第8話 ヒロノシン・フェドゥキア

「ヒロ、こちらはアキヤマ大佐のお孫さんのリクトさまだ」


 エミリーが俺のことを紹介してくれた。ヒロ? やはり彼なのか? 俺の心拍数は急上昇する。


「おおっ、マジか! 爺さんには世話になってるぞ、少年。いや、リクト。俺はヒロノシン・フェドゥキア。いわゆるアメリカ系だな」


 右手を差し出され、俺は緊張からか汗の滲んだ手をズボンで拭いてから握手をした。


「あ、あの。もしかして、ラジオDJのヒロっちですか?」


「おっ!? もしかして聴いてくれてんのか? Oh! これは驚いたぜぇ!」


 俺はヒロっちにハグされて気分は爆上がりだ。もちろん同性へのそういった興味はないが、憧れの存在を前にすれば男であってもそうなる。


「ん? ヒロはそんなこともしていたのか?」


 どうやらエミリーは俺の夜のラジオに気づいていなかったようだ。たぶん、毛布を被ってよからぬことをしていたとでも思っていたのだろう。というか俺のそれはベッドの上での露出度100%だということは知っているだろうに。なぜかせっかく上がったテンションがみるみる下がっていく。


「個人的な活動だな。レジスタンスとしてはこういった草の根活動も重要なんだよ」


 おっ、やっぱりそうだったんだ。で、でも……。いいのか? エミリーは軍の特務機関の……、ちょっと待て、ヒロっちも普通に自分のこと暴露してるし。エミリーはそれは当然のこととして知っていた。つまり……。


「リクトさま。お分かりになられたようですね。さすがです」


 い、いや。そんな感心した顔をされても……。昔からだけどエミリーに褒められると嬉しいというかドキドキする。お屋敷ではエミリーの関心をひこうと俺必死だったな。


「えっと、エミリーたちがレジスタンスを支援している?」


「そうですね。おおよそ合っています。ただ、正確には私たちがレジスタンスです」


「ぬ!?」


 それじゃ、くわしいことは中でとヒロっちに促されて俺達は古民家へ入る。この家の老夫婦もレジスタンスの一員で農作物を介して街の同胞と連絡を取り合っているらしい。俺達は囲炉裏を囲む。エレーヌは老婆が運んできた五平餅という、米を平らにして串にさしタレにつけて焼いた郷土料理にさっそく食いついていた。俺も一本もらう。


 エミリーも一本取ると少しだけ口にしてから、俺に話し始めた。


「そもそも私の所属する特務機関はアキヤマ大佐直轄の組織です。その表向きの仕事はこの国における三等国民の情報統制と彼らの監視。実は貴族階級への盗聴なども当たり前に行っていますが、彼らも都市伝説程度には気にはしています。これは共和国、大陸本国向けの仕事でもあります。そして本来の目的ですが、リクトさまがお忘れになるはずのない……。ああ、これ美味しいですね」


 彼女が俺に配慮して間を置いたのが感じられた。


 もちろん忘れるわけがない。のことなんて、忘れたくても忘れられるわけがない。彼女はその日のことについて自分が口にしたことも忘れてしまったかのように、自分たちの組織が実は裏で共和国からの独立を勝ち取るために動いていること、そしてそのために用意された各地にあるレジスタンス組織について淡々と説明を続けた。


「という感じです。リクトさま、何かご質問は?」


「い、いや。いまはいいよ」


 聞きたいことは山ほどあったが口を開こうとしたタイミングで、隣で次々と老婆が補充する五平餅を一心不乱に食べていたはずのエレーヌの頭が俺の肩に乗ったのを感じた。幸せそうな顔で寝息をたてはじめたエレーヌの幼さを残す顔を見たら、俺の中の黒い感情は一時的だが霧散してしまい話す気も失せてしまった。その様子を見ていた老婆が重ねた座布団を持ってきてエレーヌを横にしてくれた。そして赤いどてらを彼女の肩の上にかけた。エミリーがエレーヌを連れてきたのは俺の感情コントロールのためだと遅れて気がつく。幼い頃俺が癇癪を起こしたとき、いちばん上手く俺をあやすことができたのはエレーヌだと母さんが言っていた。


 彼女たちとは3つしか年齢は変わらないが、顔合わせはかなり前から行われていた。これも正直なところ正確な情報なのかも今では疑わしいが、彼女たちは俺のいたアキヤマ家の分家筋にあたる下級貴族家の娘たち。見た目からも分かるのだが、かなり人種交配が進んでその血もかなり薄まった最末端。その中で嫡子と近い年齢の娘が側仕えとして子どものころから奉公に出される。待遇がよく本家との血の繋がりも持てる可能性もあることから競争は激しかったようである。嫡子との相性や教養、健康状態、身体能力などの将来性を見越して選ばれることになっていた。嫡子が成人である十五歳になった時点で家に残るか出るかは自らの判断で決定できるといったものであるが、俺の五人と言うのは歴代当主の中でも多いと父さんから聞いた。それだけ当時の俺というかアキヤマ家は期待されていたようである。


 もうそのアキヤマ家も公式には、いわゆる『お取り潰し』となり財産や所領はすべて国に取り上げられている。彼女たちがいつの時点で軍の所属となったのかは俺には分からないが、彼女たちが俺の側にいるのは祖父の命令による軍人としての任務のためであり、古い家のしきたりのようなものではないので勘違いしてはいけないのだ。ああ、でも、世が世であったならこの美少女たちとのハーレム生活もワンチャンあったかもしれないと思うと……。いや、たいして取り柄の無い俺は、十五歳になった時点で彼女たちに見捨てられるという未来も十分あったわけで、やはり妄想であることには変わりない。


 俺がエレーヌの寝ている横顔を眺めながらそんなことを考えている間、エミリーとレジスタンスのこの地域のリーダーであるヒロノシン・フェドゥキアは最新の情報の交換を行っていた。


「それで『ゴリアテ』はいつ?」


「それが一切情報が掴めていないのだ。もう海路で出発したという情報もあれば、東南アジア戦線に駆り出されたというのもある。大戦以来の生体兵器の実地投入に本国は慎重になっているものと思われる」


「そっか、頼むから勘弁して欲しいよな。そんなもの使われたらこの島国は一瞬で焦土と化すんじゃねえかって。独立どころのハナシじゃねえだろってリーダー連中はみんな言ってるぜ」


「ああ、そうだな……」


 最後の一番聞きたくなかった話だけが俺の耳に残ったのだった。


 

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