第4話 勇者

 私の職業が「軍医」と分かってからはもうめちゃくちゃだった。

酒を飲まされるわ歌わされるわ踊らされるわ。

若い体でよかったと心底思う。


「随分と楽しそうではないか。」


気が付くと、隣にホームズがいた。


「おい、あれって…」


周りが少しざわつく。


「どうやら君もあの検査を行ったようだなワトソン君。」


ホームズはどこから手に入れたのかパイプを燻らせながらちらりと私を見た。


「ホームズ!」


「君がなかなか待ち合わせ場所に来ないから迎えに来たよ。」


「いや、すまない。私も行きたかったんだがなかなか出られなくて。」


「随分と楽しそうに踊っていたものな。」


…見られていたか。

私は至急、話題を変えることにした。


「ところで、よく私の場所が分かったな。今度は一体どんな推理を働かせたんだ?」


「簡単なことだよ。」


実際不思議だ。

なぜ彼には私の場所が分かったのだ?


「君が僕のところに来たんだ。」


「っ!まさか!?」


「ああ、君がこのギルドに入ったとき、私は部屋の片隅で全体を観察していたんだ。」


気づかなかった。

そういえばさっき不思議な言葉を使ったな。


「ギルド?」


「ああ、この施設のことさ。どうやら市役所のような場所のようだ。仕事の斡旋、適性試験など行っているようだ。」


「そういえば、君も適性試験を受けたのか?」


「ああ、受けたよ。」


「何になった?」


「探偵。」


私は笑うしかなかった。

ホームズも苦笑しながらパイプを口につけた。


「養蜂家ではなくてよかったじゃないか。」


「確かに、それはそうだ。」


上級職が二人。

どうやら、そんなことは滅多に起こらないようで、私たちは注目の的になっていた。


「驚いた!あんた、彼の知り合いだったのか。」


モンスターこと店主が私に話しかけてきた。


「今日はすごい日だ!あの勇者がうちにやってきた時と同じくらいのめでたい日だ!!」


「勇者」か。

またこの名前が出てきたな。

私はこそっとホームズに質問した。


「ホームズ、君は勇者という職業を知っているか?」


「詳しくは知らないが、ある程度は推理ができている。」


「教えてくれないか。」


「簡単に言えば英雄みたいなものだ。正義にも悪にも簡単に転ずる危ういものだよ。」


おそらく彼はここでの様々な会話を見聞きし、そう推理したのだろう。

後半、彼が「危うい」と評したのはおそらく、ナポレオンのことを言ったのだと思う。


「そうか。教えてくれてありがとう。」


「では、そろそろ本題に入るとしよう。情報の開示といこうではないか。」


私はホームズに今日が勇者が魔王を討伐した一周年だということ、広間でおそらく祭典を行っていること、私たちがもともといた場所は西門だということを伝えた。


「ふむ、概ね私と同じ情報を持っているな。」


「追加でなにか情報はないのか?」


私はホームズにそう問いかけた。


「ああ、どうやらその魔王だが復活したそうだ。」


それは初耳だ。


「それと、ここで仕事の斡旋をしていると言ったが、どうやらクエストという形で行われているようだ。」


「クエスト?」


「ああ、ギルドの外にボードがあっただろう。そこで様々なクエストを受注できるようだ。」


「そういえばあったな。あれ、メニュー表じゃなかったのか。」


「それを行えばひとまずお金の問題は解決するな。」


確かにそうだが。

いまいち想像がつかない。


「あまりピンときていないようだが、簡単に言えば依頼人が探偵を選んで頼むのではなく、探偵の方が依頼人を選んで問題を解決するようなものだ。」


「なるほど。つまり、こちらの実力にあった依頼を受けることができるのか。」


「そういうことだ。」


ホームズは立ち上がりながらそう言った。

ボードのところに行くのだろう。

私もそれに続いて立ち上がり、早速クエストを見に行ったのだった。


 クエストボードの前には数人の男がクエストを物色していた。

私もそれに交じりクエストを見ようとしたその時、後ろから腕を誰かに引っ張られた。


「勝手にどっかにいくなんてひどいよ!」


そこには少し頬を膨らませたアドラーが手を腰に当てて立っていた。


「すまない、少し酔っていて声をかけるのを忘れていたんだ。」


「その人、だれ?」


アドラーは私の後ろにいるホームズを指さしながらそう聞いた。


「彼はホームズ。私の古い友人さ。」


「じゃあ、この人が一人目の上級職なんだ!」


アドラーは目を輝かせながらそう言った。

ホームズはクエストボードから目を外してこちらを振り向いた。


「初めまして。先ほど紹介があったホームズだ。」


ホームズがそう言いながら、少しあごを引いて眠そうな目の奥だけを輝かせながらそう言った。


「私はアドラー。よろしく!」


「アドラーか。いい名前だ。」


そう言ったホームズの顔は見えなかった。


「さて!では早速クエストというやつをしようではないか。」


ホームズはクエストボードに貼ってある紙を素早くちぎり取り、ギルドの中へと消えていった。


「なんだか私、彼に嫌われているみたい。」


アドラーは少し悲しげにそうつぶやいた。


「気にしなくていいよ。彼はいつもあんな態度をとるんだ。おかげでよく誤解されるんだが、あれで悪いやつではないんだよ。」


「そうなの?それならいいんだけど。」


アドラーは少し顔をほころばせてそう言った。

その後ろからホームズが真顔のままクエストの依頼書を掲げて全力ダッシュでこちらに走ってきた。

いきなり若返ってエネルギーが余っているのだろう。

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異世界ホームズ @KYOMU299

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