第10話 ゼニス級ダンジョンのイレギュラー群生地帯②

 ごつごつした岩が転がる草原の中で、ぬるっとした魔力溜まりに突入した時のような空気を感じ取り、嫌な予感が駆け巡る。


「おいおい、マジかよ」


 上層へと脱出するティア達に追いついた事は良かったが、目の前の光景は、ダンジョン上層としては信じられない。

 まるでダンジョン暴走が起きたかのような光景だった。

 そこには巨大な二体のイレギュラー魔獣が鎮座していた。


 人の倍ほどの巨大な体格。全身、犬のような体毛で包まれた二足歩行の魔獣――コボルト。

 コボルトにしては珍しく赤黒い肌をして、手には道具は何も持っていない。


 同じく巨大な体格になり、人を丸呑みできそうなほど巨大な口を開き、よだれを垂らす、銀色のウルフ。


 二体とも、赤い血が全身に飛び散っている。

 もしかすると先に、散り散りに逃げ惑った探求者たちの返り血かもしれない。


 二体のイレギュラーは、共に、同種族のコボルトとウルフの大群を従え、その大群を、地上へ逃げようとする探求者達に襲わせ、その様を面白そうに眺めている。


「統率者となったイレギュラーが二体。感覚的には、二体共に一等級オーバー。死んでないだろうな、ティア」


 ティアの木魔法は便利で使い勝手が良い魔法であるが、威力が出ない。攪乱を得意とするサポート魔法だ。

 ティアが、その木魔法で単身ゴールド級まで行ったのは、まぎれもなく彼女の天性の馬鹿力。

 ただ力で圧し潰す。

 実にすがすがしい戦法である。

 しかし自身より強い、圧倒的な個の力を前にすると、とたんに何もできなくなってしまうのが彼女の弱みである。

 もし彼女がもっと強くなる可能性があるとすれば、筋肉トレーニング。ただその一点のみである。


 等と思っていたのも、つかの間、襲われていた探求者の中に、一際、見慣れてわかりやすい女達がいた。

 ティアとヘレナである。まだ生きていた。


「皆様、上層は無理です。休息スペースへ。――土檻――。――地の奥底へと誘え、土瀑布――」

「ヘレナ。ここは、私が殿を務めます。むろん、適当にあしらって逃げますわ。――木棘の弦――。――新たなる生命の糧と成れ、宿木――」


 ヘレナの動きが少し止まり、背後まで迫った俺を呼んだ。


「この気配はリュード殿。生きておられましたか」


 不安そうな顔で、殿しようとしていたティアだったが、俺が現れると、その表情から不安が消え去った。


「リュード、生きておりましたのね」

「おいおい、俺は世界に百人といない凄腕のミスリル級だぞ。一等級程度であれば幾度となく戦っている。守りながら戦うのが、面倒というだけだ」


 そして、今回の統率者を相手するには、時間がかかる。

 周りの同種族の大群に、謎のバフがかかるからだ。統率者は謎のロード能力を持っているのだ。


「それとヘレナ殿の言う通り、上層は難しそうだから、ルーキー連れて休息スペースにさっさと避難しろ」


 即座にティア達は休息スペースに向かって、撤退し始めた。


 しかし、イレギュラー群生地帯に突入したとも言える、この異常事態。

 あと、一体や二体、イレギュラーが出ても俺は驚かない。


 目の前で群れる、ウルフとコボルトの首を削り切りながら、草原で棒立ちして、避ける素振りも見せないイレギュラーコボルトの足を切り払う。

 予想外の痛みだったのか、地団駄を踏んだイレギュラーコボルトが、子分のコボルトを鷲掴みにして、躊躇なく全速力でこちらに投げつけてくる。

 俺はコボルトの肉塊を避けるが、身体強化した肉体を超えて、切り傷が付いた。


 見えない刃。風魔法か。


 暴走したイレギュラーコボルトは敵味方関係なく、自身の風魔法で切り刻み始めた。


 さすが野生のイレギュラー。せっかくの謎のロード能力持ちなのに、知性のかけらもない。


 俺は、イレギュラーコボルトを無視して、無差別にウルフを殺され、岩の上で発狂し始めた、知性のありそうなイレギュラーウルフに接近し、そのイレギュラーウルフの頭に向けて、剣を突き出す。

 しかし、その剣の切っ先は、イレギュラーウルフの口内の歯で噛み止められた。


 ミスリルの刃を噛むとは驚きだ。歯か骨か顎を強くする魔法だろうか。


 剣を引き抜こうとする、その瞬間を隙と見たのだろう。

 イレギュラーウルフが俺からミスリルの剣を奪い取るため為、地面に向かって叩きつけてくる。

 さらに周囲で統率していたウルフ達を集めて噛みつき始める。

 だが俺は、全てのウルフを首ごと頭を蹴り飛ばした。

 ついでに身体強化した拳で、イレギュラーウルフの顎の骨を掴んで剥がし、鼻先の皮膚を突き破る。


 イレギュラーウルフがもだえ怯むところで、懐に潜り込み、奪い返したミスリルの剣でイレギュラーウルフの首を撥ね落とす。


 一体、討伐。残り一体だ。


 いまだ風魔法を飛ばす事に興じているイレギュラーコボルト側を振り返った、その瞬間である。


 頭上から轟く爆音。


 天井の景色が割れて、更なるイレギュラー魔獣が参戦してきた。

 そのイレギュラー魔獣は、降り立った先にいたイレギュラーコボルトの頭を掴む。


 それは筋肉量が通常個体より異常に膨れ、赤いオーラを放つ黒い肌のオーガ。

 額に生えた角も通常個体の数倍近く肥大化している。

 掴んだ勢いのままイレギュラーコボルトの頭を潰し、残った首から生き血を啜る、その様は圧倒的強者。


 そして、その巨体に赤い液体を纏わせている。その滴る液体が何なのかすぐに理解した。


 既に上層にいた者達――おそらく、アトラス連邦の【蛇】達――暗殺者部隊を殺し回ってきたのだろう。

 その威圧感の強さから、一等級を超える、そのイレギュラー魔獣の級数は簡単に把握できた。


「暴走級魔獣……」


 ダンジョン暴走した時に現れる変異体。

 俺も、この異世界に転生して、数度しか相対したことのない存在。

 そのような特殊個体がほいほい現れるのか、ゼニス級ダンジョン。

 身体の奥から湧き出るあまりの歓喜。


 俺は思わず高揚していしまい、にやりと口元を緩めてしまう。


「あぁ、滾る……。滾るぞ。これだから、ダンジョンへの探究はやめられない」


 この気持ち、まさしくダンジョンを崇拝する愛そのものだ。


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