第12話 人類最強と謳われる男①

「よっ。こいつはまた派手にやらかしたな」


 【魔力酔い】を解消するため、首と胴体を切断した暴走級オーガの横で水分補給していると、聞いたことのある軽い口調の声が聞こえた。

 俺は目を向けるまでもなく、分かった。

 【人類最強】ガイアスだ。


 つい先ほどまで遠くに連絡する器機を使って【テノン・パル】の指令室に状況を報告していたミントが、ガイアスの顔を見ると、侮蔑を含んだ顔をして質問する。

 わかる。親しくもないのに距離感の近い感じ。俺もこの男は苦手だ。


「ガイアス。上の階層は片付けたのですか」

「終わっているよ。地上のイレギュラー化したロックバード三体が一番面倒だった。航空隊との連携がうまくいかなくてさ。地上でうようよしていたゴブリンとウルフの統率者の軍団は瞬殺だったかな。一番面倒くさい、民間の人間には被害が出なかったのはラッキーだったよ、全く」


 市街地に向かわないように誘導していたのが面倒という事だろう。

 過去に、外殻型ダンジョンでイレギュラー化した鳥系統の魔獣によって甚大な被害を受けたダンジョン都市は数知れない。


「それで君たち【番人】が始末していた二階層はどうだった」

「この暴走級を含めてイレギュラー五体、全て片付けました。ただ、二階層にいた探究者たちは全て死亡です。我々【番人】と【蛇】も被害を受けています」

「そ。ところでリュード君、三階層はどんな状況だった」


 ガイアスからの質問だ。

 俺は今まで遭遇したイレギュラーについて答える。


「四体のイレギュラーと遭遇。一体は仲間割れして、三体のイレギュラーは討伐した。そのうち一体はそっちの暴走級」


 横に転がる暴走級オーガの死体を指さす。

 そこにミントが一言付け加える。


「二階層で、私が逃した奴だ」

「あれね」


 ガイアスは、暴走級オーガの死体と、ダンジョン内の割れた空や地面を見ながら、感想を告げる。


「見事なまでに階層突き破っているね。これいつ頃治るんだろう。まっ、僕が見つけていれば、階層突き破らずに済んだんだろうけど」


 割れた空を優雅に眺めながら、ガイアスが言う。のほほんとしたその口調は、誇張ではなく、事実なのだろう。


「それから三階層にいた探究者達は、俺が知る限り、数十人程度死亡しているが、休憩スペースに逃がしている連中も十数人程度いる。おそらく生存しているはずだ」

「あなた、この状況でルーキーを生存させるとは素晴らしい。【神域】でしたか。あなたは二つ名持ちの良識人側ね」


 ミントに褒められる。

 ふと、一、二階層にもイレギュラーがいたのであれば四階層以降がどうなっているのか疑問に思った俺はミントに尋ねた。


「四階層以降にはイレギュラーは出ていないのか」

「下層、深層には異常なし。四階層以降は、今、同行していた部下たちに確認させている。今のところは、イレギュラーの連絡はない。状況的に一階層で発生したイレギュラーが二階層、三階層に進出してきたのだと推測される。だから四階層以降には発生していないと思われるわ」

「ところで、これ異常事態でしょ。上層がイレギュラーだらけって。十年ぐらい前のダンジョン暴走再来とかしない? 雰囲気似ているし」と、わくわくした顔でガイアスが言う。

「その可能性は否定できないですが、結論は出ません。いつも通り、何もする気がない上層部に報告だけですね。ほんと一回、ぶっ潰れてほしい気分よ」

「革命でも起こさない限り、あれに文句を言うだけ無駄さ。それにゴミにはゴミの役割がある。僕にとっては重要な役割を演じてもらっている以上、僕は文句を言わないよ」


 アトラス連邦も一枚岩ではなさそうな台詞。

 ガイアスは興味なさそうな顔でそう言った後、彼の次の興味は暴走級オーガに移った。


「しかし、このオーガの見事な断面。暴走級にも関わらず剣一本で仕留めるとは普通じゃない。耳にはしていたけど、凄腕の【戦士】という噂は本当のようだね」

「怯えるかい」

「いや。歓喜に沸いて、ぞくぞくする」

「へぇ。ところで、あんただったら、この暴走級相手にどうする」

「そうだね。僕だったら……。――黒面――」


 ガイアスは、暴走級オーガの死体の表面を少しだけ人差し指でなぞる。


「いつも通り、ちょんっと触って終わらせる」


 瞬間、空間を抉られたように、暴走級オーガがひしゃげた。

 俺の強化した目を持ってしても、魔法の術式の起こりが見えなかった。

 【人類最強】は伊達ではない。


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