第3話 アトラス連邦のカラス

 貴賓館に向かう車内から、車酔いを避けるため外を眺める。

 そこには街中から浮かれた雰囲気と、その浮かれた雰囲気を表すかのように装飾品が至るかしこに取り付けられている様子が目についた。

 『アトラス連邦百周年おめでとう。』という魔法で光る文字まで見えている。


 物珍しく眺めていると、ヘレナが街の浮かれた理由について語りだす。


「今年はアトラス連邦が樹立してから百周年。その記念祭もあって、街は盛り上がっております」

「なるほどね。それは国を挙げて浮かせているわけだ」

「来週にはアイガ・ダンジョンの一階層目の安全地帯に周辺国の首脳陣も招き入れて、百周年記念祭の開催式がございます」


 町中に配備されている警備員も一般的な街に比べて心なしか多いように見える。


「その開催式に、あなた方御二人も出席する日程となっております。事前に大まかな日程を帝国側にお送りしたとの事を受けておりますが、ご存じではないでしょうか」


 むろん、その首脳陣の中にイース帝国の皇帝は存在しない。

 俺たちはその代理として、ここにいる。

 そして記念祭への出席など聞いていない。

 どうせ隣でのほほんとしているティアが『狸共の計画などどうでもよい』と言って、破り捨てたに違いない。

 この女の頭の中には、スケジュールという言葉はないのだ。


「ああ、そんな話もあった気がするな。ところでアトラス連邦の樹立と言うとダンジョン資源を巡った例の争いからか」

「その通りです。我々、アトラス連邦の秘宝であるアイガ・ダンジョンのダンジョン資源」


 そう言って、ヘレナが得意げな顔で語りだす。


「あなた方も歴史の授業で学ばれたでしょうが、当時この地域はイース帝国が支配していました。そしてダンジョン資源採掘のドを超えた搾取が行われていたのです」


 初耳である。

 そして次にヘレナの口から出た言葉に眉を顰める。


「先人たちは八公二民の苦しみに耐えかね、救世主アトラス様の元で反旗を翻し、周辺地域の部族や国が集結して今のアトラス連邦が樹立されたのです」

「ほう、そうだったのか」

「ご存じではありませんでしたか。でしたら是非も覚えていってください」


 俺の知る限り、イース帝国内の歴史の授業でそういったことは習っていない。


 かつてのダンジョンとその周辺に住まう住民とは関係良好。

 周辺では一攫千金を狙い、ダンジョン資源を巡って、とんでもない好景気が起きた。

 当時、行商人のはしくれだったアトラス商会は我欲の為、周辺の豪族たちと共に反旗を翻して地元民を巻き込み、騙し、戦争へと発展させた。


 その戦争でアトラス商会は以前から、たんまりとため込んでいた武器を販売して大儲け。

 更にアトラス連邦という国家樹立まで果たして、連邦国のトップに立ち、ハーレムを築き、それが現在のアトラス家と繋がっている。

 その上、知性と知略に長けた部族が連邦国内にいた為、ダンジョン資源をふんだんに利用した魔導科学の学問が成立。

 魔導科学文明という、現在でこそ人々の生活を支える必要悪を生み出した人間だと習っている。


 果たしてどちらが正しいのか判断しかねる。

 解決出来るとすれば、かつての時代を知り、当事者である長寿なエルフを探し出して聞く以外に方法はないだろう。


「アイガ・ダンジョンもそんな我々に応えてくれたからこそ、今日までダンジョン資源を恵んでくださるのです」


 ヘレナは目をつぶり、したり顔で言う。


「今や魔導科学の学問も発展し、アトラス連邦樹立百周年という記念すべき年を迎えられました」

「ほほほ。なるほどダンジョン様が貴方達たぬ……。いえ、失礼。おほん、貴方達に応えたと。ほほほ」


 横で笑顔を浮かべるティアが怖い。


「応えてくれるからこそ我がアトラス連邦は、ダンジョン資源の過剰な搾取が二度と起きないように周辺国へアイガ・ロードへの参加を促していきました」


 ヘレナはしたり顔のままは話を続ける。


「そして、ゆくゆくは国境を越えたダンジョンビジネス経済圏を作るのです」


 きらきらとした目でヘレナは高らかと拳を握り、宣言する。


「御二方を合法的に入国させたのも、イース帝国こそ周辺五か国の中で唯一アイガ・ロードの計画に組み込まれていない国だからと聞いております」


 なるほど、と俺は呟いた。

 搾取撲滅。

 表通りにいる人々の着る服はイース帝国で着る一般市民のものより品質は良さそうだし新品だ。

 豊かである印だろう。

 ヘレナはそんなアトラス連邦の理想に心酔しているのに違いない。


 貴賓館に到着した後、ヘレナの案内の元、宿泊する部屋にたどり着く。


「こちらがお部屋になります。一部屋ですが本日以降、我々三人はここで寝泊まりをします。むろんベッドは別々です。男女を分ける仕切りもございます」


 と、説明された。

 俺は平気なのだが、横でじーっとティアが文句を言いたそうな目で俺を睨んでくる。


「俺は男なのだが、同室なのか。俺の連れがとても不満そうだ」

「ええ。まったくもってその通りですわ」


 ティアは胸に手を当て、顔を赤くして抗議する。


「私はイース帝国の貴族ですわ。リュードであれば階級は気になりませんが、婚姻はおろか交際もされていない男性と同室など――」

「失礼でございますが、あくまでもあなた方はイース帝国の者。監視の目を緩めるわけにはいきません」


 ヘレナは、きっと俺たち二人を睨み、文句を黙らせる。


「またくれぐれも決して変な真似は行いませんように。あなた方の真の目的が何でありましょうが、我々アトラスの【カラス】は常にあなた方を監視しています」

「ご忠告どうもありがとう」


 なるほど。貴賓館に到着してからヘレナ以外から感じていた、ねちっこい視線は【カラス】だったのか。

 答え合わせをしてくれた彼女に対して、俺は素直に礼を言った。


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