第8話 暗躍と密偵
「ティア、起きたか」
翌朝。
テントの外で、朝食として昨日残ったオーガ肉を突っ込んで煮込んだスープを啜っていると、ティアが起きてきた。
「ちょうど邪魔者もいないし、重要な話をしよう。どうやらダンジョン内までは【カラス】はいないようだ。あそこで寝ている彼女以外の【カラス】はな」
テント内で、すやすやと眠るアトラス連邦の【カラス】の一羽ことヘレナ。
起きていれば優秀な【カラス】なのだろう。
「そうでしたの」
「アトラス連邦に到着してからずっと感じていた、奇妙な視線が全くなくなった。さすがにダンジョンの中までは追いかけてこなかったらしいな」
「【蛇】はいるらしいわよ」
「この階層には、いないという話じゃないか。それにいたとしても様子見されるぐらいで、【蛇】に暗殺されるとは考えられにくい。何より【カラス】の監視がなくなっただけマシだ。【カラス】がいれば、せっかくの代物も起動できなくなるしな」
俺はリュックサックから盗聴防止用の声が聞き取りにくくなる結界魔法を放つ術式を内蔵した、小型の道具を取り出し、起動する。
これを地上で起動すると、即座に【カラス】に怪しまれて没収される代物だ。
「アクションを起こすなら、ダンジョン内だ。他にも密約があれば、ダンジョン内でヘレナの監視を欺きながら行う。イース帝国の【密偵】とのコンタクトも、ここであれば安全だろう。問題は【密偵】をどうやってダンジョン内に呼び出せるかだが……」
「あら、私はもうイース帝国の【密偵】と会っておりますわ」
何だと。
俺は心底驚いた。
一体いつ、アトラス連邦の【カラス】の目を欺いたというのか。
昔からダンジョンにしか興味がない女だと思っていたが、評価を変える必要があるかもしれない。
「そうだったのか。一体何時……。いや、【密偵】は誰だ」
「……嫌ですわ。教えないですわ」
この女、殴りたい。
ぐっと怒りを抑えて、俺は言った。
「なぜ教えてくれない。そこはとても重要なことだろ」
「貴方だって、イース帝国の【密偵】と出会っておりますでしょう。あちらからコンタクトがないということは、私とだけコンタクトを取りたいという事ですわ。つまり貴方は信用ならないと判断されたのですわ。ヘラヘラした貴方の残念な態度を見て、お話しする気を失せたのでしょう」
「ズバッと言ってくれるな」
「ええ。そう言わないと納得されないでしょう」
とはいえ、俺も出会っているという事は、アトラス連邦に入国してから出会った人物の中に【密偵】がいるようだ。
誰だろう。
わからない。
「ティア、タッグを組んで帝国から送られた特殊潜入班として、情報共有するべきだ。個人的な感情は捨てろ」
「あら、でしたら貴方も、貴方の目的を捨てられるかしら。個人的な事情ですわよね」
この女、痛いところを突いてくる。
「……それは無理だ。目的のモノに接触できそうであれば、俺は俺の目的の方を優先する」
「でしたら私も私のやり方を貫くまで」
「情報共有を拒否することが、か」
「いいえ。貴方と再会してから、個人的に気にくわないと思っているからですわ」
ティアは、どうやら四年ぶりにイース帝国で再会してからの俺の態度が気にくわない事が原因だと言った。
何かしたか、俺。いや何もしていない。むしろ三階級も昇進して少佐になっていたので褒めた。
それからティアが朝食のスープを優雅に飲み、対話を拒否し始めた為、密会は早々に御開きとなった。
暇になった俺は、ヘレナ用の朝食を用意する。
ヘレナが起床するまでの間、次々とルーキー探求者たちが休息スペースを旅立っていく姿を見送っていく。
旅立っていく方角は、さらにダンジョンの下層に続く道か、地上に戻る道かであった。
【風の導き手】も早々に準備を整えて、こちらに挨拶した後、地上へ戻っていく方向へと進んでいった。
ヘレナが起床して俺たちが朝食を既に食べ終えている事実に気が付き、少し気まずい顔をする。
彼女の表情を読むに『【カラス】の仕事できていないかも……』といったところだろうか。
そして、ヘレナが朝食を食べている間に、俺たちは地上に戻ることを二人に伝えたのだった。
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