第2話 アトラス連邦の獅子

 俺とティアの一組だけが貴族用の橋を渡って、港に降り立つと、アトラス連邦の兵士達に取り囲まれた。

 その兵士達の中から、三名の人物が前に出る。


「お初にお目にかかります。ティア殿、リュード殿」


 細身の、パッと見て知略担当と思しき見た目の男性が挨拶を交わす。


「私はアトラス連邦外交官、ボルドと申します。この度はダンジョンビジネスへの参画を御検討して頂き、ありがとうございます」


 犬猿の仲であるイース帝国とアトラス連邦。

 普段であればお互い入国を拒否している関係である。

 此度、俺達が入国できたのはアトラス連邦主導のダンジョンビジネスへ参画する為の視察という名目だった。

 長々とボルド氏が説明してきた後、頭を下げて話を締めてきた。


「ぜひとも今回の視察によって、我がアトラス連邦のアイガ・ダンジョンビジネス計画アイガ・ロードへの前向きな参画検討をお願い致します」

「あら、ダンジョンビジネス? アイガ? そうだったわね、ふふふ」


 抑えろ、ティア。

 ちらっと横見したところ、彼女は微笑みを崩さないが、いつ爆発するのか恐ろしい。

 ボルドは次に横に並部人物を紹介し始めた。


「こちらは我がアトラス連邦が誇る国営ダンジョン管理組織テノン・パルのダンジョン防衛軍第一師団、師団長ガイアス少将」


 軍服の下に見えるミスリル製の防刃スーツを着込んだ上で、筋肉隆々な、優に俺の背丈を一回り大きい大柄の男性。

 自信満々の横柄な態度。不遜、放漫が似合いそうな余裕を持った圧倒的強者の顔つき。

 そして、こちらを値踏みするような目つき。


 不快な男だ。

 だが、その男――テノン・パルのガイアスの名前は、俺でも知っている。

 そういう行為が許される男だ。


「そしてあなた方の生活を補佐するヘレナ曹長です」


 うって変わって大男の隣にいるのは、小柄な女性だった。

 正義感の強そうな凛々しい眉と顔立ち。

 瞬きをせず寡黙な表情で、ねっちこい視線を飛ばして、こちらを観察してくる。

 ガイアスとは違った意味で嫌な感じだ。


「我が国とイース帝国は犬猿の仲。大使館すらままならないですが、本日以降の生活については他国向けの貴賓館の一部を利用して頂く事になります」


 とボルドから陳謝された後、ヘレナと紹介された女性が兵隊らしく素早い敬礼を行い、挨拶してくる。


「ヘレナと申します。階級は曹長。ダンジョン神ムーワ様の鎮魂祭までの約二か月、イース帝国のダンジョンビジネスにおける親善大使として迎えられた御二方の護衛任務にあたります」

「あらあら、ダンジョンビジネス。ダンジョン神様の御許で? そう……、そうね。ダンジョンビジネス。ふふ、ふふふ……」


 ヘレナの声は小鳥のように澄んで、美しい。

 一方で、ティアの声にはマグマのような怒気が含まれていて、小鳥を燃やし尽くしそうだった。


「こちらこそよろしく。ヘレナ殿」


 腹では何を考えているのかわからない微笑みを浮かべ、挨拶を交わす気配がないティア。

 それに代わって俺が挨拶を交わし、彼女に握手を求める。

 その行為に合わせて、ガイアスが声をかけてきた。


「僕も握手を良いかな。新進気鋭、【神域】のリュード君」


 不敵な笑みを浮かべて、手を差し伸べてきたガイアス。

 俺はガイアスとも握手を交わす。


 手が触れた瞬間、殺意が伝わる。

 目の前の大男の、周囲の塵が燃え上がるような殺意だ。

 これまで出会った強者達から受けてきた殺意を、軽々と乗り越えてくる殺意。

 これが【人類最強】の二つ名を持つ者のオーラ。


 額に汗をかきながら、俺はその重圧に耐える。


「へぇ。これが【神域】と噂されるもののオーラ。噂に違わず強いね」

「あんたこそ噂通りの他者を寄せ付けない圧倒する強さ。俺が見てきた中でも飛びぬけて強者だ。【人類最強】のガイアス・ア・ディルヴァルド」


 ガイアスから殺意が消え、俺の背中を思いっきりバシバシと叩いてきた。


「いいね、その謙遜しない態度。さすがアルテ王国のダンジョン政治の内乱を治めた男、イース帝国のダンジョン崩壊をたった一人で沈めた英雄」


 ガイアスは意地悪そうな表情を浮かべる。


「【カラス】の尻を叩いても君の情報が出てこないから【神域】の二つ名がどの領域に立っているか想像しがったけど……。なるほどね」


 ガイアスの目から値踏みするような不快感も消え、肩をすくめて、感想を語りだした。


「力量は把握した。強い。でも僕のほうがもっと強いかな」


 ガイアスは鼻を鳴らして、背を向ける。


「僕は【人類最強】だから」

「そうかい。でも、俺もタイマンなら【人類最強】が相手だろうと負ける気はしない」

「それは楽しみが増えた。じゃ、失礼しようかな。イース帝国のダンジョン親善大使さん達」


 にやりと笑うと、ガイアスが立ち去る。

 ボルドは額の汗をハンカチで拭きとりながら、会釈する。


「相変わらずガイアス少将殿は自由で困りますな。大変ご無礼申し訳ございませんでした。では、ヘレナ曹長。貴賓館への案内を頼みます」


 ボルドも背後に停車していた車に乗り込み、この場を立ち去った。


「では長旅で立ち話も何でしょうから、車内で我がアトラス連邦の首都を案内し、貴賓館に向かいましょう。着いてきてください」


 ヘレナの後を追って、俺とティアも用意されていた車体の長い車の後部座席に乗り込んだ。

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