第5話 ゼニス級ダンジョン

「まったく何も出ないな」


 ダンジョン探求者協会のゲートから続くダンジョンの第一階層である森林地帯を小一時間以上歩いていたが魔獣が一匹も出てこない。

 普通のダンジョンであれば、ダンジョンに向かう道中、数匹の魔獣と遭遇するものだ。

 その上、驚いたのが、道が整備されていた事だ。数台の車が横を通り過ぎる事もあった。

 さらにご丁寧に立て札も建てられている。『二階層はこちらです。』といった立て札だ。

 その疑問に対してヘレナが回答する。


「一階層目ではアトラスの【獅子】が朝、昼、夕の訓練として魔獣の駆逐を行っております。その為、一階層目にはほぼ魔獣は存在しておりません」


 その言葉を聞き、俺は目を見開いた。

 ヘレナは説明を続ける。


「協会の入り口に近ければ探求者以外の一般人、例えば報道関連の方も利用されています。第一階層はダンジョンと言うより観光地となっております」


 そう言うと、ヘレナは歩いている方角とは別の方角に向かって手を向けた。


「我々が向かっている方角とは別ですが、あちらには湖があります。その湖を鑑賞する為に道が整備され、観光または貴賓用のホテルが建てられています」

「あらあら、ダンジョン様のお膝元を観光地になどと。おほほ。なんと罰当たりですわ。おほほ」


 普段は否定したい彼女の感情であるが、今のティアの気持ちはとてもわかる。


「観光地か。俺も外殻ダンジョン型の大規模ダンジョンに挑んだことはあるが、ここまで平和な光景はなかった」


 聞こえる小鳥のさえずりは大体ロックバードの雄叫びだったと、俺は思い返していた。


「ダンジョン外周の軍施設の防衛壁を超えると、工業地帯と一般市民の住宅街になります。その安全を守るための処置でもございます」

「なるほど。確かに寝ているときに魔獣がうろいていては住民も不安になるか」


 通常の街であれば、ダンジョンまでの道のりに魔獣が徘徊している為、住民が住む住宅地とは切り離された街づくりを目指す。

 しかし、このアトラス連邦の都市ではダンジョンを中心として街づくりがなされているようだった。

 だが胸が高ぶらない。

 魔獣は殺してなんぼ。

 ダンジョンはドキドキしながら探索してなんぼである。


「ここが二階層の入り口か」


 二階層の入り口は、雨を凌ぐための天井が設けられた地下に続く階段だった。

 その入り口の天井を支える柱には『こちらが二階層の入り口です』と可愛らしいポップな文字。

 それと共に、夜になればピカピカ光りそうな電球が飾り付けられている。


「まぁ、何と無礼な。とはいえ、ダンジョン様を祀って着飾っていると思えれば許せます」


 ふんすと、ティアが怒りを抑えながら感想を述べる。

 俺も一階層目の手ごたえのなさに若干がっかりしつつ二階層目に突入する。

 二階層目も一階層目同様、魔獣の姿が見えない。

 更に自分たち以外の探求者の姿も一度も見ていない。


「こう、ダンジョンというのは魔獣が出てきてこそ喜びというのがあふれ出てくると思うのだが、二階層目も何も出ないな」


 俺は思わず不満を言ってしまった。

 わなわなと手も震える。

 それに対してヘレナは無表情で返答してくる。


「ダンジョン暴走に備えて二階層目も完全ではございませんが、日々アトラスの【番人】と【蛇】が駆逐しております」

「ほう。噂だと【番人】は探求者達の深層の侵入を阻む為、深層入口に常駐して管理していると聞いたのだが」

「噂は噂です。地表近くも管理されております」


 三階層目を目指して突き進み、洞窟内の広間に差し掛かったところで、ついに魔獣が現れた。


 ゴブリンとコボルト、さらにウルフの集団である。


 ようやく現れたと思えば集団でお出ましとは、さすがゼニス級。

 通常のダンジョンではもう少し深い階層で発生しそうなことが上層で起きてくれる。


「数が多いですわね。リュード、ヘレナ、ここは私にお任せくださいませ」


 ティアが魔法を起動する。


「――木棘の弦――」


 地面から、しなやかな棘のついた木の弦が生えてきて、ゴブリンとコボルトの集団を押さえつける。

 棘が魔獣たちの筋肉を抉り取り、次々と魔獣の絶命する咆哮を上げ始める。

 弦を逃れたウルフがティアに襲い掛かってくるが、彼女は即座に別の魔法を並列で起動する。


「――木槌――」


 手に巨大な木槌が現れ、ウルフたちの頭を跳ね飛ばす。

 数体の頭を飛ばすとウルフの群れ達は怯えながら退散しているが、ティアは容赦なく追撃して、あっという間に駆逐が完了した。


「相変わらずの馬鹿力だな」

「貴方ほどではありませんわ」

「いや、俺のは魔法だから……」


 お前のは地力の馬鹿力だから。


「ところでリュード。素材はどうしますの」

「さすがに上層の魔獣の素材をかき集めるほど俺はルーキーではない。不要だからダンジョンに消化してもらおう」


 この異世界では、ダンジョンは生き物である、というのが通説である。


 千年前、かつて実在していた魔王によって生み出されたダンジョンが崩壊したことがある。

 その時ダンジョン神の怒りによってダンジョンが魔獣と化して大陸中の国々を飲み込んでいった。

 そして最後は神に選ばれた勇者が神器の一撃によって一蹴された、という歴史的映像資料がエルフの国であるアルテ王国に残されている。


 ダンジョンは魔獣。


 死体がいつの間にか消えていくのはダンジョン内部は胃か腸の役割を持っており、栄養としてダンジョンに吸収されているのだと解釈されている。

 生きている者は餌を生産する者として魔獣であろうが人であろうが生かして、死んだ者は自身が成長するための栄養として消化する。


 それがこの異世界のダンジョンという存在の在り方なのだ。


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