曖昧、気の迷い……?
その連絡が来たのは、夏休みが始まって割とすぐのことだった。セミが鳴いてるなぁ、なんて思いながら勉強の合間にミントチョコをつまんでいた。
「一緒にお祭り行かない?」
私の幼馴染の一人、
夏祭りかぁ。小学生の頃は行ってたけど、そういや最近行ってないな。ちょっと行きたいかも。うーん、でも中学三年の夏だよ? 受験だよ? 先生達も、「人生で一番勉強したと胸を張って言える夏休みにしてくださいね」って言ってたし。
どうせ家にいたってそこまで勉強しないことは一度置いておいて、私は真剣に悩んだ。
「たまには息抜きも大切だよ。秋桜ちゃんとでしょ? 行ってきたら?」
私の三十分間の思考は、夕方仕事から帰ってきたお母さんの一言でコロッと片付いた。よし、行こう。
行く、と返信した後、素っ気なかったかな、なんかもう一言入れるべきだったかなと恋する乙女のように考え、そしてもう一つ送った。
「
ああ、失敗した。
私の幼馴染、秋桜と茉莉。茉莉とは、幼稚園からずっと一緒だ。私のアルバムにはいつも隣に茉莉が写っている。対して秋桜との付き合いはそこまで長くない。秋桜は、私と茉莉が通っていた小学校に、一年生の時に転校してきた。その時から、私たち三人はよく一緒にいるようになった。それまでは茉莉と二人きりだったのが、秋桜が一人加わっただけで、急に何もかも変わったみたいだった。見える世界も、周りとの関わり方も。
秋桜は柔らかい子だ。秋桜の持つ雰囲気や印象やその他諸々をひっくるめて、なんて表現すればよいかと訊かれたら迷わずそう答える。私は結構頑固で、負けず嫌いで、人見知り。茉莉は根に持つタイプで、打ち解けるまでが長い。秋桜のおかげで、私達と周りとの間の壁みたいな溝みたいな、なんか隔てられているような部分がなくなった。
でも学年が上がるにつれて、茉莉と秋桜の間には微妙な空気が流れ始めた。そりゃお年頃の女の子たちだからそういうことも起こる。けれどすぐに元のようになると、私は思っていた。
二人はそれぞれ、私と一緒にいようとした。でも三人で集まろうとはしなかった。私はなんだかその変化が寂しくて、三人で集まろうと策を練った。何度も練った。そして何度も実行した。だがそのたびに絶妙な空気感が出来上がり、私は失敗を悟った。……はずだったのだが。
今年になってからおかしい。
「千椿、一緒に帰ろ?」と秋桜に誘われると茉莉もいるし、茉莉に誘われると秋桜もいる。いつの間に仲直りを……? って、けんかしてたわけじゃないんだろうけど。中学三年にもなると、お年頃、というものからも少し脱するのだろうか。いや、青春はここからなはずだからむしろお年頃と呼ぶのが一番ふさわしい年齢なのでは? なんてカオスな方向に思考が持っていかれかけた。
知らない間にぎくしゃくして、知らない間に和解されていると、蚊帳の外感が否めない。元通りになってくれて嬉しいけど、これはこれで寂しい。
そうして、もやもやしたままで迎えてしまった。そう。一大行事、修学旅行を!
秋桜とも茉莉ともクラスが離れてしまったから部屋も行動班も違うけど、まだ希望はある。自由時間という希望が。絶対に、三人での最高の思い出を作る。そう決心して京都行の新幹線に乗り込んだ。そして完璧に酔って班の子に心配された。
違う。断じて違う。決して、出鼻をくじかれてなどいない。酔い止めを忘れてこの先二日間が不安にはなったが、それで落ち込むような私ではない。普段なかなか訪れることのできない寺社仏閣を満喫したし、宿のご飯は毎日食べたいくらいおいしかったし、同部屋の子達とトランプで盛り上がった。
「ねえ、」
夜にはお決まりのあの行事も待っていた。
「恋バナしよっ」
同部屋の子達はノリノリで参加する。部屋の中心に寄って、布団にくるまって、目を輝かせる。私もその輪の中に加わった。
「――千椿ちゃんは? 好きな男の子いる?」
反時計回りで回ってきてしまった。三人目ともなるともう完全に場は温まり、みんなの瞳には、輝きとともに「一人も聞き逃さない」という意志がぎらついて見える。初めて参加したけど、恋バナってこんな感じなのか? こんな、なんというか、草食動物のふりをしたハイエナに囲まれているような。
「好きな人……。うーん……? ……いる、かも」
この時のことを私は悔やむことになるのだが、結局私もハイになっていたということだろう。もしくは寝ぼけていたか。ぼんやりとした「好き」を、言葉にしてしまった。
「ほんと⁉ 誰?」
「千椿のそういうの、全然想像つかないなー」
「気になる!」
ほうら。ハイエナだ。囲まれた私は、すでに自分の発言を後悔し始めていた。その場で、うまくはぐらかすだけの話術が私にあれば。そんなもの持っていない私は、何かの超常現象で時間が巻き戻ることを真面目に願った。
「で、誰が好きなの?」
「絶対秘密にするから!」
それは信用できないし、私自身の言葉も気持ちも、「好き」という感情さえも、私は信じていない。だから、言葉にしたくなかったのだ。寄る辺なく浮ついた感情は、言葉という輪郭を与えた瞬間から覆せないものになる。
「秘密。言うの恥ずかしいし」
そんな感じの言葉を繰り返して、結局その夜をドキドキしたままやり過ごした。よく頑張ったな、私。
修学旅行二日目の自由時間。部屋には、茉莉が訪ねてきた。
「ね~、聞いてよ千椿!」
「どうしたの?」
「ひどいんだよ、みんな」
部屋で何かあったらしい。いや、これまでの約十年になる付き合いを思い返すと、茉莉の早とちりな可能性も大きいのだが。
「カードゲームで遊んでたのも誘ってくれなかったし、みんなで写真撮ってたのも聞いてないし! 仲間外れにされた!」
それはひどいかも。何かすれ違いの理由があるのかもしれないけれど、今の私にはそれを確かめる術はない。
「それは、ひどいね」
とりあえず肯定しておく。
「ここにいていい?」
そう訊かれたら、断れるわけがない。断る気もないけど。茉莉が来なかったら、私の方から訪ねようと思っていたのだ。あー、でも秋桜はどうしよ。秋桜にも会いに行きたいんだけどな。茉莉はここから動きそうにないし。秋桜、来るかなー?
淡い期待は大抵実らない。茉莉は結局ずっと私の隣に座って自由時間を終えた。
「――もう時間かぁ。千椿~、まだここにいちゃダメ?」
いやダメでしょ。私も怒られるやつだし。ていうか秋桜来なかったし。あと半日しか残ってないのに……。
「ほら、帰りなよ。夜部屋行くから。写真撮ろう?」
茉莉は私の言葉に、渋々、ほんとに渋々頷いた。その目にはまだ反抗する気持ちが見えている。
「……絶対来てね? それで明日、お土産も一緒に見よう」
はいはい、と軽い返事を返して、茉莉の部屋の前まで送っていく。
依存みたいだ、もはや。茉莉の執着心は、ずっとわからない。なんで私に執着しているのだろう。ただの幼馴染なのに。あれでもちょっと前までよりは穏やかになったんだよなあ。茉莉なりに成長しているということでいいのかな。
二日目はそんな感じで、茉莉に時間を占領された。夜も、写真を撮りに行ったら、同じクラスになったことのある子達に巻き込まれ、先生に呆れ顔で注意され、部屋のトランプ祭りに参加させられた。あーあ、秋桜にも会いたいと思ってたのに。茉莉と約束したから、修学旅行中秋桜のとこにいけない可能性が生まれてしまった。今回だけ特別に持ち込みを許されたデジカメをなんとなく手に取る。クラスメートや茉莉達の笑顔が並ぶ中に、秋桜はいない。当たり前だけど。けどその「当たり前」の事実が、なんだか悲しかった。
あの修学旅行が、一つのターニングポイント的な何かだったのだ。たぶん。
確かかどうかわからなくても、確実に秋桜に対しての何かが感情としてある。一つだけ自覚しているのは、「ただの幼馴染」という枠では括りたくなくなってしまった、ということ。茉莉のことは「ただの幼馴染」で「親友」だと思っているのに。何が変わってしまったのだろう。いやきっと、何も変わってはいない。事実は、変わっていない。認識が、違う顔を見せたのだと思う。
秋桜と話したい。会いたい。えくぼができる、あの笑顔が見たい。……そしてそれらを、独り占めしたい。
それが恋する乙女の気持ちなのか、それとも寂しがり屋な私の独占欲なのか。とにかく。どうしようもなく、おかしくなってしまったのだ。あの、たった一言のせいで。
そのまま夏休みに入ってしまった。言うまでもなく、私は悶々とした日々を過ごすことになった。受験だ、受験だと騒がしい外野の声も右から左へ耳をすり抜けていくくらいだ。勉強になんか容量を割いていられない。目の前にあるこの問題を解決しないことには、私はちっとも「日常」の生活を送れないのだ。
だから、失敗したと思った。「夏祭りに行こう」なんて、秋桜ときちんと向き合う絶好の機会を得るはずだったのに。なんで茉莉のことを訊いてしまったのだろう。三人でいたら、楽しいは楽しいけれど、秋桜と二人できちんと話すチャンスは絶対に訪れない。
「茉莉のことも誘ったんだけど、断られちゃったんだよね。だから、今回は二人。今度行くとき、また誘ってみる」
地球上で重力に逆らうことができた最初の人類になれる気がした。事実、椅子から飛び上がりかけた。かけたが、重力には勝てなかった。
秋桜と二人で夏祭り⁉ どーしよ。
それはそれで、心の準備が必要だ。何を話す? というかどうやって切り出せばいいの? いや、告白するわけでもないのに。ただ、二人で過ごすことで、私の気持ちが何なのかを確かめたいのだ。
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