第6話 ゼニス級ダンジョン②

 三階層目に到着すると、先ほどまでの狭苦しい洞窟とは一転変わって、青空に、草原、岩、森が広がっていた。


「あら、外に出ましたの」

「ここは、この階層内に安全地帯があるという印の階層だ」


 俺たち探究者は、この安全地帯を休息スペースと勝手に呼んでいる。


「ティアはイース帝国内の小規模と中規模ダンジョンしか探索したことがないから経験していないだろうが、大規模なダンジョンには五、六階層ごとに、魔獣もいるが休息スペースという安全地帯の階層が存在する。しかし聞いてはいたが、三階層目で安全地帯とは噂通り三十階層までありそうだな」

「ああ、何と神々しいご慈悲。例え我が身の資源を人類に奪われようとも人々へのお気遣いがご立派ですわ。さすがダンジョン様ですわ」


 ティアはきらきらとした目で、青空を見上げて、ダンジョンに向かって祈りを捧げている。

 やばい女だ。


 俺たち一行が、三階層の休息スペースに向かって進んでいる途中、突如として魔獣の咆哮と共に、若い男女の叫び声が聞こえた。


「お二人方、こちらです」


 その音ですぐに何かに感付いたのか、ヘレナがその叫び声の元に誘導してくれた。


 そこには上層には珍しく、人間の体格と筋肉量を遥かに凌ぐ、半裸の魔獣の蛮族――オーガ。

 それも複数体の黒い肌のオーガが、少年少女の若い探求者チームに襲い掛かっていたのだ。

 チーム内の少年の一人は、既に武器が破壊されて負傷もしている。


「上層にブラック・オーガ。中層級が出てくるとは、さすがゼニス級。侮れん」

「いえ、おかしいです。【アイガ】ダンジョンでもオーガが現れるのは中層。七階以降です。しかも黒となると、もっと深い。これは上層のいる者たちにとって危険です。【番人】は何をしているのでしょう。リュード殿、彼らに助太刀しましょう」


 ヘレナの助言によって、助太刀開始。


「了解。あれ程度であれば、俺が先に向かって片付ける」


 この異世界において、魔法は一人一つ適性のある根源魔法を十歳の成人の儀にて、授かるものだ。

 ティアであれば、木魔法。

 俺であれば、身体強化魔法だ。


「あとで追いついてこいよ、二人とも。――身体強化―――」


 魔法を起動するには、最低でも【声】、【想像】、【身体動作】、【思想】/【信仰】のいずれかを経由する必要がある。

 俺は最も単純で、出力が安定している【声】をキーにしている。

 何より術名を声に出すというのが、異世界に来ている感じがして気持ち良い。


 一瞬で体の中に魔法が巡り、俺ほどの練度があれば、通常の身体能力の十数倍という底上げがされる。


 能力が底上げされた体で駆け出す。

 竜巻が起きた後のような土煙を上げながら、すさまじい勢いで、若い探求者チームと、ブラック・オーガの間に割り込む。

 腰の鞘に納めていた剣を引き抜き、オーガの腕を受け取ると同時に引き裂き、数度の剣の振り回しで、オーガの首や腕を次々と飛ばしていく。

 最後のオーガの一体の胸を殴って内臓をえぐり出し、オーガと呼ばれた魔獣を絶命に追い込んだ。


 人を超越した驚異的な身体能力。

 この異世界では、体を強化する魔法を持つ者を【戦士】と呼ばれている。


 俺は後ろに振り返り、若い探求者チームを見た。

 後衛の少女一人に、前衛の少年二人の三人チーム。

 全員生存している。


「た、助かったぜ。ありがとう」


 負傷していない少年が頭を下げてきた。

 武器が破壊され、負傷した方の少年は、少女の水系統と思しき魔法で自然回復力を強化しているようだった。


 この異世界では、回復魔法の使い手は貴重だ。

 ダンジョン蔓延る異世界という危険な場所にも関わらず、回復薬というのが一般流通していない。

 回復薬と言うのは、とても貴重なの物で、錬金の魔法を使える極少数の魔法使いが生涯に百本作る程度と言われる。そして、その貴重な回復薬は大体、国が独占して、貴族向けとして保管されている。


 一般的な回復は、このチームの少女のように水魔法で自然回復力を促進して、細胞を修復させたり免疫力を強化することなのだ。


「俺たちは【風の導き手】。リーダーのジェイムズだ」


 【風の導き手】。素晴らしい異世界チームネーミング。


 俺は旅先でチームに加わることはあったものの、チームを作ったことがなく、基本的に一人で旅をしていた。

 ちなみに今までで加わったチームで最高の名前は【災禍を鎮める者】だ。


 彼ら【風の導き手】の胸元や腕を見ると、ブロンズ級を示す証がつけられていた。


「ブロンズ級か」


 ミスリル級、ゴールド級、シルバー級、アイアン級、ブロンズ級の順で、探求者の位が高くなる。

 低級であるほど、自分の級を明かしておくという慣習が、この異世界のダンジョン探求者達の間にはあるのだ。


「ああ、昨年、訓練校でカッパー組を卒業して、今年探求者になったばかりだ。さっきのオーガも初めて出くわした。いきなり三体のオーガは終わりを覚悟したぜ。だから助けてくれありがとう。ところで、俺たちとは違って相当な腕前とみた」

「そうだな。少なくともシルバー級以上だ」


 【風の導き手】のメンバーから感嘆の声が上がる。


 シルバー級ともなれば、一度の仕事で数名のパーティ全員が一月暮らせるほどの報酬を貰える仕事がある。

 探求者たるもの、皆、成り上りたいのだ。


「シルバー級……!! 上層で知り合えるなんて凄い。なんてチーム名なんだ。教えてくれ」

「チームは特に組んでいない。俺は、外からアトラス連邦に来た探求者だ。探求者たるものダンジョンには目がない。だから、ダンジョンを見に来ただけだ」

「そうなのか。外からなのか……。それにしても凄まじい身のこなしだった。もしかして、【戦士】か。初めてみるぜ。俺は風魔法を使うんだ」

「おいおい、自分が特別有名でもない限り、見ず知らずの相手に自分の魔法を明かすのは良くない。訓練校で習わなかったか。次からは黙っておけよ」

「ああ、すまない。助けてもらっていたから、気にしなかった。今度から気を付けるよ。お礼は今は何もできないけど、もし地上で会ったときは飯を驕るぜ」


 魔法は一人につき一つ。

 チームでもない相手に自身の魔法を伝えるのはとても悪手なのだ。

 とはいえ、彼は前衛を務めていたのだから、前衛で有利な魔法であるということは容易に想像がつく。


 せめてもの礼として、オーガの素材は残しておくからと、リーダーのジェイムズが言って、【風の導き手】のメンバー達と共に三階層の休息スペースに目指して、別れた。

 そして、ティナとヘレナが俺に追い付いた頃には、ブラック・オーガの素材も、はぎ取り終わっていた。


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