第5話 ゼニス級ダンジョン①

「まったく何も出ないな」


 ダンジョン探求者協会のゲートから続くダンジョンの第一階層である森林地帯を小一時間以上歩いていたが魔獣が一匹も出てこない。

 普通のダンジョンであれば、ダンジョンに向かう道中、数匹の魔獣と遭遇するものだ。

 その上、驚いたのが、道が整備されていた事だ。数台の車が横を通り過ぎる事もあった。

 さらにご丁寧に立て札も建てられている。『二階層はこちらです。』といった立て札だ。

 その疑問に対して、ヘレナが回答する。


「第一階層では、アトラスの【獅子】が朝、昼、夕の訓練として魔獣の駆逐を行っております。そのため、第一階層にはほぼ魔獣は存在しておりません。協会の入り口に近ければ、探求者以外の一般人、例えば報道関連や芸能人の方なども利用されています。そのため、第一階層はダンジョンと言うより観光地となっております。今、我々が通っている道とは別の道ですが、そちらには湖があり、その湖を鑑賞する為に道が整備され、観光または貴賓用のホテルが建てられています」

「あらあら、ダンジョン様のお膝元を観光地になどと。おほほ。なんと罰当たりですわ。おほほ」


 普段は否定したい彼女の感情であるが、今のティアの気持ちはとてもわかる。


「観光地か。俺も外殻ダンジョン型の大規模ダンジョンに挑んだことはあるが、ここまで平和な光景はなかった。聞こえる小鳥のさえずりは、大体ロックバードの雄叫びだった」

「ダンジョン外周の軍施設の防衛壁を超えると、工業地帯と一般市民の住宅街になります。その安全を守るための処置でもございます」

「なるほど。確かに寝ているときに魔獣がうろいていては住民も不安になるか」


 通常の街であれば、ダンジョンまでの道のりに魔獣が徘徊している為、住民が住む住宅地とは切り離された街づくりを目指す。

 しかし、このアトラス連邦の都市では、ダンジョンを中心として街づくりがなされているようだった。

 だが、胸が高ぶらない。魔獣は殺してなんぼ。ダンジョンはドキドキしながら探索してなんぼである。


「ここが二階層の入り口か」


 二階層の入り口は、雨を凌ぐための天井が設けられた地下に続く階段だった。

 その入り口の天井を支える柱には、『こちらが二階層の入り口です』とかわいらしいポップな文字と共に、夜になればピカピカ光りそうな電球が飾り付けられている。


「まぁ、何と無礼な。とはいえ、ダンジョン様を祀って着飾っていると思えれば許せます」


 ふんすと、ティアが怒りを抑えながら感想を述べる。

 俺も第一階層の手ごたえのなさに若干がっかりしつつ二階層目に突入する。

 二階層も、一階層同様、魔獣の姿が見えない。

 さらに自分たち以外の探求者の姿も一度も見ていない。


「こう、ダンジョンというのは、魔獣が出てきてこそ喜びというのがあふれ出てくると思うのだが、二階層目も何も出ないな」


 俺は思わず不満を言ってしまった。わなわなと手も震える。

 それに対してヘレナは無表情で返答してくる。


「ダンジョン暴走に備えて、二階層目も完全ではございませんが、日々アトラスの【番人】と【蛇】が駆逐しております」

「ふうん。噂だと【番人】は、探求者達の深層の侵入を阻むため、深層入口に常駐して管理していると聞いたのだが」

「噂は噂です。地表近くも管理されてございます」


 三階層を目指して突き進み、洞窟内の広間に差し掛かったところで、ついに魔獣が現れた。


 ゴブリンとコボルト、さらにウルフの集団である。


 ようやく現れたと思えば、集団でお出ましとは、さすがゼニス級。

 通常のダンジョンではもう少し深い階層で発生しそうなことが上層で起きてくれる。


「数が多いですわね。リュード、ヘレナ、ここは私にお任せくださいませ」


 ティアが魔法を起動する。


「――木棘の弦――」


 地面から、しなやかな棘のついた木の弦が、ゴブリンとコボルトの集団を押さえつける。

 棘が魔獣たちの筋肉を抉り取り、次々と魔獣の絶命する咆哮を上げ始める。

 弦を逃れたウルフが、ティアに襲い掛かってくるが、ティアは即座に別の魔法を並列で起動する。


「――木槌――」


 手に巨大な木槌が現れ、ウルフたちの頭を跳ね飛ばす。

 数体の頭を飛ばすと、ウルフの群れ達は怯えながら退散しているがティアは容赦なく追撃して、あっという間に駆逐が完了した。


「相変わらずの馬鹿力だな」

「貴方ほどではありませんわ」

「いや、俺のは魔法だから……」


 お前のは地力の馬鹿力だから。


「ところで、リュード。素材はどうしますの」

「さすがに上層の魔獣の素材をかき集めるほど、俺はルーキーではない。不要だから、ダンジョンに消化してもらおう」


 この異世界では、ダンジョンは生き物である、というのが通説だ。

 千年前、かつて実在していた魔王が生み出したダンジョンが崩壊した際、ダンジョン神の怒りによって、ダンジョンが魔獣と化して大陸中の国々を飲み込み、最後は神に選ばれた勇者が神器の一撃によって一掃された、という歴史が文書と映像でエルフの国である、アルテ王国に残されているのだ。

 ダンジョンは魔獣。つまり生き物だから、ダンジョン内で死体がいつの間にか消えていくのは、ダンジョン内部は胃か腸の役割を持っており、それによって消化されてダンジョンの栄養として吸収されているのだと解釈されている。

 生きている者は餌を生産する者として魔獣であろうが人であろうが生かして、死んだ者は自身が成長するための栄養として消化する。

 それがこの異世界のダンジョンという存在の在り方なのだ。


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