第6話 お風呂で緊急事態

 ぽちゃん。


 俺はいま久しぶりの風呂に浸かっている。彼女たちは俺の機嫌を損ねたと勘違いして慌てふためいていた。せっかくなのでと、俺は拗ねたフリをして仕返しをと……。結果、普段は彼女たちが使っている大浴場を貸し切りで極楽モードに突入中。いやあ、最高だ。


「こんな大量のお湯をすぐに沸かしてしまうなんて凄いな……」


 冬場になるといつも水浴びする川も凍ってしまうので、たまに祖父のためにドラム缶風呂を用意するのだけど、薪でお湯を沸かすなんて大仕事だ。今更ながら文明の偉大さに感動している。良い匂いのする石鹸やシャンプーも使わせてもらった。未開人から一歩進化できた気分である。このまま眠れる……、湯船で溺死というのも悪くないかも。そんなアホなことを考えていたら、ガララっと浴場のガラス戸がスライドした。


「うわっ!」


 マリベル、ソーニャ、エレーヌの三人が水着姿でそこに立っていた。


「リクトさまぁ、お背中流しにまいりましたぁ」


 三人とも肌の露出はそんなにない迷彩柄のワンピースタイプのお揃いの水着だった。軍の支給品にはこんなものもあるのか? 露出は少ないとはいえ、副隊長のマリベルのお胸は隊長であるエミリーのそれを大きく上回る。俺が畑で育てたスイカといい勝負だ。ちょっとヤンキー気味のソーニャのスレンダーな体型はエミリーサイズの胸を引き立てておりこれはこれこれで。天然系のエレーヌはちょっと恥ずかしそうにもじもじしていて、こっちが恥ずかしくなる。ああ、もちろん。立派なメロンって感じである。


「背中流すって……。頼んでないよ! ちょ、ちょっと!」


 迷彩柄に隠されているとはいえ、おっぱいが並んでいるのである。湯船から出るに出られない俺の状況も察してほしい。ああ、画面越しに全部見られてたんだっけか……。それでも元気に自己主張するナニを見られるわけにはいかぬのだ。どうこの緊急事態を切り抜けようかと思案し始めた瞬間、俺の視界はとてつもなく柔らかいナニカで塞がれた。


「ああ、副隊長ずるいっすよ!」


「あわわ、あわわ」


 ふたりの動揺する声が聴こえるということは、これはマリベルのスイカ……。


「ぷはっ!」


 窒息するかと思った。顔をあげるとマリベルの碧い瞳と目が合った。


「小さい頃は、こうすると喜んでいらっしゃったじゃありませんかぁ」


 俺の顔はきっと真っ赤になっているはずだ。だが、小さい頃? ああ、そういえば……。年は3つほどしか変わらないはずなのに、女子の成長はなぜこんなに早い?


「そうそう、一緒にお風呂でお湯かけあったりしたっすねぇ」


「わ、わたしもリクトさまとお湯の中でどこまで息をとめていられるか競いましたよ」


「エレーヌ、ソーニャ。そういえば昔、リクトさまが私たちを『ちっぱい』呼ばわりしたこと覚えてる? いまがその恨みを果たすときよ!」


 えっ、いや。たしかに俺が幼い頃彼女たち、ここにいないエミリーとサシャもだったけど、ひとり寛ぐ風呂場に突入されたことがあったわ。ああ、そのときは母さんのと比べてぺたんこだねって言ったかも……。断じてちっぱいなどというワードは使用していない、はず。


「ぬおっ!?」


 そして俺はいろんなおっぱいの追撃を受けたのだった。なすすべもない俺は彼女たちに湯船から引きずり出される。そして身体の隅々まで念入りに洗われるのだった。



「で、貴様らどう申し開きをするのだ」


 俺の前には仁王立ちのエミリー隊長。部屋の隅ではこちらの様子を見ながらサシャがノートPCを前にカチャカチャと。隊長さまの前に並ぶのは正座するあの三人。もう水着ではなく部屋着なのだろうスウェット姿である。おそろいのピンクがかわいい。ほぼ賢者モードの俺はひとりソファに深く座り、その様子をぼんやりと眺めている。


 そりゃ、いたいけな男子の入浴を襲撃したのだ。お説教くらい受けてもらわねば。


「隊長……、申し訳ありません。リクトさまの実物が風呂場にいらっしゃるとなれば、私たちも我慢できず……。抜け駆けと思われても仕方ないのです。まず隊長に声を掛けるべきでした……」


「そうっすよねぇ。オレはそうするべきだって言ったんだけどさぁ。マリベルが隊長はほっとけっていうからさぁ」


「あっ、ソーニャ、裏切るのあなた!?」


「ふぁ~っ、眠いのです。脚もいたいのですぅ」


 エミリーの握る拳がふるふると震えている。この三人の反省の感じられない態度に、大きなカミナリが落ちるのか? サシャのキーボードを打つ手も止まった。


「わ、私は悲しい! 男っ気のないこの場所で過ごしたこの四年間、唯一の癒やしはリクトさまをあなたたちと共に愛でること……。それなのに。ああ、私も一緒にお風呂に入りたかった」


 その場に崩れ落ちるエミリー。そして、すっと傍らに立ったサシャが優しくその肩に手を置く。


 おい、何なの? それって……。


「いいじゃん、隊長。明日一緒に入れば。なあ、サシャも」


 ソーニャの一言にゆっくりと首を振るサシャ。


「何を言っているのかしら。先ほど上から帰還命令が出たのよ。いまから1時間後ここを爆破の上、リクトさまを連れて至急『都』へ撤収するわ」


「はっ!?」


 彼女たちよりも先に俺の変な声が出た。


「お風呂が……」


 エミリーがそう小さく呟くのが聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る