第3話 白い封筒

 数日、山の中を捜索してまわったが祖父は見つからなかった。


「ひとりだと暇だ……」


 話し相手がいないと言葉を忘れてしまうんじゃないかと不安になり、つい独り言が多くなる。もう外に出る気力もなく今日は朝から小屋に引き籠もっている。空気の匂いと雲の流れから予想していたとおり、窓の外では雨が降り始めたようだ。その雨音もはっきり聴こえるようになってきた。することもなく、昼間なのに俺はベッドに横になると、すぐに意識は途切れた。



 ■□■□■□■□■


 

 お屋敷の中はたくさんの人たちの明るい声で満たされていた。大部屋の壁や天井には普段みない派手な飾りつけ。なんかキラキラしてる。


「リクトさま。いかがなされたのですか? 今日はお誕生日ですよ。もっと笑顔でお願いいたします」


 後ろから声をかけられ、振り向くとメイド服を着た女の子の微笑み。ああ、エミリーだ。


「ご、ごめんなさい。ちょっとぼうっとしちゃって……。ボク、何考えてたんだろ? 思い出せないや」


 そうだ。今日はボクの十歳の誕生日。ずっと前から楽しみにしてたのに忘れるなんてどうかしてる。


「お誕生日、おめでとうリクト」


「お母さま、ありがとうございます!」


 美しい自慢の母から小さな細長い包みを渡される。開けてみるとずっと欲しいとボクが思っていた万年筆だった。名前も刻印されている。母に感謝を伝える。


「おめでとうリクト」


「お父さまも、ありがとうございます!」


 父からのは大きさは変わらないがちょっとだけ重量感がある。中には金の懐中時計があった。これもボクが望んでいたものだ。父も母もどうしてボクの欲しかったものが分かるのだろうか。笑顔で感謝の言葉を伝えると、部屋の中に集まった人たちから盛大な拍手が湧き起こる。みんなお屋敷で働いている大好きなひとたちだ。ボクの心は温かいものでいっぱいに満たされていく。


「り、リクトさま。私からのプレゼントも受け取ってくださいまし」


 目の前にブロンドの長い髪の女の子が立っていた。彼女は……、ニーナだ。大切な許婚いいなづけの名前がすぐに出てこないなんて、ほんと今日のボクはどうかしている。同い年の彼女とは5年後の十五歳になったら籍を入れることになっている。彼女の家はもともと北の大国の貴族家で数年前にこの極東の島国へ移ってきた。政治的なことはボクは詳しくはないが、両親が言うには大切な人たちだということだ。彼女とは去年初めて会って国の行事なんかで年に数回しか顔を合わせることはないが、ボクとしては彼女を気に入っている。


「ありがとう! なんだろう?」


「わ、わたしとお揃いなのです……」


 開けてみるとネックレスだった。彼女によるとペアネックレスで、そこにはめ込まれている綺麗な黒い石はブラックオニキス。悪いものからボクを守ってくれるという効果があるということだ。ボクの黒髪と瞳の色に合わせて彼女が選んでくれたという。


「ありがとう、ニーナ。うれしいよ」


 彼女がボクにネックレスをつけてくれる。顔が近い。甘い香りと、触れてもいないのに彼女の熱い体温が頬に伝わってくる気がした。つけてもらうとボクと彼女はみんなのほうを向く。すると今日一番の大きな拍手の音で部屋は包まれた。


 

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「ん? なんだ夢か……」


 俺は大きく伸びをしてベッドから起き上がる。外の雨はもう止んでしまったようだ。でも、昔の夢なんて見たのはひさしぶりだ。あのころはたくさんの人に囲まれて……。ああ、やっぱ俺さみしいのかも……。


「そうだ。爺ちゃんが、言ってたっけ……。もし、自分に何かあったらって」


 高齢の祖父が自分の死んでしまった後のことを心配するのは俺でも理解してはいたが、そんな話は聞きたくなかったのでいつも適当に流していた。そもそも祖父は死んだわけでもなく、ただ、どこかに行ってしまっただけだ。そう俺は信じている。


「まっ、確認するだけしとくか」


 俺は誰もいない祖父の部屋に入る。そしてぎっしり本の詰まった棚へと移動し、その中から分厚い百科事典を取り出す。たしかここに挟んであったはず……。それを下に向けて開くと白い封筒が床に落ちる。


「遺書とかだったら嫌だな……」


 俺はそれを拾い上げて開封する。入っていたのはこの周辺の手書きの地図と金属製の鍵のようなものだった。鍵のようなというのは、それが黒い金属の平らな棒状のもので、複雑な幾何学模様のようなものが表面に浮かんでいる。先の方はギザギザとした切れ込みがあって、それが鍵だろうと思ったからだ。地図には赤でバツ印が書き込まれている。ここに行けということなのだろうか?


「雨も止んだみたいだし、外の空気でも吸うか」


 俺はそれらを手に外に出る。もう夕暮れのようで空の雲の多くは流れてしまったようだ。西の山に日が沈んでいくのが見える。懐中電灯を取りに再び小屋の中へ戻ってから俺は目的の場所へ向けて出発する。そんな遠くではない。自給のために作った畑のさらにその先、なにもないので滅多に行くことのない谷のほうに、バツ印の場所がある。


「脚が悪いのによくもまあこんなところまで……」


 藪を掻き分け前進する。祖父がたまにひとりで出かけることは知っていたが、さすがにこの場所は無理じゃないだろうか。そんなことを思いながら苦労しながら進むと、やっと開けた場所に出る。もうあたりは真っ暗になっていたが、空に顔を出した月のあかりに照らし出されていたのは、岩壁にぽっかりと空いた洞窟であった。

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