第18話 リアライズ
澪里たちが小学校に到着する30分ほど前。
人払いを済ませた体育館に、黒づくめの少女が立っていた。
15、6歳程度に見えるその少女は、実体化をしている途中の魔物を見て落胆したようにため息をついた。
「せっかく大きくなったのに、小学校を餌場に選ぶなんて本当にお馬鹿さん。大した負のエネルギーも強くなれるような伝承もないでしょうに」
カツカツとヒールの音が響く。
実体化途中の魔物は何故か少女を警戒しなかった。
「ウフフ。これが何かわかるかしら?」
少女が取り出したのは古い機種のスマホだった。
それを魔物の体内に埋め込んだ。
「ぐぎゃ……あががが」
「すごいのよそれ。いんたーねっと? だぶりゅーだぶりゅーだぶりゅー? っていうのに繋がって、人間たちの負の感情を沢山摂取できるんだから。ほら、たくさんお食べ?」
「ぐぐぐ……おごごごごご」
「ウフフ。いい子いい子。さぁてあなたは、私たちのような魔王級にまで上がってこられるかしら?」
その少女は魔物の変貌を見届けることなく、体育館から姿を消すのだった。
***
***
***
魔法の改造についての説明を終えると、糸式は頭を抱えた。
「信じられない……なんてことなの」
「言うてこのくらい、魔術師なら誰でもできるんだろ?」
「できないわよ!」
食い気味に言われてしまった。
「そもそも魔法のテキストデータなんて見たこともなかったわ。とはいえ……もしかしたらそのデジタル魔法式の解読能力こそが、朝倉くんの固有魔法なのかもしれないわね」
「俺の固有魔法?」
「ええ。例はないけど、家系図のどこかで魔術師の血が混じったのかも。それが世代を超えて覚醒した……のかも」
「かも……が多くない?」
「仕方ないじゃない! 貴方が例外中の例外なのが悪いんだから!」
おそらく、糸式のその予想は間違っている。
糸式の言葉で確信した。魔法式が理解できるのは、誰でもできることじゃなかった。
俺の魔力量が多いのも。魔法式が理解できるのも。おそらく俺が、時宮天災の生まれ変わりだからなのだろう。
この事実を、俺は糸式に伝えるべきだと思った。
怖がられるだろうか?
気持ち悪がられるだろうか?
いや。それでも。糸式を信じて話してみよう。そう思った時だった。
「なぁ糸式。実は――」
小学校全体が大きく揺れた。
「しまった……まさかもう!?」
「実体化が完了したのか!?」
「とにかく急ぎましょう」
予想より早い実体化。
もう不意打ちがなんて言っていられない。道を知っている俺が先行し、体育館まで走る。
「なんだコイツ……」
体育館に駆け込んだ俺の目に飛び込んできたのは、毛のようなオーラに包まれた四つ足の化け物だった。
楕円形の肉の塊から、人間の足が四本生えている。
顔や目はなく、体中についている口から、聞くに堪えない悪口が常に発せられている。
「なんておぞましい……怪物」
そう。まさに怪物だった。
目を背けたくなるようなビジュアル。
実体化に使用された伝承は七不思議の七つ目、てけてけだろうか?
とにかく見ているだけで寒気がしてくる。さっき戦った花子とは別格だった。
「しっかりして朝倉くん。雰囲気に呑まれては駄目よ」
「ああ。わかってる」
「私の魔法で一気に決めるわ。作戦通り、朝倉くんは牽制を」
「了解」
「ぎぎぎぎが」
漆黒の魔物はこちらに気付いたのか、まるでクモのような直線的な動きでこちらに迫ってくる。
その大きさはダンプカー以上。物凄い圧だ。
「近寄るなよ怪物――インパクトスタン!」
俺は人差し指でピストルの形を作ると、魔法を発動した。
使用したのはインパクトにマジックタグ、チャージングの魔法式を組み合わせた複合魔法。
ベース魔法のインパクトに俺の体から離れた時に魔力を電流に変化させる機能を搭載。
これにより、上手く敵に当てることができれば、筋肉組織を麻痺させたり発火させることができるはずだ。
「ぎがっがが」
魔法は命中。敵を怯ませることには成功したが、胴体近くに軽く火花が散っただけで、期待した効果は得られなかった。ほんの一瞬、敵の動きが止まっただけだ。
「むっ。まだまだ改良の余地ありだな……」
「十分よ。今度は私の番!」
糸式が取り出したのは30cmほどの長さの古びた鎖。その鎖に糸式が魔力を込めると、ジャラジャラと音を立てて伸びていく。
糸式家に代々伝わる魔法具、天呪の鎖。
魔力を帯びた鎖は魔物を包囲するように伸びると、その肉体に絡みつき、縛り上げる。
「ぎがががが」
脱出しようともがく魔物。だが、糸式はすかさず魔法を発動した。
「悪いけど逃がさないわ――ディーパークラック!」
「ぐぎががが」
鎖を通じて、糸式の魔法が発動する。
ディーパークラック。
対象の魔力の動きを滅茶苦茶にし、動きを封じる対魔物専用の魔法である。
「どう朝倉くん? これが私の固有魔法、束縛魔法よ!」
「……お見事っす」
一度捕らえた者は決して逃がさない。
相手を完璧に封じ込めて勝つ。これが糸式家に伝わる束縛魔法である。
「ぐぎがががごが」
魔力を封じられては、あの魔物に鎖から逃れる術はない。これでゲームセットだろうか。
「トドメよ。――カーネージバインド!」
続けて糸式は鎖による締め付けによって敵を粉々にする必殺魔法を発動。
物凄い力で魔物を締め上げていく。
「ふふ。これで終わりよ……え?」
「どうした糸式?」
「そんなはずは……あの魔物が、鎖の締め付けを跳ね返そうとしている」
「なんだって?」
見てみると、確かに鎖の締め付けに対して、筋肉を膨張させて抵抗しているように見える。
「くっ。こうなったらもっと魔法を注いで……くっ、なんて力なの!? このままじゃ鎖が千切られる」
「一体何が……ん?」
その時、妙なことに気が付いた。
敵の体に無数についている人間の口。それらは皆、聞くに堪えない罵詈雑言を発しているのだが、一つだけ違う口がある。
その口は何故か一台のスマートフォンを咥えているのだ。
そのスマホから、ドス黒いオーラのようなものが溢れ出て、ヤツの口に流れ込んでいる。
「理由はわからないが、あのスマホが怪しい」
「スマホ!? 誰かの忘れ物かしら……朝倉くん、なんとかできる?」
「任せろ!」
とはいえ、この位置からじゃ魔法による攻撃は届かない。それに、できればスマホは無傷で手に入れたいところだ。
俺は敵に駆け寄ると、インパクトの魔法を起動。ヤツの下唇を不可視の魔弾が直撃。その衝撃でヤツはスマホを取り落とした。
「ぎごげっ」
「おっと。回収完了っと――何!?」
その時だった。
ヤツの口の中から長い手が伸びてきて、俺の頭を掴んだ。
尋常じゃない力で頭を締められる。
「くっ……なんでもありかよ!?」
「朝倉くん!? この……化け物!」
糸式が鎖にありったけの魔力を込める。鎖がギチギチと音を立てて敵の体を締め上げる。
鎖で敵を拘束し、魔力を乱れさせ抵抗を封じ、ゆっくりと絞め殺す。
魔物は今、逃れられない糸式家の魔法の必勝パターンに嵌っている。
だが「せめてコイツだけでも道連れよ!」とばかりに、魔物の俺の頭を締め上げる力も上がる。
糸式が魔物を処すのが先か。俺の頭がはじけ飛ぶのが先か。
なんて他人任せにするつもりはない。俺はキャッチしたスマホを捨て、自信のスマホで魔法を起動。
改造魔法その2。
「自分から捕まりに来てくれてありがとうよ――チャージング!」
「ぐぎゃああああああああああ」
魔力を電流に変化させることでスマホ等のバッテリーを充電する魔法チャージング。
充電に使用する消費魔力のリミッターを解除し、さらにバッテリーのみを効果対象としていた文言を削除することで、物に対して無差別に魔力電流を流し込めるように改造させてもらった。
ヤツに流れた俺の魔力は電流となって体内を駆け巡る。
これで最後だ。ありったけの魔力をくれてやる!
「あぎゃぎゃぎゃぎゃ」
ヤツの体がビクンと跳ねて、俺の拘束が解けた。
「糸式、今だ」
「ええ、はあああああああ!」
電流によって、上手く体が動かなくなった魔物は鎖に対する抵抗力もなくなった。
その一瞬を糸式は見逃さない。ありったけの魔力で鎖の力を強化し、敵の肉体を粉々に引き裂いた。
「ぐぎゃ……ぎゃあああああああ」
声にならない悲鳴をあげて、四つ足の魔物はこの世界から消滅した。
「ふぅなんとか勝てた」
チャージングでそのまま勝てるかと思ったが、そうもいかなかった。
やはり、汎用魔法を改造しての戦い方には限界があるのだろうか。
少し感じた不安を振り切るように、俺は糸式の方を振り返る。
「つか、魔術師って学生の内からあんな強いの相手にしてるわけ?」
「いえ……いくらなんでも強すぎるわ……。たまたま相性がよかったから勝てたけど……一体何が」
「んーよくわかんないけど。これがヒントじゃね?」
あの化け物が口に咥えていた古いスマートフォン。
そこに表示されていたのはとあるSNSアプリ。
アカウント名は【生後一ヶ月のてけてけ】。
ひたすら誰かを不快にするような差別的な発言をしているアカウントだった。
運営BANしろし。
そして、その内の一つが現在絶賛炎上中らしく、【生後一ヶ月のてけてけ】はネット民から総攻撃を受けていた。
「人の負の感情が魔物を強くする。だったらこの一連の悪意に満ちた誹謗中傷が、あのてけてけもどきの強さの正体だったのかも」
「そんな……スマホ越しに悪意を吸収できるなんて聞いたことないわ……。いえ、でも。私たち魔術師がスマホを使い始めたように。魔物もデジタル機器を使い始めたのだとしたら……」
「滅茶苦茶厄介だな」
光が強い分、闇も深い。そんなインターネットからお気軽に負の感情を摂取できるようになっていたら……。
「とにかく私たちが考えても仕方ないわ。まずは無事勝利できたことを喜びましょう」
「おう。そうだな」
外で待機していた魔法庁の人たちに軽く報告。そして、俺たちは小学校を後にした。
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