第10話 最後の検問
『
三等国民が住むのはこの防御壁のもっとも端にあるエリア。例外としてこの国唯一の一等国民である『
ここまで4つの検問所を通過し、5つ目に近づく96式装輪装甲車。
「やばい。緊張してきた……」
俺のそんな言葉にも無言の彼女たち。正規の軍用車両に乗っているが、フリーパスではなく憲兵のチェックが車内にも及ぶ。第一、第二検問所は何もなく通過したが先程の3つ目で初めて検査が入り、第四検問所でもそれは同様だった。この最後の検問所。間違いなく、あるはず。俺は手元の磁気カードを見つめた。
「二回切り抜けたから、今回も大丈夫だよね?」
ふたたび運転はソーニャ、助手席はエミリーへと交代している。俺は後部乗員席の正面に座るマリベル副隊長に何度目かの同じ質問をする。
「リクトさまのマイナンバーカードは精巧に偽造されたもの。おそらく一般兵が見破ることは困難かと。ですが、ニセモノであることには変わりありません。このカードは大陸本土で作られ運ばれてきます。リクトさまもご存知のようにこの国の科学技術は制限されており、我々には解析できていない最先端技術が使用されている可能性は残っています。ですので100%問題ないといい切ることはできないのです」
「う、うん。そうだったね……」
この国では一つの番号にその国民の情報のすべてが紐づけられている。祖父に言わせれば大昔のナチスが強制収容所でユダヤ人に番号を割り振って管理したのと何ら違いはないのだと。そしてこのカードに手を加えることやもちろん偽造もなのだが、極刑扱いである。そんな番号とは無縁の生活を送っていたというのに……。
車両が停車した。小窓から外を見ると検問所のようである。後部の扉が開けられ、銃を携えた憲兵が二人とその上官であろうさらに二人が入ってきた。
「所属と階級を確認する。同乗している民間人は国民証を提示せよ」
国民証とはマイナンバーカードのことである。彼女たちは軍に入ると同時に首のつけ根にICチップを埋め込まれており、上官のひとりが順に棒状の機器で彼女たちをスキャンしていく。俺はもうひとりに手元のそれを差し出す。すると彼はこれまでには見なかった携帯端末を取り出し俺のカードをそれに乗せる。なんだあれ? エレーヌは不思議そうにそれを見ているが、マリベルとサシャの表情がわずかに強張ったのを俺は見逃さなかった。
「エミリー・キーアマイヤー中尉の弟か……。生年月日、血液型、転入前の学園名と前期末考査での各教科の成績判定、クラス担任の教師の名を答えろ」
背筋を冷たい汗が流れるような感覚。そんなに不安だったらとサシャが少し前に確認のために見せてくれたタブレットの偽装設定の入力された画面を思い出しながら、俺は緊張した声でひとつひとつ答えていく。多分だが、間違ってないはず。
「よし、問題ない」
そう言い残すと彼らは速やかに車両から降り、後部扉は勢いよく閉められた。
「ふぁ~っ」
全身の力が抜ける。マリベルとサシャも安堵の表情を浮かべる。
「よく言えましたぁ。えらい、えらい」
エレーヌだけは平常運転で俺の頭を撫でている。本気でいまのはヤバかった。ひとつ間違えばそのまま拘束され、明日の朝には俺は公の場で吊るされていた。この国の極刑は絞首刑であり、趣味の悪いことに街の中央広場などの人々が多く集まる場所で、見せしめとして刑が執行されるのである。
「サシャ、あの機械は?」
「いえ、私も知りません。初めて見ました。個人情報についてあらゆる内容を手元で確認できるようです。他の情報、例えば前に住んでいた場所の住所、病院の受診履歴などを聞かれていたら終わってましたね」
「うん、その情報は見てない。危なかったよ。それに覚えてたのはたまたまだし」
ホッとした顔の俺を見てマリベルが真剣な顔で続ける。
「この第1区に入りさえすれば、よっぽどのことがない限り憲兵からあのような尋問をされることはないでしょう。ですが、万が一ということもあります。リクト・キーアマイヤーとしての情報は全て今日中に記憶しておきましょう。もちろん姉となる隊長の情報もです。ちなみにスリーサイズは……」
なんだ冗談かよ。マリベルは最後のところで勝ち誇ったような顔になっていた。でも、エミリーの胸のサイズは俺の想定よりひと回り大きかった。さすが、俺の新しいお姉ちゃんは侮れない。
「ええーっ、わたしのほうがマリベルちゃんよりおっきくないかなぁ?」
なぜかここで対抗心を見せるエレーヌ。ならばと上着やらなんやらを脱ぎだす二人を必死で止めに入る俺。常人サイズのサシャは興味がないのか、タブレットに目を落とし無視を決め込んだ様子。そんなスイカvsメロンの見せ合いっこが繰り広げられる後部座席の状況とは関係なく、96式装輪装甲車はゆっくりと最後のゲートを通過していくのであった。
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