ダンジョン国家をぶっ潰せ! ~ダンジョン持って帰れると約束したから、うきうきで異世界転生したら、俺も含めて世界最強のダンジョン国家をぶっ潰そうとする連中ばかりだった~

ゆき

第1話 異世界転生した先で出会って7年ぐらい経った淑女

「ようやく、かの国が見えてきましたわ」


 海上。

 イース帝国からアトラス連邦へ向かう連絡船の上。

 吐き気を抑える為、死んだ目で遠くの青空を眺めていた俺に、その女――ティア・ラ・オニキスは高らかと宣う。


「ああ、ぞくぞくする。この海風に混じって芳醇なダンジョン様の香りがしそうだわ」


 満足そうに空気を吸ったティアは、今度は陸が見え始めた海の方向に向いた。


「ほら、耳をすませば、ギィギィと声もするわ。助けてって叫んでいるのよ。ねぇ、貴方もそう思うわよね。リュード」


 いや思わない。

 まったく思わない。

 まずダンジョンの香りって何だ。

 俺は耳を塞ぎたいで聞き流したい気分になる。


 青空を眺めて、しばらく彼女を無視していると、ティアが肩を叩いて俺を呼びかけてきた。


「良いかしら、リュード」


 俺ことリュードは後ろに振り返り、彼女の顔を見る。


 肩まで伸びた艶のある金髪。

 顔立ちはまるで彫刻のように美しく整い、碧くぱっちりとした眼も、とても似合う貴族令嬢。

 口を噤んで黙っていれば絶世の美女のようなその容貌であるが、さすがイース帝国にて脳筋と呼ばれる辺境伯のご令嬢の一人。

 アトラス連邦を憎ませる洗脳という名の、ぶっ飛んだ英才教育が行き届いている。


 その言動の節々から残念さ加減がいつも滲み出ている。


「まったく貴方は前々から思っていたけど、つくづく残念な男ですわね。ダンジョン様を前に船酔いなんて」


 青い顔をした俺を見て、ティアは肩をすくめる。


「貴方、四年も旅に出ていたのでしょう。ずっと陸路だったのかしら」

「陸路? いや、たまには船にも飛行艇にも長距離バスにも乗っていたさ」


 気楽にダンジョン探索へ奔走していた旅の道程。

 そんな日々を思い返したかったが、俺の吐き気は酷く思い返す気がしなかった。


「ただ途中で大きな乗り物がダメになっただけだ。お前はまだ若いから分からないだろうが、歳を取るとな――」

「何をおっしゃっておりますの。貴方と私は同い年でしょう。学院も同期だったでしょ」


 確かに。同じ年である。

 異世界転生して早二十二年。

 とある崇高な使命を果たすべく転生してきたこの身であるが、かつて七十近くまで生きた記憶も一部欠損したり消えつつある。

 ちなみにトラック轢殺れきさつ転生ではなく何もなさずに往生して転生した。

 それ故、稀に若者を思う、年寄りめいた台詞を放ってしまうのだ。


 これ以上ぼろを出さないように俺は思わず黙ってしまう。

 ティアは、また高らかと宣った。


「いいこと。私たちは、我がイース帝国の猛者たちを叩きのめして選抜された精鋭組。とても誇らしい存在なのよ」


 残念であるが俺は叩きのめしていないし、選抜もされていない。

 きっと彼女だけが受けた試験なのであろう。


「貴方がダンジョン探求者という自由な身分で怪しい目的のために活動しているのは知っていますわ」


 そういえば学院時代にティアに胸ぐらをつかまれ、無理やり夢を語らされた記憶がある。


「ですが今回のミッション。それはそれはとても崇高なものなのですから、ご注意して頂きたいですわ」


 イース帝国にそこまで忠誠を誓えない俺が嫌な顔をしていても、お構いなしに彼女は話を続ける。


「あの【狸】共の親玉を一掃してダンジョン様を取り戻した暁には、イース帝国の首都をダンジョン様に遷都させるの」


 それは幾らなんでも無理筋だ。しかしティアの目つきは真剣そのものであった。


「残党の【狸】共は、大陸の片隅の小さなダンジョン様の整備要員として延々こき使って、ギッタンギッタンにしてさしあげますわ」

「おいおい。本人達の前にして同じような事を言ってみろ。その瞬間、俺たちの任務は失敗だ」


 帝国内からどういう扱いになるか心しておけよ、と俺は忠告するように呟く。


 うっぷ。吐きそうだ。

 俺は死んだ目を青空に戻して、後ろに向かって大声を出す。


「今更だが、おしゃべりなのも大概にしてくれ。どこにアトラスの【カラス】や【蛇】がいるか分からない」


 それと、と俺は付け加える。


「俺は今、とても気持ち悪い。どうしても喋りたいのであれば悪いが俺じゃなくて、床と喋っていてくれ」

「つれないわね」


 この2日間の船旅、何度、彼女の口から『つれないわね』と言われたことか。

 ティアは不満な顔をして俺に言う。


「暇よ。もうしばらく私とダンジョン様について語らないかしら」

「そんなに好きなら今は遠い、いずこのダンジョン様と喋っていろ」


 それはまぁ素敵、とティアは手を叩いて喜び、港が見え始めた大陸に向かって大声でダンジョン愛を叫び始めた。

 突然叫び出したティアを見て、近くにいた数人の乗組員や乗客が驚いているから恥ずかしい。


 しばらく叫び続けて、急にティアが押し黙る。

 ようやく疲れたのかと思い、俺は後ろに振り返った。


「……あら、ほら見て。【狸】共がお出迎えよ」


 A4用紙ぐらいまで大きくなった港を見る。

 レトロなデザインの黒塗りされた車が何台も停車し、黒い軍服を着たアトラス連邦の兵士達が立ち並ぶ姿が映った。

 港の周りにいた数名の漁師達が、その兵士達に少しビビっている。


 その様子を見て、顔を引き締めるティア。

 そして波音で聞こえにくかったが、俺の耳に微かに聞こえる程度の小声でティアが呟いた。


「頼むわよ。イース帝国が誇る最強、【神域】のリュード」

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