少しして落ち着いた俺は、和也に連絡を取った。

 ビデオ通話越しに和也に一部始終を伝えると、和也はため息を一つつき、

「明彦は海外赴任が多いからてっきり来ないものかと思ってたが、やはり来ちまったか、『不要女押しつけ法』が。言っとくが、その制度は男に拒否権はないぜ。ないんだよ」

「和也、一体どうすりゃいいんだ?」

「4年前、この制度が始まったばかりの頃だったら、同性愛者を自称すれば回避できたんだがな」

「それだ。あんなのと同居するくらいなら、ホモと思われる方がずっとマシだ」

 和也は鼻で笑って、

「みんながそう考えて、こぞって同じ事やり始めて、日本の独身男性の9割以上が同性愛者、なんてとんでもないことになってな。結局、問答無用で不要女を押しつけるようになった」

 役所って奴は、抜け道を塞ぐのだけはやたら早い。

「女の、当面の生活の面倒を看るしかない。衣食住、それ以外の要求は突っぱねていい。それと、実印とか通帳みたいな金目のものは、鍵のかかるところへ仕舞えよ」

「通帳や実印を悪用するってことか。それで財産を乗っ取られると」

 もはや不要を通り越して害悪そのものだ。

「ああ。それと性行為はするなよ。やった時点で事実婚したと看做されるからな」

「梅毒を相手するほど、俺が怖いもの知らずに見えるか?」

「いいや全然。明彦、潔癖だしな。でもな、病気持ちでも平気でやれる男もいるんだよな。自分も病気持ちだからってんで」

「食欲が失せる話をありがとよ。ダイエットしてる時に聞きたかったぜ」

「でもって、女の方で性行為されたとかレイプされたって、でっち上げるケースもある」

 おいまさか。

「そうすると、男がやらなかったという証明をしなきゃいけない」

「それって悪魔の証明じゃねえか!」

「ああ、そのとおり。でも女裁判官と女裁判員には、悪魔の証明なんて話は通用しないからな。最高裁まで争う羽目になるぞ」

「仮に、最高裁まで行って勝てる保証は?」

 和也は黙って首を横に振った。

「まあ、そういう意味じゃ、金を払って追い出したのは正解だよ。ホテルへ泊まらせるつもりだったって言い訳できるからな」

 俺は夕食を諦めた。とてもじゃないが、喉を通らない。

 かわりにウイスキー2杯を胃に流し込んで、眠りに就く。酷く浅い眠りだった。


 翌朝7時。ネットニュースでAIアナウンサーがトピックを読み上げている。

「中国による領空侵犯は、これで今年に入って120回を超えました。これに対し防衛省幹部は、航空自衛隊の人員不足からスクランブル体制が維持できなくなりつつあるとの……」

 俺は両刃カミソリとヒゲブラシでじっくりとヒゲにあたる。徐々に仕事に向かう気分を上げていく。

 そこへ、またしてもインターホンが鳴った。カメラに写った画像は、福祉事務所のK島、N、そしてS坂の三人。昨日のコピペか。

「Y谷さん。突然、女性が押しかけてきて、驚いて戸惑うのは分かりますがね」

 早朝から仕事に駆り出されたK島は、心底うんざりした様子を隠そうともしない。奇遇なことに、俺もうんざりだ。

「だからといって、お金を渡して、家の外に放り出して、ホテルに泊まらせるのはダメでしょう」

 貴方も、このまま仕事を放り出して帰っていいんじゃないですか?K島さん。

 そこへ、Nがかき回す。

「S坂さんが美人だから、照れる気持ちも分かりますがね」

 視覚障害者か、こいつ。

「とにかく、Y谷さん。S坂さんを扶養する義務があるんですから、キチンとしてください」

「キチンと?出来ませんよ。私は医者じゃありませんし、ここは病院じゃありません」

 俺は、二人の後ろに控えていたS坂にゆっくりと近づき、素早く腕を掴む。

「ちょ、何すんのよ!」

 S坂の腕を高く上げて、袖をまくる。手と腕にバラ状の発疹がいくつもあった。

「梅毒です。感染してからしばらく経ってる」

 役所の二人は黙り込んで、発疹を睨み付けた。

「まず市役所側が病院に連れて行くべきでしょう。市役所は病人を人に任せて放り出すんですか」

 S坂は、うつむいて黙り込んだかと思うと、

「こいつサイテー!キモい!病気のこと言いふらすとかありえない!」

 まるで5歳児のようにかんしゃくを起こして泣き始めた。顔面のワイヤーが浮き上がる。漫画で、人が化け物に変身する直前の顔にそっくりだ。

 涙は一滴も流れていない。嘘泣きが雑すぎる。

 だが、K島がその嘘泣きに乗っかってきた。

「Y谷さん。いくら病気だからって、言いふらすのは人権侵害ですよ」

「ということは、貴方たち二人も病気のことを前から知っていて、あえて黙ってたと。病院に連れて行かずに」

「……」

 Nがあわてて口を挟んできた。

「とにかく、今はY谷さんにS坂さんの扶養義務があるんですから、Y谷さんが病院に連れて行くべきです」

「病気のことを知っていても、あえて無視して、こちらに寄越したんでしょう」

「いいえ、違います。病気のことなど知りませんでしたよ」

「これだけ発疹があるのに、気付かないわけないでしょうが」

 玄関先で俺はNとにらみ合う。S坂のやる気のない嘘泣きをBGMに。

 と、そこへスマホのリマインダが鳴った。もう出社時間だ。

 このままにらみ合っても埒があかない。そう悟った俺は、財布から万札を一枚取り出して、S坂に告げる。

「泣き止め。それともこの金は要らないのか?」

 文字通りに金で頬を叩かれたS坂は、即座に嘘泣きを止め、黙り込んだ。その目は「たったこれっぽっち?」と語っているが。

 俺はため息をつき、

「午後に、病院に行くぞ」

 S坂とスマホの連絡先を交換する。もっとも、俺のはいざって時は捨てて構わないサブ機だが。

 役所の二人は、ようやく肩の荷が下りたという様子で、帰っていった。

「末永くお幸せに」

 あろうことか、こんな捨て台詞を残して。


 俺は仕事をどうにか午前中で切り上げて、S坂と連絡をとって、産婦人科へと向かった。

 タクシーの中で、助手席に座った俺は、後部座席のS坂に問いかける。

「保険証は持ってるか?」

「持ってるわけないでしょ。あんなもん、高くて払えるわけないじゃない」

 つまり、自費診療になるのか。スマホかカードで決済できればいいが。

「ま、アタシの病気を治したいって気持ちは、褒めてあげてもいいわね」

 どうせこいつが抱えてる病気は、梅毒だけじゃないだろう。

「アンタ、顔の割に金だけは持ってそうだし。アタシにバッグを買ってくれるんなら、デートぐらいしてあげてもいいわ」

 さっさとコイツを入院させちまおう。

 行き着いた総合病院の産婦人科は大混雑だった。他の診療科も似たような混雑振りで、暇そうなのは小児科だけだ。

 2時間以上待たされてようやく、S坂が診察室に呼ばれた。そしてさらに待たされる。

 その間、俺はスマホを使って、単女扶養法の抜け道について調べを進めた。

 その結果は、やはり絶望的だった。現実的には、生活保護を受けるくらいに貧乏になるか、国籍離脱ぐらいしかないのか。

 しかし、診察が長い。一体どれだけ検査してるんだ。

 いい加減調べるのにも飽きてきた頃、ようやくS坂が待合室に帰ってきた。

 その手には、検査結果を記した書類を持っている。……何枚も。

 S坂はさすがにへこんでいる様子だが。そんなことお構いなしに、俺はその書類を取り上げる。

「ちょっ、何すんのよ!勝手に見んなよ!」

「うるせえ!嫌なら病院代は全部自分で払え!」

 黙り込むS坂を脇に、俺は検査結果を読んだ。

 クラミジア:陽性。もう一枚めくると、尖圭コンジローマ:陽性。さらに1枚、淋菌:陽性。さらにさらに1枚、ヘルペス:陽性。最後の1枚で梅毒:陽性、第二期。追加で、トリコモナスは検査中と。

 エイズ以外の性病をコンプリートしてる。性病のハイパースプレッダーだ。ここまでいくともう、エイズに罹って方がむしろ不思議なくらいだ。

 げんなりしながらまた時間を潰した後、S坂が診察室に呼ばれる。治療方針を説明するのだろう。俺も何食わぬ顔で付いていく。

「なんで付いてくるのよ!?」

「話を聞かずに治療費を払えるか!」

 そんな俺に、男性医師が声を掛けてくる。

「あの、貴方は?」

「この女の扶養義務を負わされた、哀れな男ですよ」

 男性医師が、憐憫に満ちた表情をしたところで、俺が言葉を重ねる。

「この女は複数の病気にかかってます。つまり、入院が必要ですよね?」

「貴方にはお気の毒ですが、入院は出来ませんよ。病床が足りません。通院でも何とか治療出来ます」

「いや、ベッドは開いてるはずです。別の階で、明かりが付いてない部屋に、いくつも空のベッドがあったのを見ましたよ!」

「空いてるベッド自体は多いですよ。ですがね、そこに入院させた患者を担当できる医師がいないんですよ」

 男性医師は目頭を揉みながら、

「独身の男性医師が大量に辞めてしまいましてね。ウチだけじゃない、どの病院も医師不足で、病床数を大幅に減らしているそうですよ」

 わざわざ休みを取って病院に連れて来たのに、俺の目論見は完全に外れてしまった。

 失意と共に、病院を後にした。性感染症緊急対策法とやらのおかげで、性病の治療費が数万円で済んだのが、せめてもの救いだった


 帰りのタクシーの中、俺はS坂に告げた。

「とりあえず、今夜もどっかのホテルに泊まってろ。俺は夜に仕事の約束がある」

 S坂はこちらに恨めしげな視線をくれて

「あんた、また役所に詰められたいわけ?病人をほったらかしにして、マジサイテー」

「ホテルならフロントに従業員が控えてるだろ」

「いやよ。ホテルの従業員にまで、病気のことを知られるの」

 なら、ちっとは発疹を隠せよ、と思ったが埒もない。今朝の繰り返しをもう一回やったら、K島とNもさすがにキレるだろう。

 家に受け入れるしかないのか、この喋るゴキブリを。


 家に着くと、S坂は我が物顔で早速、風呂に入った。

「覗くんじゃないわよ。変態」

 こいつの体なんか診てもしょうがない。俺は医者じゃないんだから。

 それに俺には別に用事がある。

 色々調べたがこいつを追い出すのに上手い手が見つからない。仕方なく、病院で待合中に和也にアポを取り、相談に乗って貰うことにしたのだ。

 その和也との約束の時間が迫っている。俺はジャケットを羽織り、また出かけようとしたところへ。

 S坂が風呂から出てきた。身にまとっているのはバスタオル1枚しかない。

 そして、バスタオル越しでも分かる体は何というか、太ってこそいないが、やつれてたるんでいる。顔よりもさらに老けて見える。

「どういうつもりだ?」

 俺の半ば恫喝混じりに問いかける。

「何?緊張してるの?」

 S坂は俺に近づき

「アンタ、顔はゴツくてキモいけど、病院連れてってくれたし、金も持ってそうだからさ」

 俺の肩に腕を絡ませてくる。

「ちょっとくらいなら、ヤラせてやってもいいよ」

 立って歩くドブネズミがすり寄ってきた!俺の背筋に寒気が走る。

「お前、性病だらけだろうが。近寄るんじゃねえ」

「病気なんてゴム使えば大丈夫よ」

 なわけあるか!

「使い方分かる?童貞」

「俺は童貞じゃないが」

 S坂はワイヤーを浮かせるように頬を歪ませる。どうやら鼻で笑ってるらしい。

「どうせ素人童貞でしょ」

 俺は、ため息をひとつ吐いて、S坂と来客用の寝室へ行き、

「今の日本じゃ、素人も玄人もない。女はみんな金で体を売ってる」

 来客用ベッドにS坂を投げ、病院でもらった大量の薬を叩きつけた。

 S坂の罵り声に送られて、俺は和也との待ち合わせ場所に向かった。


 とある中堅どころのホテルの最上階にあるオーセンティックバーが、和也との待ち合わせ場所だった。

「そこの余市をストレート、ダブル。ピッチャーで水も付けてくれ」

 和也は俺に合わせてウイスキーを頼む。

「俺はブッカーズをトゥワイスアップで」

 二人でしばし酒を楽しむ。この一日の疲れがようやく解れていくのを感じる。

 1杯目を空にして2杯目を頼んだところで、和也が話を切り出した。

「予感はしてたが、かなり大変みたいだな」

「まったく、なんなんだよ?このイカれた制度は」

 和也は2杯目のウイスキーを嗅ぐと、単女扶養制度の経緯を語り始めた。


 単身女性扶養制度が生まれた発端は、表向きは少子化対策だった。

 男女平等が掲げられて久しく、現代では女性も働いて金を稼ぐようになった。

 だが、そうした自分で稼いでる女性でも、結婚相手には自分よりも年収が上の相手を求める。女性特有の結婚による上昇志向で。

 勿論、そのように年収が高い独身男性などそういない。結果、多くの女性が結婚からあぶれ、少子化を加速させていた。

 この年収に対する価値観の違い、ミスマッチを解消するため、日本政府は非常にドラスティックな解決策を打ち出した。

 独身女性を独身男性にあてがうことにしたのだ。女性は希望者のみに限るが、受け入れる男性側は強制だ。

 価値観の違いはあれど、男女2人が一つ屋根の下で同居すれば、自然と恋愛感情が芽生え、結婚・妊娠・出産するであろうと。

 勿論、フェミニズム団体をはじめ女性らは、この制度に猛反発をした。逆に独身男性側は概ね『仕方ない』と捉えていた。あるいは女性に関する美しい幻想が、まだ彼らの中に残っていたのか。

 だが独身男性らは、すぐに後悔する羽目になる。

 男性に扶養される事を希望した女性は、勤労意欲がなく無職、年齢はアラフォー以上、性格は年相応にねじ曲がり、男性に全面的に依存しながらも蔑む傲慢さを隠そうともしなかった。

 そして何より女性の年齢からして、妊娠出産は望み薄だ。この制度は何ら少子化対策にならなかった。

 実のところ、この制度の狙いは別にあった。

 女性の社会進出が進んだとはいえ、その大半は非正規雇用。それか家事手伝いを名乗る無職、パパ活女子と称する売春婦らで、金融資産をほとんど持ち合わせていない。年金を納めていない者すら大多数だ。

 彼女らが単身のまま老後を迎え、働けなくなったらどうなるか。

 間違いなく生活保護を受けるしかない。それはただでさえ火の車の社会保障制度に、止めを刺すことになる。

 どこかに彼女らの面倒を押しつけなければ。そして悠々自適に暮らす独身男性に目を付けた。本来は、そうした男性たちが彼女らと結婚して、面倒を看るべきなのだと。


「そんな勝手な話、男らがすんなり受け入れるわけないだろ」

「もちろん。独身男性たちは、同性愛者と自称したり、偽装結婚したりと、全力で回避しようとしたが、ほとんどの抜け道が塞がれた」

 和也はグラスをあおる。

「唯一残った抜け道は、国籍離脱だ」

 ネットニュースのアナウンスが俺の脳内で再生された。『20代30代の男性を中心に、国外への移住が相次いでいます』

「独身男性らはこぞって外国籍をとり、日本国籍を捨て始めた。それに引きずられて、日本国内の企業がどんどん海外に移転しはじめた。主力になる社員らが日本から出て行ってるんだから、当たり前だが」

 和也は空になったグラスに、ため息を注いだ。

「日本はもうガタガタだ」

 俺はお冷やを差し出す。和也の飲むペースが速過ぎる。

「明彦、お前は日本に帰ってくるべきじゃなかった。北米の国籍でも取って、日本国籍を捨てるべきだった」

「…わかった。明日、うちのボスに相談してみる。うちの会社なら、国籍の一つ二つはすぐに見繕えるはずだ」

 和也はお冷を一口飲み、告げた。

「さすがだな。…お前んとこなら、すぐ国籍が取れるんだよな?なら、俺もお前のとこに転職する。そして外国に移住するよ」

「おい、待て。いいのか?そうなったら、簡単に子供に会えなくなるぞ?」

 俺は以前に和彦から送られた、子供の画像を思い出していた。女の子で、今年で確か3歳になるはず。

「いいんだ。そう、いいんだよ。…あの子は、俺の子供じゃないから」

 和也はウイスキーのお代わりを頼んだ。

「あの子はな、俺じゃなく、元嫁と不倫相手の間に出来た子だ。俺に全然似てないから気になって、元嫁に黙って、子供の髪の毛を使ってDNA鑑定したんだ」

 出されたウイスキーを一息で飲み干し、和也が続ける。

「結果は黒。俺の子供である確率はほぼゼロだった。もっとも、黙って検査したから、離婚調停に持ち出せなかったが」

 和也は空になったグラスを掲げ、バーテンダーにお代わりを要求する。

「正式にDNA鑑定するのは、元嫁が拒否した。弁護士曰く、強制できないんだと。いまだにあの子は、書類の上では俺の子になってる。今の日本じゃそれがまかり通る。あの子に罪はないとはいえ、俺はもうあの子に会いたくない」

 俺は、和也に出されたお代わりを奪うと、一気に飲み干した。

「わかった。業務経歴書を送ってくれ。和也のキャリアならまず行けるだろう」

 和也は国籍離脱、俺はとりあえず海外勤務と、当面の方針は固まった。

 バーの勘定をしようと、スマホのキャッシュレス決済アプリを起動する。

 そこへバーテンダーが丁寧に頭を下げてきた。

「まことに申し訳ございません。キャッシュレス決済システムの不具合で、カードか現金のみの取り扱いとさせていただきます」

 そこそこ格があるホテルなのに、こんなトラブルに見舞われるとは運がない。

「ここ最近じゃ、こういうトラブルは珍しくないぞ。いくらかは現金を持ち歩いた方がいい」

 和也はそう告げると、財布を取り出す。

「IT技術者は世界全体で不足気味で需要が高い。そして、ほとんどが男だ。そこへ不要女押しつけ制度ときた。日本は人材獲得競争で自滅して、国外から呼び込むどころか、自前で育成する端から国外に引き抜かれてる」

 和也は釣り銭を断った。

「いよいよ、今あるサーバーすら維持できなくなったみたいだな。日本でネットが使えなくなるのもそう遠くない」

 ホテルを出た、別れ際、和也が告げる

「いくらかは現金を持ち歩いた方がいいとは言ったがな。あまり金を持ってるところを見られるなよ。警察も人手不足で、このところ治安が悪くなってる」

 帰りのタクシーから、夜の街を眺める。

 街の明かりの中に、櫛の歯が抜けたように真っ暗な場所がある。火災で全焼したまま、取り壊されもせず放置されたビル。配電設備が壊れているのか、完全に明かりが消えたビル。

 その下の街路には測ったように一定の間隔で、立ちんぼが並んでいる。それに対し彼女らに声をかけている男はほとんどいない。

 すべての女が売春婦というわけではないだろうが、悪貨は良貨を駆逐する。

 俺は、日本国籍を捨てることを決意した。

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