第9話 昼食にて

 ホームルームが終わって昼。

 俺は食堂に場所を移すと、スマホとにらめっこしていた。



名前:朝倉澪里 

年齢:15歳 

性別:男


誕生日:3月3日 AB型


学年ランキング:149位


学力:70

運動能力:80

魔力量:―

固有魔法:0

影響力:0

学内活動:0


 画面には、学年順位とランキングの評価項目が並んでいる。


 学力。これは単純に入学試験の時に行った国数英社理の5科目、その合計点を5で割ったものだろう。

 あの日、熱と頭痛に苦しんだ俺は350点しか取れなかった。なのでこの点数。

 今後の中間テストや期末テストの結果に応じて上下する項目らしい。


 そして、運動能力。

 この項目はアプリの説明によると、中学三年の四月にやったスポーツテストの結果を元に点数化されているらしい。(シャトルランとかやるあれだ)

 ここは日々の体育の授業や部活動によって変動するのだとか。


 次の魔力量。

 この項目は、俺が第二ホールをぶっ壊したときのアレだろう。

 あの時に計測しようとしていたのが魔力量で、あの時にちゃんと計測できなかったから0ではなく―という表記なのかもしれない。

 一応後で再計測できないか聞きにいかないとな。


 固有魔法。これはそもそも俺自身が持っているのか持っていないのかもわからないから0でいいとして。


 学内活動。これは文字通り、クラス委員や部活、各種委員会や生徒会など学内での活動に従事することで与えられる点数らしい。

 この項目は入学直後なので全員0となっている。


「問題はこの影響力だよな。これだけはよくわからない」


「ランキングを見ているの? 熱心ね……あら?」


 その時、ランチプレートを抱えた糸式が現れた。

 糸式はテーブルに乗った俺の昼食を見て眉を顰めた。


「聞いてはいたけど随分貧相なメニューね……そっか。確か朝倉くんの順位は……」


 どうやら全体ランキングで俺の順位を確認したようだ。


 七星学園では、食堂や寮にて朝・昼・晩の食事がすべて無料で提供される。

 だがどんなメニューの食事が用意されるかは、生徒のランキングが大きく関わってくる。


 簡単に言うとランキングの順位が低いほどショボい食事しか食べられない。


 だが俺のメニューはお茶碗一杯分のご飯と味噌汁。しかも海苔までついている。

 思っていたよりいい待遇だった。


「男の子なのに、そんなので足りるの?」

「え? 寧ろこんなに貰えて驚きだぜ。ランキング見た時は野草とか出されるんじゃないかとヒヤヒヤしたぜ」

「それは料理ではないでしょう……」


 これまでの人生、主な栄養を給食から摂取してきた俺としては、これは大きな進歩である。

 今までは、晩飯の美味しいおかずはだいたい妹に譲ってきたからな。

 これからは毎日三食お腹いっぱい食べられそうだ。


「私のを少しあげましょうか?」

「糸式のを?」


 彼女のプレートを見る。サンドイッチにサラダ、スープにヨーグルトとヘルシーでさっぱりしたメニューだった。

 確かに美味しそうではあるが……。


「やめておく。ハングリーさは失いたくないからな」

「そうだ。あーんしてあげましょうか?」

「話聞けよ。糸式の方こそそんなんで足りるのか?」

「ええ。常に腹八分目を意識しているわ。満腹になると眠くなるから」

「俺もだ」

「いや、貴方は事情が違うでしょ……」


 とはいえ、やはり食べられるなら美味しいくて栄養のあるものを食べたいよな。

 ランキングを上げるモチベーションが少し上がる。


「そういえば糸式は3位だったんだな。おめでとう」

「あら、私の順位にも興味を持ってくれたのね。ふ~ん」


 糸式はにんまりと笑う。文字通り馬の尻尾みたいなポニテがばっさばっさと揺れている。よほど嬉しいのか。それともマウントか。


「素直に受け取れよ」

「ええ。そして朝倉くんは149位。下位スタートなのね」

「こういのはケツから捲っていくのが楽しいんだろ」


 無論強がりだが、俺もさすがにこの順位は実力だとは思っていない。

 何せ、この学園に関しても魔法に関しても知らないことが多すぎる。


 二人で食事を進めながら、気になったことを尋ねてみる。


「なぁ。この影響力の項目ってなんなんだ?」

「ああそれね。確かにわかりづらいわよね」


 スープが口に合わなかったのか、目をバッテンにした糸式は口直しにお茶を飲みながら言った。


「とはいえ、文字通りの意味よ。世間だったり、周囲だったりへの影響力の高さ。良くも悪くもね。それが評価される項目なの」

「つまり……社会的ステータスってことか?」

「そうね。そういうことになるわ」


 社会的ステータス。

 例えば糸式鈴芽は魔術師界で絶大な影響力を持つ「はじまりの七家」と呼ばれる超エリート家系、糸式家の次期当主。


 この肩書きは、学園で凄まじい価値を持つ。


 また、自身が手がけるファッションブランド『スワロウアイズ』を持っており、ファッション業界でも名が通っている。


 それ故に糸式の影響力は95点。


 ここに来て、俺とコイツの立場の違いが明確に現れた形だ。

 本当になんでコイツ、あんな公立中学に通ってたんだ?


「なるほどな。この項目はどうしようもなさそうだ。とにかくしばらくは魔法の練習をしつつ、ランキング上げに勤しむよ」

「それがいいわね。次にランキングを気にするのは進級の時でいい訳だし。焦ることはないわよ」


 ちなみにランキングが119位に上がっても、進級のタイミングでしかクラスの移動はできないようになっている。

 なので、どんなに頑張っても今年1年は最下位クラスであるE組で我慢することになる。

 まぁ我慢……ってほど悪いクラスじゃないけど。寧ろちょっと楽しいし。


 とはいえ心地のいい環境というのは、総じて成長には向いていない。


 生き物は厳しい環境に対応するために進化をする。ならば、自らを進化させるためには厳しい環境に身を置かなくてはいけないということだ。


「とはいえ、稼げる点は稼いでいくつもりだぜ? この後、丁度スポーツテストの更新ができるからな」

「なるほど。それでジャージに着替えてるのね?」


 実は午後から希望者を対象にスポーツテストが実施される。


 ランキングの運動能力の項目は去年の中学三年の春のデータが使われているので、ここでより良い結果を更新しておく狙いだ。

 少しでもランキングの順位を上げておきたい。


「なら、沢山食べておかないとじゃない。あ、私のヨーグルトも食べる?」

「だから大丈夫だって。むしろあまり腹に入れない方が……」

「おい、そこの女ぁ」

「ん?」


 お弁当に手をつけようとした時、大柄な男が近づいてきた。

 男女複数人の取り巻きを引き連れ、俺と糸式が座る席を囲う。


「あんたは……金大寺巻志(きんだいじ まきし)」

「なんだ、鈴芽もいたのか。気付かなかったぜ」


 嫌なヤツが来た……とでも言いたげな糸式の表情と態度でおおよそ、この男の人柄がわかった。


「誰?」

「金大寺巻志(きんだいじ まきし)。私と同じはじまりの七家、金大寺家の次男で、嫌なヤツよ」

「はっ。テメーに言われたくねぇよ鈴芽。テメーだって俺からしたら嫌な女だ」


 高い身長と抜群のルックス、そしてお洒落なパーマ頭で多くの女子を食ってきた女癖の激しいヤツ。

 というのが後に糸式から聞いた、この男の人物像である。


 とはいえ、俺の第一印象も同じだ。

 傲慢なしゃべり方から早速、友達にはなれそうもないなと感じる。


「おい女ぁ。お前だお前。きょろきょろすんな」


 さっきからコイツの言っている「女ぁ」とは、どうやら俺のことっぽい。


「どうだ? ナチュラルマウント取られてうぜーだろ? 鈴芽とじゃなくて、俺様と昼飯を食わないか? 好みの顔だ。それに、なんだその貧相なジャージは。俺様がもっといいトレーニングウェアに着替えさせてやるぜ?」


 ああ、懐かしいなこのやり取り。女子に間違われるのなんていつぶりだろう。

 俺の顔は母親似で女顔。さらに髪がすぐ伸びる体質な故に、普段から切らずにシニヨンにまとめている。

 中学の同級生たちならいざ知らず、初対面の金大寺には、俺が女の子に見えたのだろう。

 丁度ジャージ姿だし。


「悪いな。声を聞いてわかると思うが、俺は男だ」

「なっ!? 嘘だろ? マジかよ……」


 失礼にも俺の胸辺りを触って確かめる金大寺。

 途端、顔を真っ赤にしてしまう。

 大恥をかかされたといったと思ったのだろう。


 後ろにいた取り巻きたちもギャハハと笑っている。


「元々髪が伸びやすい体質でな。そうそう何度も美容室に行けないし、髪型を工夫して誤魔化しているんだ。そういう訳だからすまんな。騙すつもりじゃ……」

「テメェ……絶対許さねぇ。この俺様をコケにしやがって」

「だからそれはそっちが勝手に勘違いして――」

「るっせぇ!!」


 突然の金大寺の大声に、周囲の注目が集まる。そのことにさらに気まずそうな表情になった金大寺は、それを誤魔化すように俺の昼食が乗ったトレイを奪い取り……。


「シケた飯食ってんじゃねぇよ、貧乏ジャージがぁ!」

「なっ!?」


 思いっきり地面に叩きつけた。

 ガタンと食器が転がり、食べ物が床に散らばる。プラスチック製の食器でなければ大惨事だったろう。いや、今もかなり酷いけど。


「ちょ、ちょっと何してるのよ金大寺!」

「黙ってろ鈴芽。おい貧乏ジャージ。俺様と決闘しろ」

「決闘?」

「はっ。そんなことも知らねぇのかよ」


 鼻で笑われてしまった。俺は助けを求めるように糸式に目線を送る。


「ええと、決闘っていうのは生徒同士での揉め事を解消するための魔法による模擬バトルよ」

「へぇ。なんか面白そうじゃん」

「駄目よ朝倉くん。今の貴方じゃ絶対にコイツには勝てないわ。この後、スポーツテストを受けるんでしょ? そっちに集中しなくちゃ」


 だよなぁ……。けど。


「駄目よ。金大寺は1位になれなかったからって荒れてるの。こうやって絡んでくるのもただの八つ当たりなんだから」

「糸式。この金大寺ってやつは、お前と同じでこの学園じゃもう最初から有名なんだよな?」

「ええ。金大寺の場合は二年生にお兄さんもいるし、超有名人よ。それがどうしたの?」

「じゃあ決闘でアイツを負かせば……俺の名もちょっとは学園に知れ渡るよな」

「それはそうだけど……あっ」


 糸式は思い立ったようだ。


 そう。


 あのいかにも噛ませな金大寺という男を負かして……影響力の点数も上げさせてもらう。


 俺の運動能力は現在80点。現状のままでもそこまで悪くない数字だ。

 スポーツテストを受け直したところでせいぜい伸び幅は85~90といったところだろう。

 いや、下手をこけば下がる可能性だってある。


 一方、この金大寺ってヤツと決闘すれば、俺の名前は学園に少しは知れ渡る。


 コイツに勝てば間違いなく影響力の点数が上がるだろうし、負けたとしても「超強い金大寺に挑んだ無謀なチャレンジャー」ってことで、ある程度の知名度向上が狙える。

 どちらにしても俺にメリットしかない戦いなのだ。

 それに、メリット抜きにしても、戦いたい理由はある。


「悪いが食べ物を粗末にするやつは許せないんだ。その決闘、受ける」



 


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