第11話 基地にて うぇーい!
俺達の車両は壁沿いの舗装された広い道路を進んでいるようだった。小窓から見えるわずかな景色から見える巨大な建造物群。庶民の住む世界とはまったく別の異世界のように俺の目には映る。そんな未来的な都市の方へは向かっていないようである。
「まずは国防軍本部基地に向かいます」
さっきまでエレーヌとはしゃいでいたマリベルがすました顔でそう伝える。エレーヌはそんなマリベルに寄りかかって寝ている。よく寝るお姉ちゃんだ。
「リクトさまは首からこれをおかけください」
サシャから渡されたのは赤い紐に繋がれ『VISITOR』と大きく印刷されたカード。その上には
そんなこともあってか、反抗するレジスタンスたちが使う印は日の丸であり、賛同する市民たちによるあの防御壁への落書きが絶えない。俺も壁をブラシで
「到着しましたね」
サシャの声にエレーヌが目を覚まし、きょろきょろしている。
装甲車を降りると、この場所が広大な敷地にあることが分かる。遠くには滑走路があり、いま戦闘機が三機、順に空へと離陸していくのが見えた。あれは別名イーグル。かつての大国アメリカで使われていた機体をベースに、内部は大きく改良されてはいるがそのフォルムを昔のまま継承している。それを駆るパイロットたち、イーグルドライバーと呼ばれる彼らの優秀さを祖父がよく語っていたのを思い出す。
車両を移動しにいっていたエミリーとソーニャが戻ってきた。
「ボスから連絡がありました。しばらくは『都』の散策でもしていろとのことです」
散策でもしてろって。
「爺ちゃんには会えないんだ……」
「ええ、ちょうど忙しい時期に入っていますから……。でも、街の案内は私たちにお任せくださいね!」
俺ががっかりしたと思ったのだろう、エミリーは陽気にそう言った。
「ひっさしぶりの『都』だぜ! うぇーい!」
「ソーニャは5日前に休暇をとってこっちに帰ってきてるじゃない。ひさしぶりは大げさだわ」
ソーニャにツッコミをいれるサシャ。そう、彼女たちは俺の監視のためにあの施設に四年間缶詰めというわけではなかったのである。それを車内でマリベルから聞いた時はホッとした。彼女たちの貴重な時間を俺なんかの観察に費やしてほしくはなかったから。きっと美人ぞろいのこの小隊である、軍人に限らずとも多くの男性から声も掛かることだろう。あのお屋敷の時代、彼女たちは俺のそばにいつもいた。その当時、自分も彼女たちと一緒になる未来もあると両親から教えられてはいたが、許婚のニーナもいたし、実の姉たちのように接してきたのでそれは現実味がなかった。
明治時代に廃止された一夫多妻制も大戦による男子の大幅な減少により戦後復活した。実質は裕福な貴族に限られるものであったが、法律自体は二百年経った今でも変更はない。そんな知識も持ってはいたのだが、彼女たちがいつかはお嫁にいっちゃうんだと切ない気持ちになったのも事実としてあった。
「何言ってるっすか? 今回は連休! それもリクトさまとのデートつきだぜ、これを喜ばずにいられるかよ!」
「そ、それもそうね……」
いつも理知的でクールな印象のサシャがちょっと上目遣いで俺のほうを見た気がした。ちょっとドキッとした。
基地内のフードコートで俺は待たされることになった。何でも彼女たちの住居もこの基地内にあるらしく着替えてくるらしい。待っている間、胸にぶらさがるビジターカードを見て声を掛けてくれる兵士たちもいた。基地外に暮らす家族なんかも身元さえ証明できれば気軽に出入りできるようなので、そんな子どもだと思われたらしい。初めは身構えて緊張もしたが何度もそんなことがあると、思っていたより国の兵士たちは普通の人たちだということに気づき、正直拍子抜けした。
「お待たせいたしました。リクトさま」
振り返ると清楚な感じの白のワンピース姿のエミリーがいた。マリベルとエレーヌはもう随分肌寒い日もあるというのに、長袖だが胸元の部分だけ大胆に開いている赤とベージュの色違いのニットに短めのスカート。サシャとソーニャは上下黒で揃えてきた。サシャが大人な感じのレースワンピースで、ソーニャはライダースジャケットにレザーのミニスカート。ソーニャがスカートで登場したことに俺は一番驚いた。いや、お屋敷時代は髪も長くメイド服にスカートだったのだけど……。いまの彼女はボーイッシュな感じだったので意外だった。
「リクトさま、なんっすか? す、スカートが変なのでしょう……か……」
語尾が小さく聞き取れない。どうしたソーニャ?
「ううん、似合ってるし可愛いよ」
「ひゃぅ!」
彼女はサシャの後ろに隠れてしまった。どうしたソーニャ?
「では、参りましょうか?」
どこぞのお嬢様にしか見えないエミリーの先導で俺達は基地を出たのだった。
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