第9話 ゼニス級ダンジョンのイレギュラー群生地帯①

 休憩スペースを離れる頃には、ほぼ全ての探求者チームが旅立っていた。

 そして、その地上に戻る道を進む最中で、事は起きた。

 林の途中でヘレナが急に立ち止まったのだ。


「これは……。お二人方、戦闘の準備を。三階層、届くかしら」


 ヘレナはバッグから筒形状の道具を取り出し、その筒を頭上へと向ける。

 瞬間、頭上の空に赤い光が輝いた。

 あたりの木々も赤く光る。

 発行色から見て、緊急信号のように思えた。

 その後、ヘレナは遠くと連絡を取れる器機で、どこかに連絡している。【テノン・パル】の司令室だろうか。


「全く【番人】は本当に何をしている。……どういう事なの。お二人方、急ぎましょう」


 声を荒げるヘレナ。彼女は急に林の中を駆け出して、ティアと共に彼女を追いかける。


「ヘレナ殿、何が起きた」

「イレギュラー魔獣です。その周囲に探求者。先に地上に戻ろうとしている探求者達です。既に死亡者も。このままでは全滅です」


 林を抜けた先から、草原の奥に凄まじい重圧。凄まじい爆音が響き渡り、風で吹き荒れる土煙が草原を支配する。


「だったら俺が先に行く。――身体強化――」


 身体を強化した直後、駆けるティアとヘレナを置き去りにして、急加速する。


 体感にして数秒。

 地上に戻ろうとしていた探求者達の集団が見えた。


 応戦しようと戦闘態勢に入っている者が多数であるが、無謀だ。既に数名、地に伏せている。

 逃げ出す者もいるが、その行動は正しく賢い。


 探求者達の集団と相対しているのは、巨大な赤い皮膚の猪。

 四等級の、人の身丈の倍ほどあるグレートボアを、二回りほど巨大化した姿。

 人を簡単にかみ砕きそうな巨大な口に、体を容易に突き刺せそうな巨大な牙。


 そのイレギュラーボアがその巨体から生み出される爆風と共に、探求者の中の一人が作り出したであろう土の壁を突き破る。


 俺は、その突き破った先に回り込み、剣の腹でイレギュラーボアの強烈な突進を横に受け流した。

 横転するイレギュラーボア。

 俺は、すかさず探求者たちに指示を飛ばした。


「上層か休息スペースに逃げろ、こいつはイレギュラー魔獣だ」


 受け流した際、腕に伝わる重みから換算して、こいつは一等級。

 魔獣の級数には一等級~五等級が存在し、一等級は大規模ダンジョン最下層オーバー級のモンスターだ。

 そして、その一等級のさらに上には、暴走級、災害級、災厄級と続く。


 少なくとも、一等級であれば、この場にいるルーキー達は全員死亡する。

 ミスリル級探求者が必要なレベルだ。


 『イレギュラー』と聞いて阿鼻叫喚の探求者。

 半数以上の探求者達は、それぞれ散り散りになりながら逃げ出す。

 それでも戦闘意欲が旺盛な幾人かの探求者はまだ戦う意思を見せている。

 勇敢であるが、今は無謀だ。


 背後に、ティアとヘレナが追いついてきた。


「二人とも、今、残っている他のルーキーを連れて、上層か休息スペースに逃げろ。格が違いすぎる」

「私を誰だと思って。イース帝国魔導軍第三師団所属の、ティア・ラ・オニキス少佐。ゴールド級ですわ」


 格好よく自己紹介してもらったところ悪いが、今はミスリル級が必要なのだ。


「ヘレナ殿は」

「私は潜在的にはミスリル級です」

「実際には」

「……シルバー級です」


 しょぼんとした表情で、答えるヘレナ殿。

 うむ。理解した。


「残念だが、ここから先はミスリル級の領域だ。二人はルーキー達をつれて、上層へ逃げろ。逃げれそうにない場合は、休息スペースの結界を目指して戻れ。このイレギュラーは上澄みの、まさしくイレギュラー」

「それでしたら、リュード。貴方も逃げるべきよ。あいつ絶対やばいわよ」


 体を起こしたイレギュラーボア。

 そのボアの体格に対して、小さな両脚で地面を慣らし、再突進の様相を見せつけてくる。


「俺一人であれば問題ない。ルーキー達が逃げれる時間が稼せげれば、それで良い」

「全く貴方は昔から変わっていませんわね。そういった都合の良いところ、私は嫌いですわ」


 いや、普通ほめるところだろう。


「殿、しっかり頼んだわよ」

「承知した」


 ティアが残った十名弱の探求者を引き連れ、上層へと向かう。

 最後にヘレナが戦闘の支援をしてきた。


「一時的な支援です。リュード殿、ご武運を。――壁檻――。――大地の檻、その檻は幾人の足を阻む、地縛手――」


 イレギュラーボアの周囲の土が盛り上がり、瞬時に土の檻が構築される。

 さらに地面からイレギュラーボアの全身を絡めとるように、大量の土の手が伸びる。


 しかしイレギュラーボアは全身を震わすと、その土の檻と束縛の手を、意図も簡単に破壊して、俺に突進を仕掛けてきた。


 俺は突進を剣で受け止める。ギィっと剣の腹がしなるが、折れることはない。

 通常、身体強化魔法では、体ではないから剣は強化できない。

 しかし俺が持つ剣は、ミスリル製。魔力を通す性質を持つ。その剣に身体強化魔法をかけると剣が強化される。

 身体を強化する魔法使いには、ミスリル装備は必須とも言える程、強力な装備なのだ。


 受け止めたまま、イレギュラーボアの身体の下に潜り込み、細い両脚を切り付ける。

 直後、イレギュラーボアが地面に向かって、口から火を噴いてきた。

 火魔法だ。


 魔獣が二等級以上と格付けされるのは魔法を使ってくるかである。

 そして探求者のシルバー級とゴールド級を分け隔てる壁である。


 しかもイレギュラーボアが吐く火魔法は、粘り気のある火魔法。草の生えた地面や、散った火の粉を振り払って防いだミスリルの剣に付いても消えない。

 瞬く間にあたり一面が火の海でむせ返る。


 イレギュラーボアは自身の皮膚に火が纏わり付こうが、気にせずこちらに突進してくれる。

 この戦闘スタイルが、このイレギュラーボアの戦い方なのだろう。一般的な探求者チームであれば、なかなかに厄介なタイプだ。


 俺は身体強化魔法で強化した剣で、そのイレギュラーボアの巨大な牙と口を引き裂き、体をひねりながら上に飛びあがり、突進を躱し、そのまま自由落下の重力の力も加えて、イレギュラーボアの首から腹にかけて身体を両断した。


 あたりは静まり、周囲に散らかった火魔法が草を燃やすも、徐々に消沈していく最中、両断されたイレギュラーボアに自身の火魔法が移り、これまた勢いよく燃え上がり始めた。


「ふぅ。良い興奮だった。素材はもったいないが、消化させるか」


 人が誰もいないので、高ぶる高揚を押さえつける必要はないが、【カラス】のヘレナは、数キロ先のイレギュラーにすら感知する、相当優秀な感知能力に長けた人間だ。

 叫びのは、心の中だけにしよう。


 全くダンジョン探索は最高だぜ。


「ゼニス級ダンジョン、来た甲斐があった」


 俺はしばらく感慨に耽った後に、上層に向かったであろう、ティア達の後を追った。


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