第4話 ホルス教団
「早速だが、本日はダンジョン探求者協会に向かう事にする」
翌日の朝、ダンジョン探索への高ぶる興奮を抑えながら俺がそう提案するとティアが大いに喜び、手を叩いた。
「素晴らしい心掛けだわ、リュード。ダンジョン様に挨拶ね。毎日お祈りしに参りましょう」
俺たちが起床して遅れる事1時間。
朝は弱い模様のヘレナも加えて、さっそくダンジョン探求者協会に向かうべく車に乗り込んだ。
到着したダンジョン探求者協会の建物を見上げて、俺は感嘆の声を上げた。
さすがダンジョンの大本、アトラス連邦のダンジョン探求者協会。
イース帝国でマーリン賢者学院を卒業し、四年程度かけて五か国ほど国を巡ったが、ここまで大規模な協会には足を踏み入れた事がなかった。
そのダンジョン探求者協会の背後には、森林地帯も含めれば直径三十キロと謳われるアイガ・ダンジョンが山のように盛り上がって聳え立っている。
その世界最大級の大きさからゼニス級ダンジョンと呼ばれている。
噂では地下三十階層まであり、アトラス連邦の【番人】が日々、深層を管理しているとの事だ。
「ところでこの荷物は何かしら」
ティアが車の荷物入れから出したリュックサックを指さして、文句を言ってくる。
リュックサックの中身には寝袋、テント一式が魔法で物理的に圧縮されている。
「ダンジョンに泊まり込むための道具一式だ。ティア、お前も持て」
その言葉と一緒に『ダンジョンと共に寝れるぞ』と囁けば、即座にリュックサックを背負い込んだ。
――直後、ティアが背負った荷物に何かがぶつかる。
転げた何かを確かめる為、覗き込むと白衣を着た少女が座り込んでいた。
「あわわ、失礼しました。急いでおりまして、不注意でぶつかってしまいました。お詫びとしたいのですが、教会まで来て頂けますでしょうか」
「礼は不要だが、教会? 遠いのか」
「いえ、あちらでございます」
と少女が仰いだ先は、ちょうどダンジョン探求者協会の反対側。
目の前のダンジョン探求者協会に張り合う程の広い敷地内に、鳥の顔を模したシンボルを飾る教会が建っている。
「あなたはホルス教団の方でしたか」
ヘレナの問いかけに、白衣を着た少女が頷く。
「その通りでございます。本日、教会には聖女様がいらっしゃいます。お詫びとして聖女様の祝福をぜひ受けていただけますでしょうか」
「ホルス教団。帝国では聞かない名前だな」
「十年程前から台頭したダンジョン神を信仰する新興カルトの宗教団体になります。教会でダンジョン神に祈りを捧げるだけの集団ですので、特に問題視されていません」
俺の疑問にヘレナが答えてくれた。
詳細を聞けば軍にもダンジョン神を崇める人がおり、教会に通い詰める者もいるとか。
「まぁ、ダンジョン神様にお祈り。素晴らしい心掛けだわ」
ティアが喜びながら少女の後ろについていく。
教会の中に入ると、少女と同じ白衣を身に纏い、豪華な頭巾を被った格好で跪いて天を仰いで祈りを捧げる、耳の長いエルフ族の女がいた。
「――を、ぶっ潰す。嗚呼、偉大なるダンジョン神ムーワ様。迷える我らにお導きを」
変なエルフの女だった。
物騒な言葉が最初に聞こえたように思ったが、聞き間違いだろうか。
「嗚呼、運命が近づいているとおっしゃられるのですね。嗚呼、ガイア様の痛みが、そう遠くない未来に。我らが全力を持ってお守り致します。偉大なるムーワ様、我が身に御身の御力を……」
こちらの足音に気づいて、エルフの女が立ち上がる。
「あら、ミーア。参拝客をお連れしたのね。偉いわ」
エルフの女が、少女の頭をなでる。
「わたくしは、この教会で修行しております聖女のマイア・ウジャトでございます。以後お見知りおきを」
頭を下げるエルフの女――マイア。
エルフである事も特徴的であるが、それ以上に視線を注いでしまうのは、主張の激しい胸である。
連れのティアも出会った時から大きな胸を隠し持っている事は知っているが、こちらはそれ以上のものを白衣の下から惜しむこもなく表現している。
そして隣にいるティアは、聖女と名乗ったマイアに対してとても好意的だった。
「私はティア。随分と熱心にダンジョン神様にお祈りを捧げておりましたわね。貴方とはとても気が合いそうよ」
「ふふ、そうでございますか。どうでしょう。一度、ダンジョン神様に御祈りを捧げては。今、とてもダンジョン神様は悲しみに暮れております」
「ええ、ぜひ。祈らせていただくわ」
喜んで両手を胸に前で組んで、祈りを捧げるティアとマイア。
その光景をヘレナと共にしばらく眺めた後、マイアからお詫びの祝福を受けた。
そして教会を後にして、ダンジョン探求者協会へ突入したのだった。
◇◇
ダンジョン探求者協会内の受付に着いた俺は、他国のしきたりと同様に、ダンジョン探求者カードを提示する。
「あら、初めてだわ。イース帝国のミスリル級……」
俺は口に手を当て、周りで噂にならないように受付の方を黙らせる。
受付の方はそれを受け取ったのか、ダンジョンについて説明し始めた。
「こほん、失礼いたしました。ではご説明させていただきます。こちらのアイガ・ダンジョンは世界に二つしか確認されていないゼニス級ダンジョンとなります」
世界に二つしか確認されていないゼニス級ダンジョン。
もう一つはエルフ達によってダンジョン自体が秘匿されているアルテ王国だ。
アルテ王国のゼニス級ダンジョンは、重大な神事以外エルフ達も立ち入る事が禁じられている。
当然ダンジョン探求者が立ち入る事はまずない。
ダンジョン探求者が探索可能なゼニス級ダンジョンはここ、アトラス連邦だけとなる。
「お客様は国外の方ですから、上層部のみの立ち入りが許可されております。上層部は六階層までとなっております」
受付嬢はそう言ってくる。俺としては中層以降にも立ち寄りたいところだが、そう簡単には許してくれないらしい。
「初めての方には、まず三階層を目指して頂き、休息スペースで寝泊まりした後、戻る事をお勧め致します」
その後も受付嬢の説明は続いた。
採取は可能だが、採掘は禁止。
持ち買った素材は全て協会側で買取。
そして立ち入りが許可されていない階層に迷い込んだ場合は、アトラス連邦の【番人】に強制連行されるとの事だった。
「以上が注意事項となります。よろしいでしょうか」
一連の注意事項に頷く一同。
「あちらのダンジョンゲートを超えた先から本アイガ・ダンジョン第一階層となります。ダンジョンゲートを通る際に、門番にこちらを提示してください」
青色のダンジョン立ち入りの許可証を受け取ると、広い探索者協会内の中央に配置されたダンジョンゲートへと向かった。
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