第7話 歴史認識

 俺は道路をゆっくりと走る96式装輪装甲車の小窓から、早朝の市街地の様子を眺めている。運転はソーニャが、助手席には隊長のエミリーが乗っており、俺のいる後部にはマリベル、エレーヌそしてサシャがいる。窓の外に荷車に家財道具を乗せて街から逃げ出そうとしている家族など、集団を見かけた。崩れ落ちた建造物の瓦礫や、灰となった家屋だろうかそういったものも多く見てきた。いま通過している被害を免れた区画では、子どもたちが元気に走り回って遊んでいた。大人たちは不機嫌そうな顔をして歩いている。こういったいつもの日常が何事もなく始まろうとしている場所もある。


「先日の大規模戦闘で軍、民間合わせておよそ千五百人が死傷。全国では万単位に及ぶようです。レジスタンスの制圧に向けて大陸本国から『生体兵器』の投入も決定されました」


 一時間ほど前は、装甲つきの軍用車両をまえに興奮していた俺も、現地の様子をみて反省していた。この国の軍事兵器の発展は二百年前から停滞というか停止している。かつて自衛隊と呼ばれていた実質の軍隊は、呼称を国防軍へと変更。もっぱら治安維持活動にあてられている。サシャが手元のタブレットを操作しながら言った『生体兵器』という言葉に俺は反応する。


「ねえ、生体兵器って?」


 サシャが顔を上げる。彼女はこの部隊の頭脳、情報収集から壊れた家庭用トースターの修理までこなす技術武官である。


「世界を巻き込んだ先の大戦で使用されたのがはじまりとされます。動植物の遺伝子組換え、薬物による人為的強化、さらに機械工学やナノテクノロジー、人類の叡智のすべてが注ぎ込まれた悪魔の兵器。そう私は解釈しています。詳しい情報は属国であるこの国で得ることは難しく全くもって不明。リクトさまにお伝えできることもあまりなく残念です。ですが、大戦を終らせたのはその生体兵器。私達はそれを旧約聖書に登場するペリシテの巨人の名をとって『ゴリアテ』と呼んでいます」


「なんだか強そうだね。でも、俺が爺ちゃんにもらった貴族の学園で使うっていう教科書には、悪の大国アメリカが『核』で自滅したって書いてあったけど……。それで終戦を迎えたって」


 サシャはそれを聞いて黙って頷く。かわりに口を開いたのはマリベルだった。


「そういったものには国の意図が働きますからね。書かれていることがすべて真実だとは限りません。その歴史をボスは何といってましたか?」


 ボスというのは祖父のことだ。モトジロウ・アキヤマ。属国人としては異例の出世で北方の駐在武官も勤めた軍人である。引退したと本人には聞かされていたが、実際は現役のようである。


「うーん。どうだったかな? 大戦あたりの歴史は自分で読んどけって言われた気がする。記憶に残ってるのはヘイアンとかセンゴク時代くらいでさ、近現代史は難しくて正直覚えてないよ」


「そうですか……。私からはボスの教育方針に口を出す気はありませんけど。国民のほとんどが二百年前の大戦、そしてこの今の状況に至る真実を隠されているということだけは知っておいてください」


「ああ……」


 マリベルはそう言うと黙って目を閉じてしまった。まだ『都』までは距離があるらしい、仮眠を取るのであろう。マイペースのエレーヌはすでに気持ちよさそうに夢の中である。あのよだれを拭いてあげたいのだけど……。


 俺が住んでいた山の麓の街を出て二時間くらい経っただろうか、車両が速度を落としゆっくりと停車した。休憩だろうか? 車外に出ると刈り入れの終わった田んぼが広がっている何もない場所だった。


「リクトさま。この先にある民家である人物と接触することになっています。ぜひおつき合いください。エレーヌついて来い。マリベルたち三人はここで待機、何かあった場合はマリベルが指揮を執れ」


「ふぁーい」


 エレーヌは寝癖を直しながら気の抜けた返事をする。エミリーがひと睨みするがどこ吹く風だ。ソーニャがサシャに『隊長たちが戻ってくるまでゲームしようぜ』とか言っている。この部隊は大丈夫なのだろうかと心配になる。エミリーが歩き出した先にはたしかに集落のようなものが見える。茅葺き屋根っていうのだろうか、昔話に出てきそうな古民家がある。


 そこへ向けて歩いていると、茶色い生き物がサッと走り抜けていった。イタチだ。見た目はかわいらしい小動物であるが実のところ凶暴な害獣である。捕まえて食べたことがあるが、まあまあ。野生動物に共通であるが火をしっかり通さないと菌やウィルスなど危険なものを持ってやがるので注意が必要である。エレーヌが『あっ、かわいい!』と呟くのが聞こえたので、食材として見えていた俺からのコメントは差し控えることにした。


 一際大きな家屋の前で男がこちらに手を振っているのが見えた。髪はブラウンで背は高い。三十代後半くらいだろうか雰囲気的にイタリア系の血が多いとみた。この二百年ほどで人種の交配は大きく進んでいる。この国はそもそも少子化とかで大戦前は人口減少が問題となっていた。それが戦争によりさらに加速。共和国の属国、植民地的な位置づけにあるのだが、長い歴史と未だに残る文化遺産、そしてマンガ、アニメといった文化は健在であり、多くの移民が流入した。俺のような黒髪黒目のオールドタイプのヤマト民族は貴族に多く残っている程度。しかし、貴族階級においても他国の有力な貴族家との繋がりを持ち家の存続を図ろうとする試みが進み、昔ほどオールドタイプは重要視されなくなっている。


「やあ、待ってやぜ! エミリーちゃんに、エレーヌちゃん。そして……、はじめましてだな、少年」


 俺はその声に聞き覚えがあった。

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