第11話 暴走級魔獣

 暴走級のイレギュラーオーガが腕を大きく振り上げ、大地を叩く。

 叩き込んだ瞬間の風圧が全身を覆いつくした直後、

 ダンジョンの大地が割れ、土くれがめくり上がる。

 割れた大地の奥底から、湿った空気が噴き出てくる。

 このような方法で、上層から、この階層に降り立ったのだろう。


 暴走級魔獣とは、ダンジョン内を暴走する魔獣を指す。

 すなわちダンジョンの階層を縦横無尽に突き進む規格外の魔獣である。


「ダンジョンを破壊されつくす前に倒す。――身体強化――」


 暴走級オーガの背面に飛び乗り、頭部を一刀両断。

 しかし、暴走級オーガの図太い首の、分厚い皮膚によって防がれた。


 肩を両断しようとしても、ゴムを切っているかのように僅か削れる程度。

 ミスリルの刃の通りが悪い。

 防御系統の魔法がかかっていそうだ。おそらく魔法を妨害する魔法。


 一撃必殺で処理したかったが、この一撃で暴走級オーガの標的がこちらに向いた。

 大地を震わす風と共に、暴走級オーガの拳がミスリルの剣の腹にめり込む。

 拳の勢いを殺しきれず、土埃と一緒に俺は地面を転がる。


 立ち上がり、暴走級オーガを見上げた瞬間、頭上の割れた空から複数人の人影が降りてきたのが見えた。

 黒い軍服を着て、仮面で顔を隠した複数の人間。

 ヘレナと同じ制服、アトラス連邦の軍人だとすぐ判断できた。

 そして、その降り立った人間のうち、一人だけ黒い軍服に派手派手しい装飾がされた人物がいた。


「その見てくれ、どこかの隊長さんか」

「【テノン・パル】のダンジョン防衛軍第四師団長、ミント。あれを追ってきた。あなたは」

「ミスリル級探求者のリュードだ」


 ミントと名乗った第四師団長の女性は、考える素振りをして返答する。


「ミスリル級のリュード……。もしかして、あなたが例のイース帝国から親善大使。全く運がない」

「運がない? 俺は最高に運が良いと思っているぜ。こんな修羅場。最高のシーンじゃないか」

「あなたも戦闘狂? でも今は頼もしい限りだ。ところで、このイレギュラー、私の魔法――そうね、まあいいわ。私の魔法、【魔眼】が通じにくい。何が起きているかわかる?」


 魔眼。

 魔法の中でも、格別有名な魔法特性だ。

 この異世界でも、ダンジョン魔獣を題材とした童話の中で、勇者の仲間の魔女が魔眼を使っているのも有名な理由の一つだ。

 魔眼には系統があり、ミントと言う名の女性が持つ魔眼がどの系統であるかは不明であるが

 有名なのは、【遠見の魔眼】、【石化の魔眼】、【魅了の魔眼】である。

 俺も魔眼という魔法は好きだ。何より響きが良い。魔眼。最高じゃないか。


「おそらく、魔法妨害の魔法を使われていると想定している。俺のミスリルも少ししか通らない」

「あら、【戦士】なのね。何か良い打開策は持っている?」

「あるにはある。それと部下たちは下がらせたほうが無難だ。この戦いには、ついてこれない」


 俺の指摘に対して、彼女はミントの部下達を下がるように手で制する。


「では、その策に応じます。まず動きを止めてみます。その隙に。――泥の魔眼――」


 ミントの視界に捉えられていた暴走級オーガの体の皮膚から黒い何かが噴き出す。

 泥だ。

 通常の魔獣であれば、この一瞬で全身、泥になって死亡しているのだろう。

 暴走級オーガが割れた地面の土くれを投げ飛ばしながら、震度二程度の揺れと共に、彼女目掛けて、突進してくる。


「むっ、やはり効き辛い。――泥沼の魔眼――」


 今度は突進してくる暴走級オーガの体から吹き出る泥が地面に紐のように伸びて突き刺さり、動きを鈍らせる。

 その巨体が歩む地面は、泥の沼と化し、地面の中に引き込まれる暴走級オーガ。


 暴走級オーガは、動けなくなると判断するや否や、腕を大きく振り上げ、耳を塞がないと鼓膜が飛びそうなほどの雄叫びを上げる。

 そして、振り下ろした拳は泥となった地面ごと叩き割る。


 舞い上がる大地の煙を隠れ蓑に、背後に回った俺は、地面に叩きつけ、舞い上がる土くれ事一緒に切り払う。

 肌一枚切れた程度。

 浅い。


 舞い上がる土と岩の塊を蹴って、今度は暴走級オーガの頭上を。

 そして身体強化した俺の手に握られたミスリルの刃は、その地面を叩き割って満足そうな顔の暴走級オーガの首を捉える。


 むろん、この一撃では仕留めることは至難の業。

 故に俺が持つ三つの身体強化魔法の術式の一つを起動する。

 一つ目は【身体強化】、二つは目は――。


「――身体覚醒――」


 この異世界において魔法とは、体内に存在する魔力を生み出す器官を経て、術式で事象を起こす種に整形され、魔法へと至る。


 魔力を生み出す器官には、身体を巡る【水】を主な入力となっており、魔法を使えば使うほど水分を失い、脱水症状を発生させる。

 この症状を、この異世界では【魔力酔い】と呼ぶ。


 その為、この異世界において、体内や空気中の【水】とは魔法と同じぐらい重要視される。

 例えば火魔法は、体内はもちろん、空気中の水分も蒸発させる為、この異世界の魔法においてはデバフの役割を担っている。

 逆に水魔法は、魔力量の上昇や魔力効率を向上させるため、回復やバフの役割を持つ。


 そして、【身体覚醒】の魔法では、身体内の潜在的な力が解放される。

 この魔法で、俺が期待しているのは身体の筋肉量の解放ではない。

 魔力を生み出す器官を覚醒させて【水】の流入量を飛躍的に向上させる事に期待している魔法なのだ。


 その結果、他者を寄せ付けない圧倒的な魔法出力を経て、強化された肉体とミスリルの刃は、意図も容易く暴走級オーガの首を跳ね飛ばし、切り返して、その胴体をも両断したのだった。


 ミスリルの刃が、ジュウジュウと肉を焼くような音を立てながら、赤く染まる。

 むろん、代償がないという訳ではない。

 【魔力酔い】だ。

 長期戦の最中だと、いつも少しぐったりする。

 しかし、いつも死線を超えた、この高揚感は何事にも代えがたい。


 この勝利の歓喜を、俺は雄叫びに変えられずにはいられなかった。


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