ジャスミン、コスモス、そしてツバキ

晩夏

 ようやく、長い夏が終わりそうだ。玄関から外に出て、まずそう思った。出しゃばりな暑さは毎年のように猛威を振るい、そして年々長くなっている。三十度の日でも涼しいと感じるくらいなのだ。確実に人類が地球温暖化に適応しつつあることを、身をもって実感する。突き抜けていきそうな青空にはちぢれた雲が二つ。もう秋が迫っている。

「あら、千椿ちはるちゃんおはよう」

「おはようございます」

 隣の家の山中さんが、犬を連れて出てくる。チョコちゃんという名前のオスだ。チョコくんと呼ぶべきか悩んだ末、ずっとちゃん付けである。ちなみに動物が苦手な私は、最近になるまで触れなかった。

「少し見ない間に大きくなったね。今何年生だっけ?」

「今年で高校一年生です」

「もうそんなに……! 高校は楽しい?」

「はい」

 そんなような世間話をした後、チョコちゃんに急かされて山中さんは「じゃあ」と言った。去っていく後ろ姿を少しの間見て、それから私も反対方向に歩き出した。目的も目的地も特にない。強いて言うなら、コンビニで飲み物を買おうかな、というくらい。この辺を散歩しようと思っただけなのだ。朝、出がけにお父さんが「少しは外出なよ」、お母さんが「ここら辺散歩してきたら。涼しくなってきたし」と言っていた。家に誰もいなくても忠実に守る私はえらい、と自画自賛する。

通っていた中学校を通り過ぎて、家から一番近いコンビニの前を通過した。飲み物はいいや。お金がもったいないし。次の角ではどの道に進もうか。久しぶりにあそこの住宅街を通ろうか。

 気づけば、目的地のない散歩は、目的地を目指す散歩になっていた。行きたい場所を思い出したのだ。

 たどり着いた小さな公園。申し訳程度に遊具が幾つか設置されているそこは、思い出の場所だった。去年の夏祭り、私は幼馴染とここに来た。

「あ」

 小さなコスモスの花が視界の端でゆらりと動いた。もう秋、か。

 ――私の名前、コスモスの日本名と同じ漢字なんだ。

 穏やかに笑う幼馴染の顔が浮かぶ。左の頬にできるえくぼが特徴的だった。見慣れた私は別の友達に言われて初めて意識したけど、幼馴染はそのえくぼや仕草で、可愛いと評判になっていた。ふっと現れて、気づいた時にはいなくなっていそうな、軽くて柔らかい雰囲気を持つ子だった。耳の下あたりで緩やかにカーブを描く髪や、輪郭が丸くて大きい瞳もその印象を強めていたのかもしれない。

「……秋桜しゅお

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る