第8話 入学とランキング
「ハンカチ持った? ティッシュは? ICカードは?」
「持った持った。凜、お前心配し過ぎな」
4月1日。
いよいよ入学式がやってきた。
「寮生活か~さみしくなるわねぇ」
「もうお母さん! お兄ちゃんはこれらから、厳しい七星学園に戦いに行くんだよ! ちゃんと送り出さなくちゃ……うぅ」
「あらあら~」
かなり強がっていたらしい凜は、思わず泣き出してしまった。
うちの妹可愛すぎか。最後にぎゅっと抱きしめて、別れの挨拶にした。
「次帰ってくるときは、たくさん美味いもの食わせてやるからな」
「いいよ別に……。だから、元気で帰ってきてね」
「澪里。体に気をつけて。元気でね」
「うん。いってきます!」
母と妹に見送られて、俺は15年間育ってきた家を出た(父さんは仕事)。
これから三年間、寮での生活となる。(一応帰ろうと思えば帰れる)
親元を離れてのエリートやお坊ちゃんたちとの競い合い。怖くないかといえば嘘になる。
だが、同時に自分がどこまでやれるのか試してみたいワクワクの方が強い。
俺は新しい三年間への第一歩を踏み出した。
***
時は金なりを体現したようなコンパクトに纏まった入学式を終えた俺は、自分が配属された教室へと向かっていた。
俺のクラスは1年E組。
徹底的な競争教育を謳う七星学園。生徒一人一人にランキングが与えられ、常に自分が学園で何番目なのか突きつけられる残酷なシステムを持つこの学校だが、クラス分けもランキングに応じて行われるらしい。
新一年生の合計人数は150人。
それをひとクラス30人ずつに分けて、計5クラス。
学年ランキング1~30位がA組。31~60位がB組……といった具合にクラス分けが行われている。
つまり、E組に配属された時点で俺の順位は121位~150位のどれか……ということになる。
かなり悪いスタートのような感じもするが、俺は絶望していない。
こういうのは上位ランクを維持するより、底辺から捲っていく方が楽しいものだ。
「ちわっす」
小声でそう言いながら、E組の教室に入る。
どこか互いを牽制しているような、遠慮してるような新年度特有の微妙な空気に包まれていた。
ざっと見渡せば、ここに居る人種は多種多様だ。
リーダーシップを発揮しそうな優等生陽キャ。バリバリのスポーツマンタイプ。見るからに勉強できそうなヤツ。人生楽しんでそうなギャル。清楚なお嬢様タイプ。
俺が想像していたようなギスギスした闘争心は今のところ感じられない。
とはいえ、ここにいる連中は皆、生まれた時から魔法の訓練を積んでいる魔術師なのだ。
能ある鷹は爪を隠すではないが、おそらく皆、研いだ爪を隠している。
「全員集まっているようだな。んじゃ、始めるか」
俺が自分の席に腰掛けたのと同時、教室に大人の男の声が響いた。
楕円系の眼鏡を掛けたセンター分けの中年の男性。おそらく、このクラスの担任の教師だろう。
その男は教壇に立つと、無言で俺たちを見渡した。
「一瞬で静かになったな。『みなさんが静かになるまで何秒かかりました~』って言いたかったが、これは素直に感心だ。手の掛からなそうなクラスで俺は嬉しいぞ」
抑揚に乏しい声で、先生はそう言った。
あんまり嬉しそうには見えないし、そのダウナーな態度からは新年度のやる気や熱意のようなものは感じない。
「そんな素晴らしい生徒であるお前たちに、俺のような者から教えることは何もない。卒業まで自由に過ごしてくれていい」
いやいや。いやいやいや。
なんかいい話風に言って、職務放棄しようとしているじゃねーかこの先生。
教えることが何もないわけがないだろう。
「とまぁ、金を貰っている以上そういう訳にもいかないのが悲しいところだ」
そう冷静に言って、教師は黒板に自分の名前を書き始めた。どうやら今のはジョークだったらしい。紛らわしいな。
「俺の名は黒崎トオル。担当教科は数学。今日から一年間、このE組の担任をさせられる。よろしく頼む」
「よろしくお願いします!」
「よろー」
「ってか先生メッチャ面白くね?」
「それなー。うちアガったわ」
担任の変な挨拶に、何人かが好意的な返事を返す。
いや、今の挨拶にアガる要素はなかったと思うが……。
流石天下の七星学園。教師も生徒も一筋縄ではいかなそうな変人だ。
「一言くらい何か言った方がいいか? あー。こほん。最下層のE組に配属になって、ショックを受けている者もいるだろう。『ヤバイ』と焦っている者もいるだろう。だが安心して欲しい」
おお。底辺クラス、E組配属を励ますことを言うのか。なんだちょっと不安だったが、教師らしいところもあるんだな。
「お前たちはまだ15歳と若い。とても若い。将来に無限の可能性がある。先生も給料分は仕事をするから是非頼って欲しい。さて俺は数学の担当教員だから、今日はお前たちに一つだけ公式を教えよう」
と見直しかけたのも一瞬だった。俺は黒崎が黒板に書いた公式?を見て絶句した。
「『36歳×独身×彼女なし=ヤバい』。まぁ俺のことなんだが。俺のヤバさに比べたらお前たちのE組配属なんて全然マシだろ。っていうか、俺はこの先の人生どうしたらいいんだ? このまま一人で孤独に生きていくのか? 寧ろお前たちに俺を導いて欲しい。人生辛い」
知らんがな。
ひとしきり自分の人生を嘆いた後、黒崎は「じゃあ次はお前たち。順番に自己紹介」と言った。この空気でトップバッターを務める生徒が気の毒でならない。
「やばー。このクラスメッチャ個性的じゃん」
「ねー。一年間楽しめそう」
え、どこが? そんな要素あった?
隣の席のギャル二人が謎に嬉しそうなのに驚きつつ、自己紹介の方針を考える。
一年間よろしく! みたいな感じで友好的な感じでいくか? いや。ここに居る全員がライバルなのだ。
そんな馴れ合いは必要ないだろう。ならば……。
「という訳で楽しい学校生活にしていきたいと思ってます。みんな、一年間よろしくー!」
「「「よろしくー」」」
「……」
ゆるいな~メッチャゆるい。
なんか「うぇ~い」な楽しい感じのクラスになってるじゃねーか。
ちょっと前に「俺には108人の脳内嫁がいる。悪いが女子。君たちとは付き合えない」みたいなイタいオタクムーブかましたヤツがいたのに「おお!」「個性的!」「いいね!」みたいにウケてたし。
あれか? みんなエリート過ぎて余裕があるのか? そうなのか!?
なんか教室の雰囲気が緩いんだが!?
俺が想像していたのは、もっとバチバチで……ギスギスで……でも熱くて。
いやいや。調子を狂わされるな。俺は俺のやりたいようにやる。
「じゃ、次の人」
「はい」
俺は立ち上がり、一度クラス全体を見回した。
「足立〇×中出身。朝倉澪里です。ランキングトップで卒業を目指してます。よろしく」
一瞬、教室が静まり返った。さっきまでのゆるい雰囲気が霧散する。
当然だ。言わばこれは「お前たち全員より上にいく」という宣戦布告に近いのだから。
だがこれでいい。俺はこう見えてバチバチの競い合いが大好きなのだ。
ゆるい学園生活なんて望んでいない。
だが、隣の席のギャルたちが意外なことを口にした。
「えートップ狙いとかめっちゃ熱いじゃん」
「わかるー。うちらも応援してるから、みおちゃん頑張れ~」
「……」
ギャルの言葉を皮切りに、クラス中が盛り上がる。
「確かに熱い!」「頑張れ朝倉!」「応援してるぞー!」
「あ、ありがとう」
なんとかそう言って、俺は座った。
ええと。なんだろう。緩いと言うより……暖かい。
駆け引きとかそういうのではなく、みんな純粋に俺のことを応援してくれているようだった。
コイツら……みんないいやつ過ぎかよ!
「さて。一通り自己紹介は終わったな。では、今からプリントを配る」
黒崎から配られたプリントには「学内案内アプリの使い方」と書かれていた。
「各自プリントのQRから読み取って、アプリをインストールしろ。できたか? そしたらメニューを開けるか確認してくれ。まさかとは思うがスマホを持ってないなんて言うなよ」
言われたとおりにアプリをインストール。そしてメニューを開く。
「このアプリにはお前たちの学園生活をサポートする機能が盛りだくさんだ。上手く活用しろ。そして、一部のやつらは気になってしょうがないようだな」
黒崎の言うとおりだった。何故ならアプリのメニュー画面には『学年ランキング』という項目があったからだ。
「確認するといい。学年ランキングの項目では自身の順位や全体のランキングが確認できる。また、ランキングによるボーナス特典も確認できるようになっている。言うまでもないがこの学園はランキングが高ければ高いほど様々な特典を受け取れる。一度全員が自分のランクを確認しておいてくれ」
おそるおそる、俺はボタンをタップした。
そして、そこに表示された数字を見て、俺は頭が痛くなった。
名前:朝倉澪里
年齢:15歳
性別:男
誕生日:3月3日 AB型
学年ランキング:149位
ランキング特典:なし
「し、下から二番目……だと」
流石にここまで低いとは想像していなかった……。
「まぁそのなんだ……朝倉。ドンマイだな」
担任の黒崎に励まされる。
「みおっちドンマイ~」
「でもさ、この順位ならあとは上がるだけって説あるくない?」
隣の席のギャルにも励まされた。
自己紹介であれだけ大見得切ったやつがこの順位って、普通なら滅茶苦茶馬鹿にされそうなのに。
マジでE組、いい奴らばっかりな。
とりあえずクラスガチャは大成功だ。
担任ガチャは……まだよくわからないといったところか。
とにかく……。
「149位か……」
入学初日。
驚きはしたが、落ち込んではいない。
何故ならギャルに言われるまでもなく。後はここからブチ上げていくだけだからだ。
そう。「アガる!」ってやつだ!
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