第12話 老女2
私は雲ひとつない青い空を見上げた。赤い砂の大地に小さな日陰を作り、その下で暫しの休息を取る。荒れた手を飾るのは一時大地に突き刺した杭に張った糸だけ。一族の価値ある装飾品は娘たちに譲ってしまった。
それでももっとも価値があるものは私の心臓の隣に収まっている。
連れてきたラクダは一本の木に布を被せただけの革の天幕の傍で口の周りを長い舌で舐めていた。
大地に杭を突き刺し、薔薇色と柑橘の色を合わせ、心ゆくまで意匠を編む。黄などの色とりどりの羊毛の糸を渡すうちかなり大きくなってしまった。
すでに天幕の下を覆っている。しかし、それでも1人の女の秘密を編み込むには物足らなかった。
ラクダで奥地の砂漠を渡らせることができるのは私の一族しかいないだろう。あの子、一番目の息子もまだ若々しかったとき、この大地にはまだ一族はそう多くはなかった。
あの奇妙な客人の姿が目に浮かぶ。水が入った壺を抱えた背の低い少年とその傍らにいた奇妙な布で顔を覆った青年、あとでえらい魔術師だと知った。
手がなかなか手に入らぬ青の染料で染めた糸を“彼“、魔術師を示すマークに編み込んだ。あの青い瞳、あれを思い出すために天国にある色を入れたい。
誰にとっても貴重な水を惜しげもなく与えた魔術師。蒔いた水が自ら器に戻ると言うのだった。不思議なそれでいて自信の無い優しい言葉遣い。砂漠に来る前に海を見たことがあった。魔術師はあの遠い水平線の向こうから来たのだろうか。
虹が登り、全てが混乱したあの日のことを思い出す。いや、一度忘れたのだが、その前に織り上げていた敷物を見るうちに思い出したのだ。でも誰一人思い出さなかった。
だから、せめてその後に聞いた話をこの織物に織り込んでいる。
この年で一人で砂漠に渡る、とひ孫すらも私を恐れている。さらに驚かすのも面白い。そんなことを考えて、少し愉快になって魔術師とその弟子の目を結んだ。
文体の舵を取れ 練習編 あまるん @Amarain
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