第20話 戦いに向けて


 焼き肉に釣られた俺は、明日の夜に学園最強の男と決闘することになってしまった。

 今のままでは負けは確実だ。


「ねぇねぇ聞いたよ」

「あの天城銀河と決闘するんだろう?」


 自室のベッドで寝転がっていると、忍崎が二人とも近づいてきた。


「なんで知ってるんだよ?」

「えへへ。これでも忍者だからね!」

「内緒にしてくれよ。天城先輩、なんか秘密裏に動きたいって言ってたから」


 天城銀河。学園最強の座を欲しいままにする男だが、意外にもクラスタには入っていない。

 熾烈な勧誘争いがあったという話もあるが、生徒会に入ることで、政治的な争いから逃れた過去を持つという。


「わかんないよね。生徒会なんて入ったところで……なのに」

「何か考えがあるんだろ」

「どうだろうね。ところで澪里。勝つ自信はある?」

「まったくない」

「あはは。正直だね」

「笑ってくれるな。ま、今回は最強の魔法が見られるいい機会だと思って諦めるよ」


 冗談ぽく俺は笑った。

 しかし、忍崎は真顔になった。


「おい。二人同時に真顔になるなよ。軽くホラーだって」

「らしくないよ澪里」「こういう逆境で逆に燃えてくるのが君じゃないの?」「なんか最近暗いよね~」

「はぁ?」


 なんだコイツ。知ったようなことを。

 お前に俺の何がわかるんだっつうの。


「学園最強にウザ絡みされてピリピリしてるんだ。用がないんだったらもう寝ようぜ」

「ごめんごめん。からかうつもりじゃないんだけどね」「これを渡しておこうと思って」

「え?」


 忍崎からメッセージに添付されて汎用魔法『エイリアス』のデータが送られてきた。


「いいのか?」

「最強に挑む君に」「どうかいい結果が出ることを」「祈っているよ」

「お、おう……」


 なんだか様子が変な忍崎に戸惑いながらも、その日は眠りについた。

 結局。勝ち筋なんてまったく考えられないままだった。


 ***


 次の日の放課後。

 決闘は夜の20時からということで、まだかなり時間はある。

 今のままでは負けは確実。


「とにかく、俺の武器は魔法の改造なんだ。それを磨くっていう判断は間違っていないはず……」


 そう思った俺は、パソコン室に移動する。

 以前作ったインパクトスタン。不完全燃焼だったこの魔法の魔法式を見直す。

 スマホだと画面が小さくて見にくいから、パソコンのモニターで編集をしようと思ったのだ。


「しつれいしまー……あれ?」


 パソコン室に入ると、先客がいた。


「む……お前は……ええと。朝倉か。まだ残っていたのか」

「どもっす。黒崎先生」


 俺たち1年E組の担任、数学教師の黒崎トオルがくつろいでいた。

 黒崎がイヤホンを外すのを見計らって、改めて声をかけてみた。


「仕事ですか?」

「いや、息抜きだ。最高のパフォーマンスを発揮するには適度な息抜きが必要なんだ。ビジネスマンの常識だ」

「教師ってビジネスマンじゃなくて公務員なんじゃ? ……ちなみにどんな動画を?」

「お前に言う必要があるか?」

「そうっすね。聞かない方がいいってこと、ありますよね」


 急いでタブを閉じている黒崎を見て、俺は察した。

 本当に抜いていたのが息だったことを祈る。


「で、お前は何をしにきた?」

「いや……ええと」

「なんだ? 言いにくいことか? まさか俺と同じ目的じゃないだろうな?」

「いやエロ動画じゃないっす」

「ならいい」

「ならいいじゃなくて駄目でしょ。先生、学校でそんなもん見てたんですか!?」


 懲戒免職ものだろ。

 せめて自分のスマートフォンで見ろよ。


「構わん。ファン沢直樹ざわなおきとは何を隠そう俺のことだ」

「知らんがな」


 まぁ先生なりの冗談だろう。冗談だよな?

 しかしまぁ。黒崎がいるとなると魔法の編集もやりにくいな。


 はぁ……困ったな。


『何かお困りでしょうか?』

「うわ。びっくりした!?」


 突如、AIガイドが起動しスマホが揺れた。


「なんだ急に?」


 ちょっと驚きすぎた。黒崎に睨まれる。


「いや。何もしてないのに勝手にこれが」


 そう言って『困ったことがあれば、何でもお聞き下さい』と表示された画面を表示する。


「ああ、案内アプリか。大方お前が『困った』的なことを考えたんだろう。それに反応したんだ。いや待て貴様。なぜ俺と話している最中に『困った』とか考えた? おっさんと話すのがそんなに嫌か?」

「いやいやそんな……ん? 待って先生いま、考えに反応してって言った?」

「言ったが、それがどうした」


「このAIって俺の考えていることわかるの? なんで?」


「そんなことか。学園案内アプリに搭載されているAIは厳密にはAIではなく管理魔法だ。だから使用には魔力を必要とする。無論、お前の魔力だ。その際、魔力を通じてお前の思考を読み取っているのだ」

「俺の……思考を?」

「ああ。表示される文字も使用者の思考を誘導するためのものにすぎない。あたかも音声に反応しているように見えるが、実は使用者の考えていることに反応して文字を出力しているんだ。だからAIぽい魔法ってことだな」

「詳しいですね……先生」

「何を隠そう、このアプリの開発に一枚噛んでいるからな」


 少し気を良くしたのか、黒崎は笑顔でそう言った。

 もうちょっとAIぽい魔法について聞きたいと思った俺は、黒崎をおだてていろいろと聞いてみた。


 管理魔法。


 学園案内アプリと称して配布されたこの魔法は、生徒の魔力を使って常に起動し続けている。

 生徒、教員の目から入った膨大な情報を収集、情報を整理し、必要なタイミングで生徒に伝えるという役割を持っている。

 いわば学園の脳のような役割を担っている。


「なるほど……いやこれは……まさか」


 情報整理と最適化、そして出力というこの仕組み……もしかして、俺の脳内にある膨大な魔法式のデータにも応用ができるんじゃないのか?


 そうとなれば早速!


「先生。俺そろそろいかないと」

「おい。まだ話の途中……ふっ。何か掴んだという顔だな」

「先生のお陰でね。じゃ、また明日! お疲れっした」

「ああ。あと俺がここで何をしていたかは他言無用で頼む」

「それはいいすけど……」

「なんだ?」


 学園案内アプリは学生や生徒の目と魔力を通じて、学園内の情報を収集している。

 ということは。


「先生がここで何を見てたか。学園にバレてるんじゃないすか?」

「ふっ。安心しろ。管理魔法は独立したシステムと化している。収集した情報を外部が勝手に見ることはできないし、俺たちのプライバシーが侵害されるようなことはなにもない」

「それを聞いて安心しました。じゃ」


 俺はパソコン室を出て、廊下の踊り場に移動。


 学園案内アプリが保管されている場所に飛ぶと、やはり思った通り、魔法式の記されたテキストファイルが存在した。

 そのファイルを開き、表示される魔法式に目を通す。


「なるほど普通の魔法とはまた違った感じだが……改造の余地はありそうだ」


 決闘まであと4時間。


 どこまで実用的な感じにできるか……面白くなってきたぜ。


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