第7話 転換期

「ヘレナ殿。ここにはルーキーしか見当たらないが、ベテランの探求者はどこにいるんだ」


 三階層にもなると他の探求者のチームを遠目で遭遇することが多くなった。

 そして気づいたことなのだが、遭遇する探求者達は皆、【風の導き手】と同じようなブロンズ級、すなわちルーキーばかりだったのだ。


「我がアトラス連邦に登録されているシルバー級以上の探求者は、中階層まで転移術式で移動しています。上層にいるのは、若い探求者か、気配を消した【蛇】と巡回している【番人】が主になります」

「転移術式。あの、ただでさえ珍しい空間魔法を持った魔導師が数人がかりで行う大規模な儀式魔法か」


 俺は驚いた。

 あの七面倒くさそうな手順を踏む、儀式魔法を用いて、途中階層に向かっているとは驚きだった。

 すさまじいコストがかかっているのだろう。さすがダンジョンが中心のダンジョン国家。


「外国ではそのような認識ですが、我がアトラス連邦ではダンジョン資源を駆使して、短距離に限りますが転移術式を機械化することに成功したのです。車のようなものです」

「それは革命的だな」

「ええ。ですから、周辺国は我が国と手を組みたいのです」

「へぇ。ぜひともその転移術式の機械を見せてもらいたいものだ」

「それは不可能です。同盟国以外には機密事項でございます」


 それはごもっともだ。


「あと気になっていたが、アトラス連邦のダンジョン協会は世界最大。その割には見かける探求者達の人数は少なくないか。体感的には中規模ダンジョン程度だ」


 ゼニス級ダンジョンともなれば、多くの探求者達が賑わい、活気があってもよさそうであるが、人はまばらである。

 超大規模であるゼニス級ダンジョンだからこそ、広すぎて人数が疎らになっているという可能性はあるが。


「十年前よりダンジョン内を探索できる人数には制限を課しているのです。我々が訪れた南門以外にも、西、東、北門からもダンジョン探索が可能で、かつては各門で日に云万人規模で賑わっておりましたが、現在では一日、数百人から千人程度となっております。探求者達は、前日に事前にダンジョン探求の申請が必要になっているのです」

「しかし、俺たちは当日にすんなり入れてしまったぞ」

「あなた方は一応、国外のお客様となっておりますので」

「なるほど。それで人数制限してまで、何かダンジョン内で作業でもしているのか」

「ダンジョン資源採掘のためでございます。我がアトラス連邦が現在、最も力を入れている国家事業でございます。先の転移術式の機械も、人間より重機を転移させる方が多いほどです。入口の裏手には実は重機を配備している場所があるのです」


 諸行無常。現在は、この異世界の転換期なのかもしれない。


 そうこうしている内に、休息スペースに到着した。

 休息スペースにはダンジョン固有の謎の結界が張られており、ダンジョン暴走という非常事態が発生すれば安全とはないが、通常状態の魔獣では破壊できない上、そもそも近寄ってこない。

 昔、実験で魔獣を結界の近くに誘導しようとしても遠回りしてしまう習性が見つかったというほど、この結界には不思議がたくさんある。


 休息スペースを見渡すと、まだ日は出ているが、既に何組かの探求者チームがいた。

 その中には【風の導き手】もいる。遠くの場所でテントを立てる姿が見えた。

 無事たどり着いていたようだった。


 ダンジョン内の日が暮れるにつれ、数十組もの探求者たちが休息スペースにテントを立て始めていた。


「ああ、ダンジョン様。ついにダンジョン様の元で寝れる日が来るとは夢にも思っておりませんでした」


 意味不明な事を言って、もだえ狂う女が隣にいると、気が狂いそうだが、気にしない。

 俺は、ティアが運んできたリュックサックの中から魔法術式で圧縮したテントを取り出して、展開する。

 てきぱきとテントを組み立てていると、後ろからティアが文句を言ってきた。


「貴方、これはいったい何故かしら」

「やはりダメか……。すまない。いつもテントの中では、俺一人だったんだ。つまり、いつも一つだけしか用意していなかった」


 こればかりは俺のミスだった。

 組み立てながら絶対文句が来るだろうと思っていた。


「とはいえ、このテントは元々四人用のテントだ。中は魔法術式で広くなっている。男女を仕切るカーテンもある」


 空間拡張の術式を搭載している高価なテントだ。

 組み立てたテントの中を見せて、広い空間であることを彼女に示した。


「ええ、そのようですわね。では床の比率は、九対一の比率でお願いするわ。当然、私たち女性が九ですわ。反省も含めて、貴方はテントの隅で寝てなさい」


 隅で寝ることになったテントを組み立てた後は、御飯作りを始める。

 ティアは木魔法でテーブルと椅子を作って、その上で不機嫌そうに足を組んで座っている。

 ヘレナも暇そうな顔でじっとこちらを見ていた為、手伝ってもらおうと声をかけると、彼女の魔法で土の釜土を作ってくれた。

 火を焚き、鉄鍋で晩飯を作る。


 内容は、獲れたばかりの新鮮なブラック・オーガの肉を豪快に焼いたステーキと、街でよく売られている、香辛料が効いた謎の乾燥豆のスープ。

 ヘレナの魔法が土系統の魔法であることが判明しつつ、肉汁がすさまじかったオーガ肉の豪快に頬張った。


 火の後始末をした後、就寝する為、テントに入ろうとしたところで足が止まる。

 食事を置いていた木テーブルの上で、木製の筒を拝む変な女を見つけた。


「なんだ、それ」

「ホルス教団のマイア様より頂いたダンジョン神ムーア様の御神体ですわ。ああ、なんて素晴らしいフォルム。ダンジョン様の中で眺めるムーア様は脳に響くわ」


 そのご神体を抱きしめ、頬ずるご令嬢、ティア。

 彼女が抱きしめるそれは、大地を引き裂いて飛び出たような演出が施された、ミミズのような形をした御神体。

 品性のかけらもないフォルムだ。


「そうか。大事にしろよ」


 俺は何も考えずにテントに入り、テントの隅に置かれた寝袋に潜り込んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る