第5話 お誕生日おめでとう!
鉄の扉にエミリーが薄いカードキーのようなものを差し込み解錠する。扉がゆっくりと真ん中から左右に開いていく。
パン、パン、パーン! という軽い破裂音。
俺は一瞬身構えたが、宙を舞うのは色とりどりの紙吹雪と紙テープ。パーティクラッカーだった。
「お誕生日、おめでとうございまーす!」
軍服を着ているが、みんな見覚えがある。マリベル、ソーニャ、エレーヌ、サシャ。彼女たちは俺が幼い頃お屋敷で働いていた人たちだ。皆、エミリーと同い年だったはずだ。
「あ、あの……。これは……」
満面の笑みの女性たちに歓迎されているのだが、状況が理解できず固まったままの俺。
「さあ、さあ」
マリベルに手をひかれテーブル席に座らされる。その上には大きな誕生日ケーキ。黒いチョコレートのプレートには『リクトくん十四さいお誕生日おめでとう』の文字。落ち着いてまわりを見ると機械類やモニターが並び、普段は何らかの仕事、研究とか調査であろうかそういったことをしていそうな大部屋だった。
「リクトさま、皆のことを覚えていらっしゃいますか?」
「うん……」
エミリーに尋ねられ、俺はひとりひとりの名前を言っていく。みんな嬉しそうに頷いていた。サシャによって手際よく十四本の小さなロウソクが立てられ、ソーニャが銀色のライターで火をつけていく。エレーヌが唄い出すとパッピーバースデーの大合唱が始まる。そして最後に俺は彼女たちから吹き消すよう促される。
「あっ、はい」
大きく俺は息を吸い込むと、期待されているように一気に一本残らず吹き消してみせた。
「おめでとう!」
みんなが拍手している。
ああ、こんなの久しぶりだ。祖父とのこの四年間の生活で誕生日を祝うことなんて無かった。正直、今日の誕生日も忘れていた。新年を迎えるたびにひとつ年を重ねたんだとかって祖父とやっていた。
「エミリー、えっと……」
俺はニコニコ顔の彼女を見る。
「そうですね。どこからお話すればよいのでしょうか」
彼女は立ち上がるとケーキを切り分け、小皿の上に乗せていく。このケーキは自分たちで作ったものなんだと教えてくれる。口に運ぶと本当に久しぶりの砂糖の甘味が口いっぱいに広がった。俺がおいしいと一言いっただけで彼女たちは歓喜し、自分たちでも食べ始めた。女子たちのあーだこーだの会話が盛り上がる中、エミリーから衝撃の事実が伝えられる。
「えっ、ええ!?」
思わず声が出た。みんな会話をやめて俺を見ている。実は俺が祖父に連れられてこの山に越してきたときから、彼女たちはこの場所で俺のことをずっと監視、いや、エミリーによれば見守りを続けていたというのだ。よくよく部屋の隅に並んでいるモニターに映っているのは、俺の住んでいる小屋、それに俺の部屋だった。
「どうしてそんなこと……」
「この服装をご覧になってお分かりだと思いますが、私達は軍人。ある特務機関に属しています。実はあのお屋敷でメイドとして従事していたときもです」
「軍人だって!?」
まったく俺は気づいてはいなかった。もちろん当時十歳だったちびっ子に分かるはずもないのだけど。
「お祖父様が軍に所属されていたことはご存知ですね?」
「うん。なんか昔、大きな戦果をあげたとかで……。聞いても昔のことはほとんど教えてくれなかったし、こっちきてからもその話題は避けていた気がする。えっと、爺ちゃんの?」
「はい。詳しくは申し上げられませんが、私達はお祖父様の直属の部下であります。主な任務は別にあるのですが、それと併せてリクトさまの護衛を」
「護衛……? いや、それより爺ちゃんは? 軍は辞めたって聞いてたし、ああ、いろいろ聞きたいことがありすぎる!」
エミリーは静かに頷く。
「そうでしょう。リクトさまに秘密でこのような『見守り任務』を続けていたこと、本当に心苦しく思っております。ですが、上官の命令は絶対であるのが軍人。どうかお許しを。お祖父様は現在別の場所におられます。今後のリクトさまの行動につきましても指示を受けております」
「ああ、良かった。無事なんだね。俺には難しいことは分からないけど、爺ちゃんが何か考えてるんならそれに従うよ。ずっとそうしてきたし……」
「そうですか。そう言っていただけると私も……」
「ねえ、聞きたいんだけどさ」
俺はエミリーの言葉を遮ってでも確認したいことがあった。
「はい。なんでございましょう、リクトさま?」
「あの画面に俺の部屋が映ってるんだけど、もしかして四六時中あれで観てたの?」
俺は複数並ぶモニターの中でも、俺の部屋に割り当てられている画面の多いことに気づいていた。どこにそんなカメラがあったのか、俺の部屋のすみずみまで確認できるようになっていた。さらに言えば俺のベッドは特にさまざまな角度から映し出されていた。
「ええ、私達の『見守り』は、リクトさまにたいしてのもでありますれば……」
「ううっ……。もしかしてだけど……、俺のひとりの営みも……?」
たぶん俺の顔は真っ赤になっている、すごい熱を自分でも感じる。このお姉ちゃんたちを直視できず俯きながら尋ねた。
「ああ……。アレですね。ナニをナニする……」
ちょっと上目遣いで確認するとエミリーの頬も赤く染まっていた。
「そ、そんな言い方……って」
「いえ、リクトさまへの『見守り』はどんなことも見逃すまいと。当然、日々成長されていくお姿は私達にとっても、ご、ごちそう、い、いや喜ばしきことであると。全員で……」
「うわぁああああーーーーっ!」
俺はその場で絶叫したのだった。
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