第4話 秘密の通路?
「爺ちゃんが、こっちには食べられそうなものは無いし、毒蛇が出るって脅かしてたけど……。この場所を俺から隠すためだったのか?」
今更だが、祖父の言うことは間違いないって俺は盲目的に信じていた。特にショックというわけでもないが、あの祖父が嘘をつくということが少し意外だった。そりゃ、人間だし俺に言えないことのひとつやふたつあるのだろう。あの堅物の祖父の隠し事とかとても気になる。この先にそんな祖父の秘密でも封印されてたら面白いのに。
近づいてみるとそれは自然にできたものではないことが分かる。何かの掘削機械でくり抜いたのだろうか、左右の定規で引いたような直線と上部がコンパスで描いたような曲線の人工的な穴であった。中に入るとひんやりとした空気。天井も壁も床も白いコンクリートで綺麗に塗り固められている。何かの施設跡なのだろうか、俺は持ってきた懐中電灯で足元を照らしながら進む。こんな人工的な場所にクマなんかが巣を作ることはないだろうが、念の為慎重にまわりを確認していく。
「コウモリとかいてもよさそうなのにな……」
妙なことに野生動物の痕跡は一切なかった。放置された廃墟というより今でも誰かが使っていそうな雰囲気まである。
「いやいや、俺が爺ちゃんとここに来て4年。他の人間なんてこの間の兵士や棺の女の子が初めてだ」
ふと、あの少女の裸体が頭に浮かんだ。今思えばあの子は眠っているように見えた。きっと生きていたはずだ。もっと身体の隅々までよく見ておけばよかったと後悔する。あのときは不思議な熱に浮かされていたような感じで、俺が俺で無かったように思える。それに剣に突き刺される幻覚までみたし……。やっぱり、女子の裸なんてものを前にして興奮が突き抜けたんだろうな。ああ、もったいない。ん? というかあの子、軍に攫われちゃったんじゃないのか? 何やってんだ俺。物語に登場する主人公だったら見事お姫様を救い出すって場面だろうに……。ああ、つくづく俺って凡人だわ。中に潜んでいるかもしれない野生動物のことなんて忘れて、そのまま俺は必死にあのときの女の子の裸体を思い出そうとしていたが、そうすればそうするほど記憶は曖昧なものになっていった。
気づくと目の前に金属製の扉があった。なんの装飾もないどこにでもありそうな鉄の扉だった。だがドアノブはない。押したり、横にスライドさせようとしてみるがビクともしなかった。よく見ると薄く平べったいものを差し込むような穴があった。もしかしてこれかと祖父の鍵を鍵穴に差し込もうとするが全くカタチも大きさも違っていた。懐中電灯でさらに扉の周辺を照らしてみると、脇に白いスイッチがあった。どこにでもある電化製品についていそうなスイッチだ。俺は何も考えずにそれを人差し指で押す。
「うわっ!」
明るくなった。ただそれだけだった。だがどういう仕組なのだろうか電灯もないのに通路全体が明るくなった。よく見てみると天井の材質は壁と床とは違っているようだ。だが、それがどういうものなのか俺には見当もつかなかった。
再び扉を凝視して何か無いのかしばらく確認してみた。
「アア、何テコッタ。コレデハ、先二、進メナイジャ、無イカー?」
そのとき俺は棒読み口調で声をあげる。
背後に人の気配を感じたのだ。振り返らず相手の動きを耳で探る。
地面を擦る靴裏の音を拾う。左脚に重心か、これは回し蹴り。
俺は沈み込んで回避。
「!?」
予測的中! 頭上を風を切る鋭い蹴りが通過した。俺は左足に体重を乗せ逆の右脚を後方に一気に蹴り出す。
「躱された?」
振り返った先には軍服を着た兵士。これは将校クラスか? サングラスで表情はよくわからない。あのときの連中がまた来たのか?
「……」
対人戦闘術は当然身につけているということか……。この軍人は両手を前に出して構えをとり小刻みなステップ。これはおそらく『カラテ』だ。それならと俺も応じる。祖父から対人の戦い方はさまざま叩き込まれている。体格差はそれほど無いが、その長い手足から繰り出される技は正確で速い。かなり闘い慣れているようだ。軍隊格闘術は投げ技や関節技もあり、油断はできない。だからこそのこれなら。
俺は何度か見せた中段回し蹴りのモーションに入る。ここまでこいつは好戦的で前に出ていた。軍人はそのまま腕をクロスし受けながら踏み込んできた。だが俺の蹴りは相手の予測をはずし、一瞬で軌道が変化する。上段に振り上げられた俺の右足が無防備な相手の顔面に襲いかかる。
「!?」
なんだと? これに反応するのか。
俺の振り下ろした足はわずかに軍人のサングラスを掠め、それを弾き飛ばしただけだった。
「ふっふっ、これは『かかと落とし』。知らなければ喰らっていましたよ」
女? 女の声だった。俯いたままそう言う彼女の表情は見えないが、なぜか笑っていた。戦闘狂か……。この技は祖父によればこの時代もう滅多に見なくなった古い技。まさか対応して、さらにその名も知っていようとは。これは俺が考えていた以上の難敵。
「くっ……」
俺は警戒を最大に引き上げる。
「よくぞここまで……。立派に成長なさいましたね、リクトさま」
「なんだと?」
女は顔を上げ、士官帽を脱ぐとその長い金髪が肩に流れ落ちる。そんな……。
「リクトさま。いかがなされたのですか? 今日はお誕生日ですよ。もっと笑顔でお願いいたします」
エミリーだ。俺の専属メイドとしてずっと側にいてくれた、ほとんど俺の中では姉のような存在だったエミリーが、目の前に立っていた。
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