第17話 はじめての魔物
糸式クラスタに入った次の日。
お祝いをする暇もなく、すぐに初の活動が行われることとなった。
そう。俺も遂に魔物と戦う時が来たのである。
「着いたわね」
「ああ」
時刻は20時。日は完全に落ち、夜空にはまばらに星が見えていた。
二時間ほど糸式家の車に揺られ、俺たちがやってきたのは……東京都足立区だった。
「ってかここ、俺の母校じゃねーか!」
んでもって、妹の凜が今現在通っている小学校の前である。
今日の16時頃。
この小学校の体育館にて魔物が出現。幸いにも生徒たちに巻き込まれた者はいなかった。
魔物への対応は、魔法庁と呼ばれる日本政府直属の影の機関が対応する。
まずは警察を使って学校を封鎖。
周辺住民には「刃物を持った不審者が立てこもっている」と報告。
その後、魔法庁から派遣された調査員が現場を調査し、被害規模や出現した魔物の大まかな危険度を判定。
そこから、各魔術師たちに討伐命令が下される。
今回は出現した魔物の強さがそこまでではないこと。
足立区を管理するのが糸式家だったことから、糸式クラスタに討伐依頼が回ってきたのである。
「実体化完了の推定時刻は23時ごろのようです。まだ余裕はありますので、じっくりと討伐を」
「ありがとう。では、私たちはこれより討伐に向かいます」
「お気をつけて」
「それじゃ、行くわよ朝倉くん」
「あ、ああ……」
魔法庁の調査員なのだろう、黒服の女性から報告を受けた糸式に続き、俺はバリケードテープを潜る。
「な、なんなんすかあのガキ共……どうして中に入って」
「余計なことは考えるな。俺たちの仕事は一般人が中に入らないように見張っていることだ」
「でも中には不審者が!」
「黙れ。自分の仕事に集中しろ」
そんな若い警官とベテラン警官のやりとりを小耳に挟みつつ、俺は懐かしの母校へと足を踏み入れた。
「おお。懐かしい……土足で失礼っと」
「夜の小学校……雰囲気あるわね」
「糸式? どうした?」
「な、なんでもないわ朝倉くん。い、行きましょう」
糸式と並んで夜の廊下を歩く。
「なぁ糸式」
「な、何よ……」
「もしかしてお前って、お化け苦手なのか?」
「わ、私に苦手なものなんてあるわけないじゃない! それにお化けなんて存在しない。ここに居るのは魔物。そう、魔物なのよ」
魔物ねぇ。俺、まだ見たことないんだけど。
「こほん。魔物についての基礎知識は覚えてるわよね」
「ああ。前に教えて貰ったヤツな」
魔物。
俺たちが住むこの世界とはどこか違う世界からやってくる正体不明の生命体。
何故、どうして出現するのかは不明だが、奴らは度々こちらの世界に現れる。
この世界に出てきた直後の魔物は姿を持たない魔力の塊のような存在で、魔術庁でも探知することができないらしい。
偶に感のよい一般人が目撃してしまうこともあるのだとか。(その場合、人魂やオーブのように見えるらしい)
この状態の魔物は空中を漂い、エサを食べることで力を蓄える。
そのエサとは人間の負の感情。
だから魔物は学校などの比較的人の多い場所に集まってくるらしい。
そして、ある程度まで力を溜めた魔物は次の行動へと移る。
引き続き人間の負の感情を集めつつ、
魔物はこの世界に存在する生物、物質、エネルギー、情報、伝説、噂などを取り込み、この世界で活動するための肉体を得る。
動物を取り込んで魔獣のようになったり。
鉱石を取り込んでゴーレムのようになったり。
伝説を取り込んで空想上の生物になったり。
噂から存在しないはずの怪物になったり。
そうして姿を得た魔物は、人々に危害を加えるようになる。
自らが人々を恐怖に陥れ、負の感情を積極的に摂取し、さらに強く上位の存在を目指すようになるのだ。
「なんとか
どうやら魔物が完全に実体化するにはある程度の時間がかかるらしい。
その前に叩くことができれば、被害は最小限に抑えられる。
「今さらだけどさ。敵の居る位置はわかってるんだ。ダッシュで向かった方がよくないか?」
「駄目よ。確かに魔法庁が観測した魔物は1体。20時時点で完全な実体化はしていない。けれど、その魔物の放つ負のエネルギーに惹かれて他の魔物が集まってきている可能性があるの」
「ダッシュで移動してたら不意打ちされるかもってこと?」
「その通りよ。相変わらず理解が早いじゃない」
「なるほどな」
ダッシュは諦めて、慎重に歩く。
「噂すら取り込んで実体化か。しかし、今回の魔物はどんな姿をしているだろうな」
「そ、そうね。小学校だし案外かわいらしい姿になっているかも」
「実はこの学校には七不思議があってな」
「へ、へぇ……そうなんだ……七不思議」
「そう。熱中症の女子トイレの花子さん。眼鏡が光る滝廉太郎の肖像画。勝手に鳴り響く体育館のピアノ。50メートル走4秒台の走る人体模型。踊り場をカウントするかしないか迷う夜の13階段。赤ん坊の泣き声……」
「な、何よ。定番中の定番ばかりじゃない」
糸式の声が震えている。
マジか。コイツガチで幽霊とか苦手なんだな。
「でもさ、最後の七つ目がとびきり怖くて……実は数十年前に……っ!?」
「……な、何!? どうしたの朝倉くん!?」
その時、腕を何かに掴まれた。
一瞬ギョットした。女の髪が腕に巻き付いていたからだ。
だが、すぐにそれが糸式のポニーテールなのだと気付いた。
「そのポニーテール、なんなん?」
「こ、これは……その。魔法を仕込んでてね。背後からの不意打ちに反応して防御できるようにしてるんだけど……感情的になると、つい勝手に動いちゃうの」
そういえば昔から糸式の感情に対応するように揺れていたな。
「あっ。ご、ごめんなさい。ポニテが勝手に」
彼女のポニテに腕を引かれ、糸式と俺の肩が触れた。
まるで離れたくないとでも言うように、互いの腕がくっつく。
「怖いの苦手なのよ。だから……あんまり意地悪しないで?」
「悪かったよ。つい……な」
素直に謝罪する。
「あの糸式さん。くっついていると歩きにくいんだけど」
「……駄目?」
「まぁ。魔物が出てくるまでならいいよ」
「ありがと……」
あれ、糸式ってこんなに可愛かったっけ?
最近は女忍崎にスキンシップと称して接触されることが多いが、その時には感じないこの胸の高鳴りはなんだろう。
吊り橋効果ってヤツか?
そう思っていた時だった。
『プルルルルルルル。プルルルルルルルル』
職員室の前を通りかかった時。中から電話が鳴った。
「きゃああああああああああああああああああ」
横の糸式が絶叫する。
鼓膜が破れるかと思った。
「ももも、もしかして七不思議の七つ目って……」ガクブル
「安心しろ糸式。あれはモンスターペアレントだ」
以前、宿直の先生が嘆いていた。深夜までクレームの電話をしてくる非常識な親がいると。
しかも複数人。
「今日はこの騒ぎで宿直の先生も警備員さんも居ないから、電話に出られないけどな」
「そ、そうなんだ。それはそれで怖い気がするけど」
俺たちは苦笑いし、職員室の前を通り過ぎようとした。
その時。
――ガチャリ。
「う゛ぉしう゛ぉし。あ゛な゛ただあ゛れ゛?」
「「――!?」」
俺と糸式は即座に身構えた。何者かが、職員室の中で、電話に応対した。
モンペの電話に対応した何者かは受話器を置くと、てくてくと扉に近づき、鍵の掛かった扉を開けようとガリガリしている。
それは宿直の先生でも、警備員でも、不審者でもない。
「あ゛け゛て゛……あ゛け゛て゛えええええええええええええええええええええええええ」
耳を劈くようなその声は……女児の声を何重にもしたような不気味な声だった。
「どうやら体育館のとは別に一体、実体化してしまったようね」
「だな……しかも読み通り、七不思議を吸収済みだ」
職員室の扉をブチ破って出てきたのは、戦時中を感じさせる服装をした美少女。
「ところで朝倉くん。熱中症の花子さん……って言っていたけれど、どうして熱中症なの?」
対魔物なら全く怖くないらしい糸式は完全にいつもの調子を取り戻し、こちらに質問してきた。
もちろん雑談ではない。
ヤツが七不思議を吸収し実体化したのなら、敵の能力もそれ由来のものになっている可能性があるからだ。
「花子さんの台詞が『暑い暑い。お水頂戴』って言ってるからだ」
「それ多分違うわ。暑い→熱いだと思う。多分、空襲で逃げ遅れて炎に……」
「あ、そっちか」
やっべ。途端に可哀想になってきた。
だがそんな俺の同情はすぐに吹き飛ぶ。
花子さんはノーモーションで飛び跳ねると、こちらに体当たり攻撃をしてきた。
「くっ……人間の動きじゃない!?」
俺と糸式はその攻撃を回避。
コイツ……姿が人間の少女の形をしているだけで、まだ人間というものを理解していないのか?
なんで腕と足があるのかとか、そういうの全部無視して、人間とは違う動きで襲ってくる。
現に攻撃が空振りした敵は頭で着地。こちらを見ていないのに、無理やり膝を曲げて攻撃の準備をしているように見える。
「あ゛つ゛い゛よ゛」
声も口じゃないところから出ているな……。
「早めに叩くわよ朝倉くん。コイツまだ、完全に実体化した訳じゃないみたい」
「なるほどな。わかりやすく不完全だ」
「ここは朝倉くんに任せるわ。やれる?」
「当然! 安心して見てていいぜ!」
俺はスマホを起動し魔法発動の準備に入る。
狙いなど定めるまでもない。
「あ゛つ゛い゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛」
こちらに向かって飛んでくる敵に思いっきり放つだけでいい。
「――インパクト!」
「ぐぎぎゃああああああああ」
不可視の弾丸は花子さんもどきの胴体を吹き飛ばす。
そして、散り散りになった敵の四肢は地面に落下すると、粒子となって消滅した。
「ふぅ……初戦闘、なんとか勝利!」
どうなるかと思ったが、改造インパクト、魔物にも通用するようだ。
「……」
「ん? どいうした糸式?」
「いえ。そういえば初日に聞こうと思っていたことがあったのに、すっかり忘れていた。それを今思い出したわ」
「初日に聞きたかったこと?」
そっか。そういえばそんなこと言っていた気がする。
でも忍崎の件でうやむやになってたんだよな。
「いいぜ。何が聞きたいんだ?」
「あなたのそのインパクトの威力……一体なんなの?」
糸式の質問の意味を理解するのに、俺は少し時間がかかった。
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