人気者は恋しない
すもも
プロローグ
まるで当然のように誰とでも仲が良い人気者だった。
だから当然、誰からも嫌われる嫌われ者だった。
一人一人に気を使い、上手い距離の取り方をしていたけれど、心の距離は少し離れていたと思う。
手を伸ばせば届く距離。手を伸ばさなければ届かない距離。
彼に友人であることを望んだ者と、彼の心を求めた者では感じ方が違う。大抵の場合は前者から後者に変わり、果てに友人ですらなくなった。
人たらしで、汗も涙もたらさない。悩んだときは優しく声をかけてくれて、困ったときは格好良く助けてくれて、なんでもないかのようになんでもできて。まるで天使のような人。
本心はなく、血も涙もない。優しい言葉は全て嘘で、格好良さは計算で、なんでもできるのになんにもしない。まるで悪魔のような人。
本音を言うけれど、嘘も言う。かけてくれた言葉のいくつが嘘か知らないし、見せてくれた姿のどこまでが計算か知らないし、どんなこもができるのかはもっと知らない。裏と表で面をつくる自分のように、まるで人間くさかった。
見方によって、味方によって、見え方が違うとは言うけれど、ここまで違うのは珍しいのではなかろうか。たった一人が、天使のような一面を持ち、悪魔のような一面を持ち、それでいて人間くさい。もはや多重人格を疑うレベルだ。
それでも彼はいつだって一人だけであり、いつも大勢に囲まれていた。
尊敬を受けながら、憧れを抱かれながら、勝利を期待されながら、愛情を望まれながら。軽蔑を受け止めて、幻滅を聞き入れて、敗北を噛み締めて、憎悪を裏返して。
そうやって、彼の人気は、彼以外の誰もが気付かぬうちに築かれていた。
嫌よ嫌よも好きの内。
好きよ好きよは嫌いの意。
好きと嫌いは両立できない感情じゃない。恋人が相手でも好きなところと嫌いなところがあるのだから、人気者の嫌いなところがあったっていいじゃないか。
彼の友人は全員がそう思っている。好きである前に嫌いであり、嫌いでいるより好きでいたい、と。
天使のように美しい彼が好きで、嫌いだ。悪魔のように醜い彼が嫌いで、好きだ。人間くさい自分のような彼が、好きで嫌いだ。
人気者になるには、好かれるだけじゃ足りないらしい。彼を見てるとよくそう思わされる。
嫌われてもいいから人気になりたいなんて人は多くはないとは思うけれど、でもやっぱり人気者は楽しそうだ。彼を見てるとよくそう思ってしまう。
名前すら知らない男の長い長い前置なんて、聞きたくないと思うくらい効いているのだろうけれど、話したいことは一割にも満ちていないし、私も満ち足りていない。
それでも締めるとするなら、最後に一言か二言か、それくらい。
彼の名前は
人気者の嫌われ者だ。
次の更新予定
2024年10月8日 20:00
人気者は恋しない すもも @sumomo_
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