第4話 現代魔法

 今日はもう遅いから、魔法についてのレクシャーはまた後日。そう言って、その日は別れた。

 ライバルである糸式に教わるのは少々屈辱ではあったものの、現状頼れるのはアイツしかいないので仕方がない。


 俺は七星しちせい学園のトップを目指している。


 そこは七星が魔法学校だとわかった今でもブレない事実だ。


 だからこそ、全員が魔法を知っていて、俺だけが何も知らない何もできないなんていうこの状況はありえない。


 勝ち上がるために少しでも武器が欲しい。


 そのことに関しては糸式も賛成のようで、快く先生役を買って出てくれた。一日時間を作って、俺のために魔法をレクチャーしてくれるようである。


 という訳で約束の休日である。


「お迎えにあがりました朝倉澪里さま」

「あ……えっと……はい」


 自宅の前まで迎えに来た黒塗りの高級車に乗せられ、走ること一時間。真新しい体育館のような場所に連れてこられた。

 表向きは公共のスポーツセンターなのだが、実は糸式家が運営する魔法のトレーニング施設なのだという。


「おはよう朝倉くん」

「ああ、おはよ」


 体育館に入ると、トレーニングウェア姿の糸式が出迎えてくれた。

 糸式が美人でスタイルがいいからか、それともトレーニングウェアが高級品なのか、随分と様になっている。

 中学のジャージを着てきた俺とは大違いだ。


 俺に講義をしてくれるつもりのようで、ホワイトボードにいろいろと書き込んでいた。


「それじゃ、始めましょうか」

「よろしくお願いします先生」

「ふふ、何よそれ。じゃ、まずは魔力に関してから」


 魔力。魔術師の血筋を持つ者が生まれつき持っている不思議な力。


「しかし、俺は本当に魔力を持っていたのだろうか?」


 あれから二週間弱。すっかり自分の中に流れる魔力を感知できるようになったし、コントロールもできるようになったものの、やはり入試以前にこの力があったかどうかは疑問である。

 何か、あの時に見た夢に原因がありそうな気がするのだが……。


「間違いなく、生まれたときから貴方は魔力を持っていたはずよ。そもそも私が感知できていたんだから」


 と言われても実感がない。


「自覚がないだけで、きっとあるはずよ。今までの人生で、何か不思議なことはなかった? 例えば触ってもないのに部屋の物が動いたとか、ワンちゃんに無条件に吠えられるとか」

「いや……あ」


 そういえば、思い当たることが一つだけある。


「やっぱりあるのね」

「ああ。糸式なら知ってると思うけど、俺の髪、滅茶苦茶伸びるのが早いんだよ」


 実は俺は髪の毛が伸びるのが異常に早い。異様にではなく異常に……だ。

 これは「美容室に行くサイクルが早い」とかそういうレベルではない。丸坊主にしても二日くらいで元通りになるくらいの異常なペースだ。


 さらに一週間で女子のような黒髪ロングストレートにまで伸びる。

 髪が伸びる呪いの人形なんて目じゃないくらい伸びる。


 中学に入った頃は生活指導の先生に睨まれるのが怖くて毎日風呂場で髪を切っていたのだが、さすがに非効率過ぎて辞めた。

 事情を説明しなんとか「髪をちゃんと縛る」ということで、許可を貰ったのだ。


「あの時の生活指導とのバトルは後輩達の間じゃ語り草らしいぜ? しかしそうか。俺の髪の伸びるスピードが早いのも、実は魔力を持っていたからなのか。そうなんだな、糸式!」

「ちょっとよくわからないわね」

「なんでわかんないんだよ!」


 ちがうんかーい!

 長年の謎が解けてスッキリしたと思ったのに。


「だって魔力があると髪が伸びるのが早いなんて聞いたことないもの」

「そ、そうなのか……じゃあこれは」

「ただの体質じゃないかしら?」


 そうなのか? 何か関係ありそうな気もするが……。

 若干のモヤモヤを残しつつ、話題は魔法に関して移っていく。


「見たところ、魔力コントロールはできているのよねぇ」

「ああ。なんか寝て起きたらできるようになってた」

「普通は数年修行するんだけど……」

「そうなのか?」


 魔術師の家庭に生まれた子供は、生まれた時から魔力コントロールの技術を叩き込まれるらしい。

 魔力とはすなわちエネルギー。

 体の内から湧き上がる魔力を制御できないと、糸式がさきほど言っていたように部屋の物が勝手に動いたり、動物に怖がられたりするらしい。


 そして、大きな魔力が暴走すると……。


「なるほど。だから試験会場が爆発したのか」

「あれ貴方だったの!?」

「いやメッチャ驚くじゃん。知らなかったの?」

「知らないわよ! いや、魔力を暴走させて事故った子がいたのは聞いてたけど……あれ。もしかして貴方に魔法を教えるのって、結構責任重大?」

「頼んだぜ先生」

「うわぁ……さっきとは心の重圧がまるで違うなぁ」


 少し胃が痛そうな顔で、糸式は魔法の説明をしてくれた。

 憂鬱そうに、ホワイトボードを指さす。


「まず、魔法には固有魔法と汎用魔法の二種類が存在するの」

「あ、そういえば聞いたことあるな。入試のときに」


 固有魔法は遺伝によって受け継がれる魔法で、基本的にはその個人だけのオリジナル技のような認識だ。

 代を重ねるごとに洗練されてきており、非常に強力なものが多いという。


「俺の固有魔法はどうやって見つければいいんだ?」

「朝倉くんのお父さんは魔術師じゃないのよね?」

「バリバリの一般人だよ」

「魔法に嫌気がさして、魔術師から足を洗った元一般人という可能性は?」

「ないだろうな」


 その場合、俺が七星に入ろうとしたら止めるハズだしな。


「それもそうね。ということは朝倉くんにはそもそも固有魔法がない可能性が高いわね」

「ええ!?」


 さっきの説明を聞く限り、それって滅茶苦茶不利なのでは? だって必殺技みたいなものなんだろう?


「そもそも受け継がれてきたものが何もないんだもの。しょうがないじゃない」

「マジか……」


 暗雲立ちこめてきたな。


「朝倉くんは魔力量がとても多いから、汎用魔法だけでも十分戦えると思うわ」

「その汎用魔法ってのは?」

「ええ。その名の通り、があれば誰にでも扱える魔法のことよ」

「魔術式? ……あっ」


 その時ふと、夢で見た光景を思い出す。あのじいさんが必死に書いていた文字。あれが魔術式だろう。


「魔術式というのは魔法を発動するための設計図よ。魔力を特定の効果に変換するために必要な情報が組み込まれているの」

「知ってる! 魔導書とか使うんだよな?」

「え? 使わないけど」

「そうなの?」


 あれおかしいな。あの時に見た夢だと確かに魔導書で魔法を使うみたいなことを言っていたハズなのに。

 やはりあれはただの夢だったのだろうか。


「まぁ確かに、大昔は魔法の発動には魔導書が必要だった。でも今は……」


 糸式は不敵に笑うと、ポケットからスマホを取り出し笑う。


「現代の魔法は、スマホ一つで発動できるのよ」


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