第9話 あの日
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パジャマに着替えたボクはベッドに入った。
「そっかお兄ちゃんになるんだ……、ボク」
夕食後、両親から大事な話しがあるって言われた。なんとボクはしばらくしたらお兄ちゃんになるんだって! まだ弟なのか妹なのかは分からないらしいけど、それはボクにとってとても素敵なことだと思えた。でも、お兄ちゃんになるってことはどういうことなんだろう? エミリーたちがお姉ちゃんだとしたら、あんな感じなのかな。だからボクはお父さんとお母さんに、エミリーやマリベル、ソーニャ、サシャよりも優しいお兄ちゃんになるって宣言した。エレーヌより優しくなれる自信はなかったから正直に彼女の名前は言わなかった。そんな出来事があったのを思い出しながら、とても幸せな気分でボクは目を閉じた。
「リクトさま! リクトさま!」
「ん~っ? どうしたのエミリー」
そんなに長くは眠っていない気がする。まだ窓の外は暗いし。エミリーのメイド服姿を見てなぜか懐かしい気持ちになる。いや、寝る前にも見たし、変だなボク……。
「ここを移動します。着替えは必要ありません、さあ、早く!」
エミリーの真剣な顔から何かあったらしいことが分かる。ボクは手をひかれぼうっとする頭のまま部屋を出る。なんだかお屋敷は深夜なのに騒がしかった。ドーンという大きな音がして建物が揺れた。
「えっ!? 何?」
普通でない状況にボクの意識もはっきりする。さらに続く爆発音、誰かの悲鳴が聞こえた。助けにいかなくちゃと動こうとするけど、反対の方向にボクは引っ張られる。
「旦那様と奥様が隠し通路の先でお待ちです。急ぎましょう!」
隠し通路? 知らない言葉がエミリーの口から出てきた。本当はそれどころではないのだけど、ボクは少しだけワクワクした。
ボクたちが向かったのは地下の書庫だった。鉄製の扉の前にはマリベル、ソーニャ、エレーヌ、サシャが待っていた。みんなお揃いのメイド服姿でかわいらしい。かわいらしいって、お姉ちゃんたちに使う言葉じゃないのに……、やっぱり今日のボクは変なのかもしれない。普段は入ることのできない書庫にみんな黙って入っていく。ボクも慌ててついていく。
「リクトさま、落ち着いて聞いて下さい」
いつの間にか隣に立っていたエミリーが怖い顔をしてそう言う。
「う、うん」
「ミハイロヴィチ家が裏切りました」
「えっ!? それってニーナの家でしょ」
俺の問いかけには答えることなく、エミリーは書庫の奥へと進む。そこにはもうすでに父さんと母さんはそこを通ったのであろう、四角い穴が剥がされた床の下へと伸びていた。エミリーを先頭に彼女たちは何も言わずに設置されたハシゴを降りていく。再びボクは置いていかれないように彼女たちのあとに続く。
「あれっ? これって……」
ハシゴを降りながらその鉄の棒を握る自分の小さな手を見た時、気づいてしまった。俺はこの場面を知っている……。違和感ははじめからあった。エミリー以外、いっさい言葉を発しない。ソーニャあたりなら皮肉のひとつくらい言いそうなものだ。実際は何か言ってたのかもしれないが、随分昔のことだ俺が覚えているはずもない。この次に起こる事を俺は知っている。急に全身から力が抜けて、胸が苦しく感じた。俺は深い穴の中を落ちていく。いつまで経っても地面に衝突する衝撃は訪れない。そう分かりきったことだ、これは夢なのだから……。
目の前に見たくなかった光景があった。母さんが俺に向かって何かを叫んでいるが聴こえない。世界から音が消えていた。母さんを守るように両手を広げ立っている父さんの背中があった。
次に見えたのは真っ赤な血の海へと沈んでいく両親の姿。
ここまでだ。俺が覚えているのはここまで。
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「リクトさま! リクトさま!」
「ん?」
目を開くとエミリーの顔がある。まつ毛長いんだな……。夢から覚めたようだ。ここは96式装輪装甲車の後部座席。交代して運転はサシャで、副隊長のマリベルが助手席に座ってるんだっけか。ヒロっちと別れてからどれくらい経ったんだろう。小窓の外はもう夜になっていた。
「うなされていらっしゃいましたので……」
ソーニャとエレーヌも心配そうに俺を見ていた。ふむ。『どうしたんっすか、エロい夢でも見てたんでしょ』とか言いそうなソーニャでもそんな乙女な表情ができたんだ。新たな発見である。
「なんか、悪い夢でもみてたのかな? 覚えてないけど」
嘘だ。あの日のことを夢で見たなんて言えない。彼女たちも怖い思いをしたはずだ。俺はあのあと意識を失ったらしい。両親を殺害した兵士たちは酷い死に方をしたと祖父から聞いた。祖父の部下たちが駆けつけたときにはもう全てが終わったあとだったらしい。エミリーたちが仇をとってくれたということだが、彼女たちはその時の話をしてくれない。たしかに護身用の短剣を皆所持していたが、それを握るエミリーの手が震えていたのを今でも覚えている。きっと死にものぐるいで大人の兵士たちを相手に戦ったに違いないし、まだ軍人としての訓練は受けていなかったはず。だって彼女たちはその時、まだ十二、三歳の少女たちだったのだから。
俺は問題ないという風に、思いっきり両手を上げて伸びをしてみせた。
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