第3話 もう一人の合格者
それから二週間。
あのとき脳内に響いた謎の声は、あれ以来一度も聞こえることはなかった。
あれはなんだったのか?
体育館爆破がニュースにならないか?
なんとなくモヤモヤした日々を過ごしていた俺の元に、ようやく正式な合格通知が届いた。
そして今日。久々に登校すると、俺は大勢のクラスメイトに囲まれた。
「朝倉とお別れなんて悲しいわー」
「そうだ! 卒業してからも時々会おうよ」
「わ、私。実は前から朝倉くんのことが」
「あ、ズルい! ねぇ朝倉! 連絡先交換しよう」
「ってかうちら付き合わない?」
なんと、女子たちから熱烈なアプローチを受けているのである。
「おいお前。実はモテモテキャラだったのか聞いてないぞ?」と思われるかもしれないがちょっと待って欲しい。
こんな風に女子に囲まれるなんて、生まれて初めての経験だ。
というのも、どうやら俺が七星学園に入学したという情報が学校中に流れたらしい。
七星学園の卒業生が将来を約束されたエリート街道を突き進む……というのは一般人も知る事実。
なので女子たちから「今の内に唾つけておくか」的な、嫌なモテ方をしているのだ。
大手企業に内定を決めた大学生が急にモテ出すのとちょっと似ているかも知れない。
要領のいい奴ならここで同級生の女子を食いまくるんだろうが、生憎俺はそんなことに興味はないし、好きでもない相手に手を出して不要な恨みを買うつもりもない。
「おいおいビッチ共。朝倉が進路決めた途端に媚び売り始めるとか」
「出世頭が出た途端これかよw わかりやすいなw」
「これから朝倉は七星に合格するようなレベルの高い女を選び放題なんだぜ?」
「お前等なんかに靡くかよ」
と、今度はクラスメイトの男子たちも集まってくる。
「けど俺たちの友情は永遠だぜ」
「なっ? 朝倉?」
いやお前らともそんなに親しかった記憶はないが?
何せ三年間、学校じゃガリ勉してたからな俺。
「お前ら、何が目的だよ?」
「「「合コンをセッティングしてください」」」
「素直!?」
コイツら、俺を餌にして七星の女の子と仲良くしようとしてやがる……。
どいつもこいつも欲まみれだな……嫌になる。
「ちょっといいかしら?」
どうやってこの輪から抜け出そうかと思っていると、凜とした声が響く。
途端、教室は静まりかえる。
その様子に声の主は満足そうに微笑むと、こちらに歩いてくる。
「七星学園合格おめでとう。朝倉くん」
「
彼女の名は糸式鈴芽。艶やかな黒髪とポニーテールが特徴的な美少女で、文武両道な学年一の才女。
名家のお嬢様らしく、中学生でありながら自分のアパレルブランドを立ち上げて成功させているという、なんでこんな公立に通っているのか不思議なほどのスーパー中学生だ。
この糸式にテストで勝つことが中学時代の俺の目標の一つだったのだが、とうとうそれが果たされることはなかった。
この雪辱は高校に行ってからしっかりと果たすつもりだったが、今は状況が違う。
何故なら、糸式鈴芽も七星学園に入学が決まっているからだ。しかも、推薦で。
「あら? どうしたの朝倉くん。私の顔に何かついているかしら?」
「いやなんでもない。お前から話し掛けてくるなんて、珍しいなと思っただけだ」
「何よ。おめでとうって言っているんだから、素直に受け取りなさいよ」
そうしたいのは山々だが、こっちにもそうはできない事情がある。
俺はコイツに確認しておきたいことがあるのだ。
「ちょっと付き合えよ糸式。二人きりで話がしたい」
「ええ!? 二人きり……そ、そう。いよいよなのね」
「……?」
「い、いいわよ。こkじゃなんだし、場所を変えましょう」
二人で教室を出る俺たちに湧き上がるクラスメイトたち。
「告白か?」「そうなのか?」と盛り上がっている。
「ごめんなさいね。七星学園の合格者同士で話がしたいから、部外者はついて来ないで貰えると嬉しいんだけど?」
野次馬根性でついてこようとしたクラスメイトたちを、糸式が一蹴する。
それで心を折られたのか、叱られた子犬のようにしょんぼりと教室に戻っていった。
「ここでいいか? 今の時間なら人もいない。話してても問題ないはずだ」
「あら。私たちの思い出の図書室を選ぶなんて。なるほどね。シチュエーションにはこだわる方なんだ?」
「思い出って……」
受験中、俺が一番集中して勉強することができたのが、この図書室だった。
理由は、コイツもここで勉強していたからである。
こう言うと、まるで俺が糸式に片思いしているように聞こえるかもしれないが、実際は違う。
俺もコイツも、互いに七星学園を受験すると知っていた。
俺は「コイツにだけは絶対に負けない」と糸式をライバル認定し、勉強へのモチベーションを高めていたのだ。
糸式より一分でも長く図書室で勉強する!
コイツにだけは絶対に負けない!
そんな気持ちで勉強を頑張ってきた。
だからコイツに問わなくてはならないことがある。
「糸式、聞いていいか?」
「ええ。いつでもいいわよ。心の準備はできたから……」
腰まで届くポニーテールをばっさばっさと揺らしながら、何故か顔を赤くしている糸式に俺は問う。
「俺が知りたいのは……魔法についてだ」
「は? 魔法について?」
俺の質問に、糸式は一瞬キョトンとする。
そして「なんだ……愛の告白って訳じゃないのね」としょんぼりしていた。
「どうなんだ?」
「ええ。知っていたわ。っていうか朝倉くん……貴方は知らなかったの?」
「ああ。入試の時に初めて知った」
俺の言葉に糸式は「そうだったのね……」とこめかみを押さえた。
「それならもっと早く私が指導に回れば……いえ駄目ね。結局こんな形になったか」
どうやら魔法のことは一般人には教えることができないようで、互いに「もしかしてコイツ魔術師かも?」と感じても、直接確認する訳にはいかないのだという。
親(魔術師同士)の仲がいいとかでない限り、互いが互いを魔術師として知ることはないという。
気づいたとしてもなんとなく放置……がセオリーのようだった。
「七星学園の入試問題にはね。魔力を持つものにしか見えない特殊なインクで書かれた質問がある。それに回答できた者だけが入学できるのよ」
「それは……魔法が使えるやつらにとっては常識なのか?」
「ええ。魔法を教える学校は七星しかないし。それに魔力は代々遺伝で受け継がれるものなの。でも驚いた。私はてっきり、朝倉くんも魔術師の家系なのかとばかり」
どうやら糸式は以前から俺の魔力を感じとっていたようである。
ということは、俺はあの夢を見た瞬間に魔力に目覚めたのではなく、元から魔力を持っていて、それが眠った状態だったのだろうか。
ともかく、俺は元から七星学園には入学できることが決まっていたようなものだったのだ。
「なんだよそれ。じゃあ青春を犠牲にしてまでここで勉強しまくっていたのが無駄だったじゃんか」
中学の三年間、学校の日は毎日ここに来て勉強していたからな。
流石にノー勉という選択肢はないが、こんなことなら、もっと青春しておけばよかったぜ。
「あら、言うじゃない。でも思い出して頂戴。例の問題はどこにあったかしら?」
「えっと……数学の最後だな」
「でしょ? 七星の入試問題はかなりの難易度よ。そのテストを最後まで進める学力がないと、一番大事な問題に気づけないのよ。どう? これでも勉強が無駄だったって言える?」
「お、おう……」
途中寝落ちしてて、解きやすい問題探してたら見つけた……なんて言えなくなったな。
「それに……」
糸式は頬を赤く染めて続けた。
「貴方と図書室で勉強を続けていた三年間は……私にとっては大事な青春なんだけど?」
その仕草に思わずドキっとした。
俺はずっと糸式のことをいけ好かないヤツだと思っていた。
名家のお嬢様で金持ちで。生まれつきなんでもできて。人望もあって。
俺がずっと目標にしてきた七星にも推薦で進学を決めて。
明るい将来が約束されている。
俺にないものを全て持っている。そんなヤツだと。
けれど今の言葉を聞いて、そんなのはどうでもよくなった。
なんだかんだ俺もこいつも。ライバルのようなこの不思議な関係を楽しんでいたらしい。
「まぁ、会話したのなんて三年間で数えるほどだったけどな」
「ふふ。その数えるほどの会話が、私にとっては大切な宝物よ」
秘密にしなくちゃいけないことが多いから、かなり気を使ったんだからと、糸式は清々しそうに言った。
「これから私と朝倉くんは、魔法という秘密を共有する仲間よ。だからわからないことがあったら何でも聞いて頂戴」
「わかった。それじゃあ早速」
とにかく、近くに知っているやつがいて助かったぜ。
とにかく入学までに、少しでも他の奴らとの差を縮めたいからな。
悪いが質問攻めにさせてもらうぜ。
俺は合格通知と一緒に送られてきた入学案内パンフレットを開き、新入生向けに書かれた文章を指さした。
『この世界の裏側から現れるという魔物たちは、古来より人々の生活を脅かしていました。
千年前、人類は絶望の淵に立たされましたが、古の魔術師たちが立ち上がり、魔法の力を駆使して魔物を退け、平和を取り戻しました。
魔術師の歴史は、常に人類の繁栄と共にありました。
魔物との本格的な戦いが終わった後も、魔術師たちは影の存在として世の中を支え、災厄の予兆に対抗するために訓練を続けてきました。
七星学園は、そんな時代において最も優秀な魔術師を養成するための教育機関です。
超実力主義を掲げ、生徒の皆様は徹底的にランク付けされます。ここでは、魔力の強さだけでなく、知識、技術、精神力までもが評価され、トップに立つ者だけが卒業後、エリート魔術師として輝かしい未来を約束されます』
まるで少年漫画の設定のようなことが大真面目に書かれているのである。
「これ、どこまでマジなん?」
「安心して朝倉くん。全部マジだから」
「oh……」
「ふふふ。楽しくなってきたわね!」
一人はしゃぐ糸式を他所に、俺は未知なる世界へ踏み込むことに少しだけ怯むのだった。
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