作戦

「ねえ、コウサカくん」


授業中、少しだけ声を潜めて隣の席の神坂慎也に話しかけてみた。あたし、大丈夫かな。普通に言えてる?変じゃない?


神坂慎也はあたしの方を見て、小さな声で何、と言った。手にはシャーペン。その下にあるノートには書き込みが見える。神坂慎也はいつもきちんと授業を受けているのだ。

関係ないことを言うとウザがられるかもしれない。だから…


「ここ、わかる?大問三のカッコ四なんだけど」


あたしはそう言って、さりげなく神坂慎也の机に自分の机を近づけた。

あたしが自分のプリントの該当箇所を指差すと、神坂慎也は無言で覗き込んできた。

顔が、近い。心臓が激しく脈打っているのが手を当てなくてもわかる。あれ。あたし、こんなにも神坂慎也のこと好きだったっけ。意識してたっけ。


神坂慎也はあたしのプリントを無言で読み続けている。


やっぱりこの作戦はよかったらしい。

このためだけに、普段はメイクしながらサボっていた数Ⅱの授業を、今日だけは真面目に受けてみた。


「これは…」


神坂慎也はわかりやすく解説してくれた、と思う。正直、全然説明なんて聞いていなかった。というより、聞けなかった。ただ神坂慎也が近くにいて、話してくれてるっていう事実が嬉しくて、ドキドキして、話の内容なんて全く入ってこなかった。


「わかった?」


神坂慎也が、最後にふっと顔を上げてあたしの目を真っ直ぐに見てきたときは、心臓が止まるかと思った。


「教えてくれて、ありがとね」


そう言うあたしの声は小さくて、オドオドしてて、いつものあたしじゃないみたいだった。


なんなの!あたしが今まで培ってきた恋愛のテクニック、全部コイツの前だと意味なくなっちゃう。

「コウサカくん、頭いいね」

あたしがそう言って褒めたのに、神坂慎也は全く感情の起伏が無い小さな声で「ありがとう」と言って、あたしから目を逸らした。

え、あたし…もしかして嫌われてる?


ちょっとショックで、その後の授業内容が全然頭に入ってこなかった。



どうにか…どうにか近づく方法ないのかな。

休み時間、携帯電話を見るふりをしながら神坂慎也をちら見した。やっぱり能面のように無表情だ。


「ねえ絵里花〜水買いに行こ」


智子と由紀江があたしの席に来る。あたしは少し名残惜しかったけど、仕方なく二人についていくことにした。




「ねえ、あたし好きな人できちゃった」


教室に帰る途中、思い切って二人に言ってみた。

智子と由紀江はお互い顔を見合わせて目を丸くした後、あっははと急に笑い出した。


「きゃはは!絵里花、もう恋なんてしないんじゃなかったの〜!」

「え、そうだよー言ってたじゃん!『あたし、もう恋愛とか懲り懲りだから』って」


たしかに、そんなことを言ったような気はする…。

で、でもさあ!


「はあ?別にいいじゃん!」

「はいはい、わかりましたよ」

「その人と付き合えたら教えてねー!」


その後当然肝心の好きな人について聞かれたが答えなかった。だって、神坂慎也はあたしからしたら片思いの相手かもしれないけど、智子や由紀江からしたらクラスのイケてない根暗なヤツでしかない。もし二人に知られでもしたら、絶対バカにされる。




まずは、どうやって神坂慎也と近づくかが一番の問題だ。

今日は智子と由紀江に先に帰ってもらい、あたしはトイレで一人作戦を練っていた。

神坂慎也は勉強が苦手ではなくてむしろかなり得意らしい。そういえばテストでは毎回地味にクラス順位上位にいたりする。


…じゃあ、勉強を教えてもらえばよくない!?


いいじゃん、それだ!さっきもそういう感じで話せたし。


神坂慎也、まだ教室にいるかな?


あたしは鏡の前でメイクと髪を直して、教室に向かった。

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