第3話 アトラス連邦②

 貴賓館に向かう車内から、車酔いを避けるため外を眺める。

 車外では、街中から浮かれた雰囲気と、その浮かれた雰囲気を表すかのように装飾品が至るかしこに取り付けられている様子が目についた。

 『アトラス連邦百周年おめでとう。』という魔法で光る文字まで見えている。


 物珍しく眺めていると、ヘレナが街の浮かれた理由について語りだす。


「今年はアトラス連邦が樹立してから百周年。その記念祭もあって、街は盛り上がっているのです。来週には、【アイガ】ダンジョンの1階層目の安全地帯に周辺国の首脳陣も招き入れて、百周年記念祭の開催式がございます。その開催式に、あなた方お二人も出席する日程となっております。事前に大まかな日程を帝国側にお送りしたとの事を受けておりますが、ご存じではないでしょうか」


 むろん、その首脳陣の中にイース帝国の皇帝は存在しない。

 俺たちはその代理として、ここにいる。

 そして記念祭への出席など聞いていない。

 どうせ隣でのほほんとしているティアが『狸共の計画などどうでもよい』と言って、破り捨てたに違いない。

 この女の頭の中には、スケジュールという言葉はないのだ。


「ああ、そんな話もあった気がするな。ところで、アトラス連邦の樹立というと、ダンジョン資源を巡った例の争いからか」

「その通りです。我々、アトラス連邦の秘宝である【アイガ】ダンジョン資源。あなた方も歴史の授業で学ばれたでしょうが、当時この地域を支配していたイース帝国が行っていたダンジョン資源採掘によるドの超えた搾取。先人たちは、八公二民の苦しみに耐えかね、救世主アトラス様の元で反旗を翻し、周辺地域の部族や国が集結して今のアトラス連邦が樹立されたのです。きっと【アイガ】ダンジョンも我々に応えてくれたからこそ、今日までダンジョン資源を恵んでくださり、魔導科学の学問も発展し、アトラス連邦樹立百周年という記念すべき年を迎えられたのです」


 俺の知る限り、イース帝国内の歴史の授業でそういったことは習っていない。


 かつてのダンジョンとその周辺に住まう住民とは関係良好。

 周辺では、一攫千金を狙い、ダンジョン資源を巡って、とんでもない好景気が起きた。

 当時、行商人のはしくれだったアトラス商会は我欲のため、周辺の豪族たちと共に反旗を翻して、地元民を巻き込み、騙し、発展した戦争で、アトラス商会が以前から、たんまりとため込んでいた武器を販売して大儲け。

 さらにアトラス連邦という国家樹立まで果たして、連邦国のトップに立ち、ハーレムを築き、それが現在のアトラス家と繋がっている。

 その上、知略に長けた部族が連邦国内にいた事で、ダンジョン資源をふんだんに利用した魔導科学の学問が立ち上げられ、魔導科学文明という、現在でこそ人々の生活を支える必要悪を生み出した人間だと習っている。

 果たしてどちらが正しいのか判断しかねるが、かつての時代を知り、当事者である長寿なエルフを探し出して、聞く以外に解決しないだろう。


「ほほほ。なるほどダンジョン様が、貴方達【た――】いえ、失礼。おほん、貴方達に応えたと。ほほほ」


 横で笑顔を浮かべるティアが怖い。


「ええ、今は応えてくれています。だからこそ、二度とダンジョン資源による搾取を許さない。我がアトラス連邦は搾取の根源を解決するために、ダンジョンビジネス、周辺国に【アイガ・ロード】によって構築された国境を越えた経済圏を作り、ダンジョン資源が貧困な各国に巡らせる義務があるのです」


 きらきらとした目でヘレナは高らかと宣言する。


「視察という名目でイース帝国から合法的に入国させたのも、それが理由であると聞いております。イース帝国こそ、周辺五か国の中で唯一【アイガ・ロード】の計画に組み込まれていない国ですから」


 貧困撲滅。表通りにいる人々の着る服は、イース帝国で着る一般市民のものより品質は良さそうだし、新品だ。

 ヘレナはそんなアトラス連邦の理想に心酔しているのだろう。


 貴賓館に到着した後、ヘレナ曹長の案内の元、宿泊する部屋にたどり着く。


「こちらがお部屋になります。一部屋ですが、本日以降、我々三人はここで寝泊まりをします。むろんベッドは別々です。男女を分ける仕切りもございます」


 と、説明された。

 俺は平気なのだが、横でじーっとティアが文句を言いたそうな目で俺を睨んでくる。


「俺は男なのだが、同室なのか。俺の連れがとても不満そうだ」

「ええ、まったくもって、その通りですわ。私はイース帝国の貴族ですわ。リュードであれば階級は気になりませんが、婚姻はおろか交際もされていない男性と同室など――」

「失礼でございますが、あくまでもあなた方はイース帝国の者。監視の目を緩めるわけにはいきません」


 ヘレナは、きっと俺たち二人を睨み、文句を黙らせる。


「また、くれぐれも決して変な真似は行いませんように。あなた方の真の目的が何でありましょうが、我々、アトラスの【カラス】は、常にあなた方を監視しています」

「ご忠告どうもありがとう」


 なるほど。貴賓館に到着してから、ヘレナ以外から感じていた、ねちっこい視線は【カラス】だったのか。

 答え合わせをしてくれた彼女に対して、俺は素直に礼を言った。


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