ふわふわ、夢
日本の夏だって感じの日だった。それは夜も変わらず、秋桜と私は公園に向かって、蒸し暑い空気を押しやるように歩いた。小学校まで着ていた浴衣は卒業して、首元が大きく開いた、大人っぽいロングワンピースを着た。なんだか自分の中身まで大人になったような気がして、地面の硬さを感じているような、感じていないような気分だった。まあつまりは浮かれていた。秋桜も、学校で見るのとは違う雰囲気を纏っていた。裾の広いワンピースを着て、髪を編み込んでいる。なんならその顔に少しメイクがされていることにも、私は気づいていた。
「お腹すいたねー。焼きそばあるかなぁ。あ、かき氷も食べたいなー」
でも中身は相変わらず、いつものふわふわした秋桜だった。
「おいしいねぇ」
幸せそうに焼きそばを食べる秋桜は、こっち向いてと言うと素直に振り返って笑った。私もつられて笑って、二人して、焼きそばとフランクフルトとかき氷とラムネという夏祭りにおいて定番と言われる食べ物・飲み物を片っ端から味わった。あの日以来のデジカメに、秋桜の笑顔が溜まっていく。
お腹が満たされて一息つきつつ、今日撮った写真をチェックする。笑顔の秋桜が並んでいた。どれも幸せそうだ。一緒に来れてよかったと、喜びをかみしめる。
「ねえ、盆踊り踊らない?」
至福の時間に浸りきっていた私の鼓膜を、秋桜の声が揺らした。
「え?」
思わず聞き返した。小学生の頃は、それは嬉々として参加していた。していたけども。この年になると、あの輪に友達と混ざって踊るのに少し抵抗が出てくるのだ。大人になるとまた参加するかもしれないけど、今は……。
そんな私の気持ちを「え」という一音で察したらしい秋桜は、一瞬残念そうな顔をして、それからまた笑って、「やっぱ見てるだけでいいかな」と言った。
「踊りたいなら、行ってきたら?」
「いや、一人で行く勇気はないし。千椿が行かないなら私も行かない。一緒に楽しみたいもん」
その時、私は自分がどんな気持ちになったのかわからなかった。少しずつ感情が心の上部に上がってきて、そこで言語化に成功した。申し訳ない気持ちと、秋桜がそう言ってくれることの嬉しさ、それから、秋桜がそう言う対象が自分だけであってほしいという気持ちが混ざり合っていた。遊具に寄りかかって盆踊りの輪を眺める。真ん中にやぐらが立っていて、そこから放射状に提灯が吊られている。ピンク、黄色、黄緑、水色、赤……。
「綺麗だね」
そう小さく呟いた、淡い光に照らされている秋桜の横顔が、綺麗だと思った。
……今、なのかもしれない。私は自分が秋桜に抱く感情を自覚した。自覚したら、「今だ」という声が自分の内側で響き始めた。この先、何度こんなチャンスがあるかわからない。今度の夏祭りは茉莉も来るだろうし、夏休みが明けたらそれこそ、周りにいつも人がいる。来年度からは高校生になって、別々の学校に通う。今しかない。
「秋桜、」
ん? とこちらを見る秋桜の瞳は大きくて丸い。茉莉の切れ長なつり目とはまるで印象が正反対だ。
「……また来年も来ようね」
「うんっ!」
秋桜は笑った。いつものように、左の頬にえくぼができていた。
……秋桜、私は秋桜のことが――。
小さい頃から聞き慣れた曲がかかっていた。夏祭りも、もう終わる。
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