第11話 老女
雲ひとつない青空の下、赤い砂の大地に小さな日陰があった。一本の木に布を被せただけの遊牧民の天幕である。
その下ではラクダと老女が太陽が傾くまで一休みをしていた。老女は大地に杭を突き刺し、薔薇色と柑橘の色を中心に黄などの色とりどりの羊毛の糸を渡している。かなりの大作とみえて、天幕の下を覆っている。
織り目に彼女は様々な秘密を編み込んでいた。
ラクダで奥地の砂漠を渡らせることができるのは彼女の一族を置いて存在しない。彼女もその一番目の息子もまだ若々しかった頃のこの大地にはまだ砂漠の民はそう多くはなかった。
あの奇妙な客人の姿が目に浮かぶ。水が入った壺を抱えた背の低い少年とその傍らにいた奇妙な布で顔を覆った魔術師の姿を。
老女の手は貴重な青の糸を魔術師を示すマークに編み込んだ。あの青い瞳、天国にある色を入れたいと思ったのだ。
誰にとっても貴重な水を惜しげもなく与えた魔術師。蒔いた水が自ら器に戻ると言うのだった。不思議なそれでいて自信の無い言葉遣い。砂漠に来る前に海を彼女は見たことがあった。魔術師はあの遠い水平線の向こうから来たのだろうか。
虹が登り、全てが混乱したあの日のことを彼女だけは覚えていた。いや、一度忘れたのだが、その前に織り上げていた敷物を見るうちに思い出したのだ。
その後に聞いた話を彼女はこの織物に織り込んでいた。この年で一人で砂漠に渡る彼女をひ孫すらも恐れている。手を動かしながら彼女は魔術師とその弟子の目を結んだ。
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