第5話 初めての魔法
魔力を変換し魔法という力に変える魔法式。
代々受け継がれてきたDNA情報に刻まれた魔法式を使って魔法を行使するのが固有魔法なら、汎用魔法は紙や地面に書かれた魔法式を使って行使される。
故に、魔力を持つ者なら誰でも使えるのだ。
古くは本型の魔術書。そして時代を経て巻物や杖などに式を刻んで使うようなアイディアも開発された。
しかし、魔法式は大量の魔法文字を必要とした。それは一行二行、ましてや1ページ2ページで収まる文字数ではなかった。
ゲームや漫画ではお馴染みの火の玉を放つような簡単な魔法でも、本一冊分の文字数が必要だという。
だからこそ、つい最近まで汎用魔法の運用は魔導書によって行われてきた。
しかし近年、魔法式が必ずしもアナログ媒体に書かれていなくてはならない……というわけではないことがわかったという。
そう。デジタルデータに変換しても機能することがわかったのである。
今までいくつもの魔導書を持ち歩く必要があった魔術師の戦い方は大きく変わった。
いや固有魔法あるんだから汎用魔法なんていらないんじゃ? と思うかもしれない。
だが固有魔法が強力だからこそ、その武器を活かすための補助的な魔法も必要になってくるのだ。
だからこそ、魔法式のデジタルデータ化成功は革命だった。
「まさに魔導書の電子書籍化ってことか」
「あら、上手いこというじゃない」
嬉しそうに笑いながら、糸式は自身のスマホを取り出した。
流石というかなんというか、NeoPhoneのハイグレード最新プロモデルだった。
確かあれ、物価高も重なって20万くらいしたような……。流石お嬢様だな。
「あれを見ていて」
糸式の指差した方には、会議用のテーブルとその上に空き缶。
そういえばさっきから気になってたんだよな。一体どうするつもりなのか。
「今から魔法を見せてあげる。とは言っても、一番簡単なヤツだけどね」
「いや助かる」
今は一個でも多く魔法をこの目にしておきたい。
糸式は左手にスマホを握り、反対の手でピストルの形を作って空き缶を狙う。
おお。糸式の魔力がスマホに流れ込むのを感じる。
「見えた?」
「見えたというか感じたな。魔力の流れを」
「合格。それじゃあ後は魔法名を唱えるだけで発動するわ――インパクト」
今のが魔法名なのだろう。糸式の宣言が発動キーとなり、魔法が解き放たれる。
無色透明。しかし魔力を持つ者には微かに目視できる。弾丸ほどの大きさの魔力の塊が、遠く離れた空き缶を吹き飛ばす。
「おお!」
「どう? 今のがインパクトの魔法よ」
インパクト。どうやら小さな魔力の塊を弾丸のように打ち出す汎用魔法らしい。弾丸とは言っても威力はほとんどなく、デコピン程度のようだが。
「とはいえ、多くの魔法はターゲットにぶつけることで効果を発揮するわ」
「なるほど。低威力とはいえ魔法を放って相手にぶつけるインパクトは、基礎的な魔法になるってことか」
「本当に理解が早いわね。そういうことよ。インパクトを狙った的に当てられるようになれば、他の魔法も同じ要領で発動できるってわけ」
流石は糸式だ。
とりあえずこの魔法さえ抑えておけば、入学後に新しい汎用魔法を習ったとしても同じ感覚で使えるということだろう。
それに、もし外したとしてもこの威力なら、何かを壊したり……なんてことはありえない。
個人練習にももってこいの魔法と言えるだろう。
「とはいっても、実は七星入学前に使える汎用魔法はこのインパクトだけなのよ」
「そうなのか?」
「ええ。中学まではみんな、親の監視の元で固有魔法を勉強するわ」
「固有魔法か……」
ズルいなと思わなくもないが、別に構わない。
生まれつき持たざる者なのは、いつものことだ。
俺はいつだってそういう風に生きてきた。
恵まれた人は『人生は配られたカードで戦うしかないんだよ』なんて言うけれど、そもそもカードが配られず、勝負の土俵にすら上がれない人間だって大勢いるのだ。
俺は幸運にも七星学園に入学するための「魔力」というカードを持っていた。
今はそれだけでいい。戦えるカードがあっただけ、十分に恵まれている。
「ふふ。早く自分もやってみたいという顔ね」
「そりゃな。でもどうすればいい?」
スマホに魔法式を入れる……のはいいのだが、どこからダウンロードでもするのだろうか?
「う~んそうなんだけど。面倒だからはいこれ。もってきたわ」
そう言って、糸式はNeoPhoneの最新モデルを俺に手渡してきた。糸式の使っているのと同じモデル……同じ値段。見た感じ、新品だけど……。
「インパクトの魔法もダウンロードしておいたから、使って頂戴。そうねぇ。私からの合格祝いってことで、プレゼントするわ。SIMフリーだから、朝倉くんのSIMを入れれば普段使いもできるわよ。性能もいいし、メイン機にしたらどうかしら?」
「いやいや……いやいやいやいや」
いくら相手がセレブだからといって、こんな高価なもの貰えねぇよ。これ確か本体価格20万近くだろ!?
「えっと、私とお揃いなのが不満……?」
「いや違う。そこじゃない」
「ならいいじゃない」
「いいのか? 後で返せって言われても返さないぞ」
「言わないわよそんなこと」
俺は自分のスマホを取り出すと、SIMカードを取り出し、糸式から貰ったスマホに差し込んだ。
そして、ぼんやりと今まで使っていたスマホを眺める。
「思い入れがあるのね」
「ああ。中学に入学したときにさ。『友達作るのに必要だろう』って父さんが買ってくれたんだ。格安SIMだけどさ。型落ちのセール品で、当時の時点で大分厳しいスペックだったけど。息抜きに漫画読んだり、勉強の補助にいろいろな無料アプリ使ったり……」
なんとも思っていなかったが、いざ機種変となって、自分がこのスマホが大好きだったことを思い知る。
「残念だけどそのスマホだと……」
「わかってる。魔法式の話を聞いたときからな」
スマホが現代の魔導書ならば、今後七星学園で戦っていく重要な武器になる。
剣士でいうところの剣、ユーチューバーでいうところのパソコンに該当するだろう。
ただでさえ出遅れている俺が、その重要な武器のスペックでも負けているなんて大きなハンデだ。
糸式が最新機種を提供すると言っている以上、これに乗らない手はない。
「このスマホ、ありがたく使わせて貰う」
「ええ。大事に使ってくれるとありがたいわ。さて、それじゃあ早速魔法を使いましょうか」
糸式は自分のスマホ画面を見せてくる。
「とはいっても、魔力コントロールを身に付けているなら、簡単にできてしまうから」
言いつつ、画面の『魔法一覧』をタップ。俺も倣ってタップ。
中には『インパクト』の魔法のみが表示されていた。
「後は使いたい魔法をタップして……そう。そしたら私がさっきしたのと同じようにするだけよ」
俺は先ほどの糸式と同じように、左手にスマホを持ち、右手でピストルの形を作る。
魔力コントロールと同じ要領で、左手に握るスマホに魔力を流し込んだ。
するとスマホに流し込んだ魔力が変化し、右手にまで戻ってきた。
なるほど、これで魔力の変換が完了したということか。
「後は好きなタイミングで魔法名を言うだけよ」
「わかった」
俺はテーブルの上の空き缶に狙いを定めて――
「――インパクト」
右の人差し指から、魔力が解き放たれる感覚。弾丸のようになった魔力は真っ直ぐと空き缶に向かいそして……。
「外したぁ~」
まぁそう上手くはいかないか。とはいえ……生まれて初めて魔法を使った感覚に震えていた。
「初めてにしては上々じゃない」
「ああ。思ったより簡単で面白い。早く他の魔法も使ってみたくなった」
「うふふ。それは入学してからのお楽しみよ。でもまぁ、朝倉くんなら入学までにインパクトを完全に使いこなせちゃうかも」
「まぁ、やれるだけ練習はしてみるさ」
一発撃ってみてわかったが、確かに魔法の基礎と言われるのも納得だ。
おそらく存在するであろう攻撃魔法や補助魔法も、やり方としては同じなのだろう。
ならば入学までの2週間、このインパクトを練習しまくるのも悪くない。
そもそも的に命中しなかったわけだし。少なくとも狙った場所に当てる練習は必須だろう。
百発百中に精度を上げておきたいところだ。
「むふふ」
「な、なんだよその笑いは」
「ごめんなさい違うのよ。ただ朝倉くん、楽しそうだなって」
「楽しいそう? いや……まぁそうだな。正直に言うよ。メッチャワクワクしてる」
ついこの前までは「学力」と「スポーツ」で競い合う場所なのかと思ってたからな、七星学園。
魔法という新たな評価項目が現れて、どう戦っていこうか本気で考えている。
この時間が物凄く楽しいのだ。
「早く四月にならんかな~」
「ふふ、気が早すぎよ。その前に卒業式があるじゃない」
「ダルいなぁ~。何も思い入れないし」
「でも朝倉くん、凄いモテてたじゃない。同級生とか後輩とかから沢山連絡先貰えるんじゃない?」
「裏が見え見えだからなぁ。俺じゃなくて、俺の向こうにいるエリートたちを見ているんだよ、あいつらは」
そう考えると人間関係って切ないよなぁ。
「あ、そうだ。話の流れ変えちゃって申し訳ないんだけどさ」
「何かしら?」
俺はあの夢を見てからずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「時宮天災って知ってる? なんか昔の魔術師ぽいんだけど……」
「もちろん知っているわ。有名ですもの」
へぇ……あのじいさん、有名なのか。
なんとなくすごい人だったんかな? と思っていると、糸式の次の言葉に衝撃を受けた。
「時宮天災。千年前に世界を滅ぼそうとした最強最悪の魔術師よ」
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