ったら一つだけ言うことを聞いて貰う。君がかったらどうしたい?」
「じゃあ先輩が持ってる汎用魔法全部コピーさせてください」
「強欲だな。そうこなくちゃ」
そしてコインが地面に落ち、決闘の火蓋が切って落とされた。
「さぁ行くぞ一年生」
天城銀河の口角が上がる。彼は懐からUSBメモリを取り出すと、キメポーズ付きでそれを地面に放り投げた。
魔力を帯びたUSBメモリは輝きを放ち、そして。
「――ディメンジョン! ドラゴンマン!! バトルスタンバイ!」
「はっ!? 嘘だろ!?」
幾重にも広がる魔法陣。そしてその中から姿を現したのは竜の頭を持つ戦士だった。
リザードマンってやつか!?
「魔物!?」
「魔物ではない。魔法生物というやつだ」
「魔法生物……ドラゴン? もしかして天城先輩の固有魔法は……召喚魔法?」
「それはどうかな? さぁドラゴンマン。一年生と遊んでやれ」
「ドラゴオオオオオオン」
推定身長2メートル強。
ガチムチの肉体でもって、ドラゴンマンはこちらに向かって襲い掛かってくる。
「おっと」
「ほう、ビビらずに躱すか」
「生憎、ただの木偶の坊には地元で襲われ慣れてるんでね」
「だが逃げ切れるかな?」
「ドラゴオオオオオンンンン!」
「くっ……」
確かに地元で出会ってきた連中とは迫力が違う。
もし先日の魔物との戦いがなければビビって動けなかったかもしれない。
「それにしても……」
召喚魔法とは厄介だ。
決闘は基本的に1VS1での魔法戦。フィールドによって付与された相手のライフを0にすることで勝利が決定する。
だが天城銀河が召喚魔法の使い手ならば、簡単に数的有利を取られてしまう。
どうやってドラゴンを用意したのかは知らないが、なるほど最強と呼ぶにふさわしい力を持っている。
「ドラゴオオオオオオン」
攻撃を避けつつ天城銀河の方を見ているが、魔法式の解析は進まない。
どうやら一度召喚してしまえば本人の魔力消費なしで、召喚されたドラゴンが自動で動き回るようだ。
強すぎる。
この決闘。天城銀河の固有魔法……その魔法式が手に入らなければ何の意味もない戦いになってしまう。
そのためにはまず、目の前のドラゴンマンを始末し、固有魔法の発動を促さなくては。
「……ッ!」
「おお。ついにくるかインパクト!」
「ご期待通りに見せてあげますよ――インパクト!」
「ドラララ!?」
不可視の弾丸がドラゴンマンの頭部に命中……だが。
「ドラゴゴゴゴゴ」
「おいおいノーダメかよ!?」
「あはは。もっと本気で撃たないと。俺のドラゴンマンの頭は金大寺のタマほどやわくはないぜ?」
「タマも潰してないっすけどね」
とはいえ、ドラゴンマンには決闘フィールドの防御魔法は付与されていない。
強い攻撃を叩き込めば、ダメージを与えることはできるはずだ。
それなら。
「おいおいなんの真似だ朝倉」
俺が取り出したのは自転車の鍵。
今こそAI(魔法)の力を見せるとき。
スマホには先ほど生成したばかりの魔法を表示する。
「まぁ見ててくださいよ。――ビッグバイト・エミュレート」
「何!?」
左手に握ったスマホに魔力を流し、魔法に変換。そして右手に持った自転車の鍵に魔法を発動。
自転車の鍵は巨大化し、短剣ほどの大きさになった。
キーホルダーを通す穴が丁度柄のようで握りやすい。
「まさか……金大寺弟の強化魔法? おいおいなんだよそれは……!?」
「あ、これは余ってる鍵なんで折れても大丈夫っす。俺の地元、東京都足立区なんすけど、鍵掛けてても余裕でチャリパクされるんで鍵だけ余るんですよね」
「鍵のことは聞いてない」
天城銀河の驚いた顔が見られて満足……はしない。
「んじゃいっちょ……はああああ!」
「どらごおおおおお」
呆気にとられていたドラゴンマンの喉元に大鍵をブスリ。そして鍵らしくカチャっとひねると、ドラゴンマンはあっけなく光の粒子となって消滅した。
強化魔法……どうやらそれなりの攻撃力も付与できるようである。
前の決闘の時は避けまくっててよかった。
「はは……どんな魔法を使うのかと思ったが。間違いない。お前、魔法をコピーする魔法の使い手か?」
「さて……どうでしょうかね」
コピーなんて上等なものじゃない。
あの後、黒崎と別れた俺は学園案内アプリの改造を始めた。
AIとは自己学習機能を持っており、長期間にわたって使用されることでユーザーの行動パターンや情報処理能力を学習し、より快適なサービスが提供できるように成長していく。
動画サイトや通販サイトのお勧め欄などが良い例だろう。
学園案内アプリは魔力供給の際にユーザーの脳内情報を学習し、それに近いことを行っていた。
ユーザーから得た情報を管理魔法本体に集積しつつ、個々の端末アプリケーションは俺に合わせた最適化をしていた。
つまり学園案内アプリは魔力を通じて俺の脳内を知ることができる。
だから俺は学園案内アプリの情報をいじくり改造をほどこした。
出力される情報が「学園の案内」に限定されていたので、その制限を削除。
さらに、消費魔力を抑えるために敢えて低く制限されていた処理能力を大幅強化。
お陰で大幅に魔力を持って行かれるようになったが問題ない。
これで、俺が見て、感じて脳内にインプットした固有魔法の魔法式をデータとして出力することができるようになった。
だが結論から言うとそれは失敗に終わった。
人間のDNAの中に受け継がれてきた固有魔法式は独自の進化を遂げており、式の一部はどの文字、記号、数字でも再現することができないということが判明したのだ。
つまり、ずっと俺が望んでいた「固有魔法の完全出力」は本来できないということがわかった。(手で書くなら話は別だが、マジで現実的じゃない)
しかし、俺はそこで思った。
「頭の中にある魔法式を何もそのまま出力する必要はないのではないか」と。
火を使ってお湯を沸かすとき、ガスコンロを使う手もあれば、たき火を使う方法だってあるし、電気ケトルを使う手もある。
全て違う手段だが、お湯を沸かすという結果はおなじ。
魔法も同じなのではないかと俺は思ったのだ。
つまり魔法という一つの結果へ至る道は一つではないのではないかと。
学園案内アプリに、俺の頭の中にある固有魔法のデータを学習させ、出力させる。
だが出力は最低限。
固有魔法を固有魔法たらしめる核の部分だけ出力すればそれでいい。
後の部分は……俺が集めた汎用魔法の魔法式から使えそうな箇所をコピーアンドペーストし、魔法式としての体裁を整えなんとか発動まで漕ぎ着ける。
今回は糸式から貰ったマジックバリアの魔力を疑似物質化する部分を沢山使って作られた疑似固有魔法。故にエミューレション。
だが相手からしたら、俺が固有魔法をコピーしているように見えるだろう。
それでいい。ハッタリが効く。
さてどうする
そのまま固有魔法で押し通してくるならそれで良し。
コピーを嫌って固有魔法を温存するなら……このまま俺の勝ちだ。
「は、あはは! 面白い! やっぱりお前は俺が思っていた通りの男だ!」
「え?」
予想外の反応。天城銀河は子供のような笑顔で俺を見た。
「お前はさっきの俺の手を見てどう思った? こう思ったんじゃないか? コイツは召喚術士なんじゃないかと」
「ま、まぁ……概ねそんな感じです。つえー魔法だなって思いました」
「残念ハズレだ。俺の魔法はもっとすごいぞ」
天城銀河は全身に魔力を漲らせると、魔法を発動した。
「顕現魔法――ドラゴニックディメンジョン!」
「顕現……まさか!?」
天城銀河の周囲に現れるいくつもの魔法陣。その魔法陣に、土砂利や建築資材と思われる木材が吸い込まれていく。
「そう。これこそが俺の固有魔法。周囲のエレメントを利用し最強種、ドラゴンを生み出す」
「はっ……なんだよそれチートかよ」
やがて魔法陣が収束し、樹木のような大きなドラゴンが姿を現した。
「ふむ、なかなかいい出来だ。君の名前は……木……木……ドラゴン……よし。ユグドラゴンにしよう」
「じゅもおおおおおおく」
「それで朝倉。コピーはできたかい?」
実は今やっているところだ。
余すところなく見せてくれたお陰で、顕現魔法の魔法式は俺の脳内にインプットされた。
後はこれを学園案内アプリに出力させるだけ……なのだが。
「何!? エラーだと……!?」
どうやら補うのに必要な汎用魔法のモデルデータが不足しているらしい。
まぁ、実質生命の創造みたいなことやってのけてるしな……。
「おいどうした朝倉。コピーには失敗したのか?」
「はい……ってか、俺の能力は別に魔法のコピーじゃないんですよ」
魔法式の解析と理解。そしてちょっとした改造。
それが俺が持つ生まれ持った唯一の
「なるほど。それで学園案内アプリを改造……面白い」
「とは言ってもまだまだ課題だらけです。それじゃあ天城先輩。トドメお願いします」
今回は負けたが、最強の魔法式が手に入った。それだけでとんでもない収穫だ。
だが天城銀河はユグドラゴンに指示を出さなかった。
「何をつまらないことを言っている朝倉」
「え?」
「コピーのための汎用魔法が足りないんだろう? 何が足りない。持ってたら渡してやる」
「いいんですか!?」
それは俺が勝った時の話のはずだが……。
「当たり前だ。お前の疑似魔法を見ずに帰れるか。それで何が必要だ?」
「ええと。足りない系統の魔法を教えてくれ」
『……。顕現魔法を最短で再現するためには操作系統が不足しています』
操作系統。物質、あるいは生物を魔力で操作する魔法か。
確かにひとつも持ってないな。
『ドラゴニックディメンジョンの魔法式。その操作部分は独自暗号化されており解析及び出力不可。なので汎用魔法から補いたいのですが……』
「なるほど。ではこれはどうだ? 腸の調子を整える整腸魔法――ビオだ」
『……使えないです』
「……なんと」
初めは何か狙いがあるのかと思ったが、多分違う。
この人はきっと純粋に魔法が好きなのだ。
俺の魔法がどんなものなのか見たいと純粋にワクワクしている。
そういえば……俺も最初はそうだったな。
どんな魔法でも手に入れられれば嬉しかったし、魔法式を見てあれこれ考えている時間は楽しかった。
だが焦った俺は、いつしか「強い魔法」「使える魔法」というものに執着し始めて……入学当初のワクワクを忘れていた気がする。
忍崎の言ってたのはこういうことか……。
「あ、そうだ朝倉。ここに表やグラフを操作する魔法があるんだが、これを改造して株式市場を好き放題操作できる魔法にできないか?」
「捕まりますよ」
「じゃあこれは……」
俺と天城銀河は決闘中なのも忘れて「あーだこーだ」と魔法作成にのめり込むのだった。
***
***
***
生徒会長の坂牧瀧音は人払いも兼ねて、少し離れた場所から二人の決闘を見守っていた。
天城銀河が顕現魔法によって新たなドラゴンを生み出したとき、勝負は決まったと思った。
だが。
「あの二人は……一体なにをしているんだ?」
朝倉澪里のスマホを前に座り込んだ二人は、わいわいと楽しそうに盛り上がっている。
「まったく決闘中だというのに……いやしかし、本当に嫉妬してしまうな」
ここ数ヶ月見たこともないほどに楽しそうな思い人、天城銀河の笑顔を見て苦笑いする瀧音。
「君にそんな顔をさせるとは。朝倉澪里。本当にすごいやつだ」
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