第6話 1ページの語りを七百文字に達するまで一文で

 失われた半身を探すこと、それはすなわちたび重なる失意の中紡ぎ続ける思いを秋の穏やかな日差しに照らすこと−−−、緑金の葉が舞い散るポプラに似た枝の下で淡い木漏れ日を受けて立つ巫女の長たる輝かしき方、その黒髪を腰まで垂らし、黒い上衣を羽織った様子は楚々として、周囲を取り囲む雑踏、つまり神殿に向かう人々の列から自然と浮き出て見え、一緒に歩む信者たちには我知らず祈るものすら現れる始末−−しかし、巫女は驕る様子もなく、旅に身を捧げる信者たちにやさしく笑みながら、神像(顔を作ることもためらう程高貴な神のその影)のならぶ神殿へと進み、その歩みに合わせて取り巻くものたちを追い越しながら北国から紛れ込んだ1人の騎士がその傍らに並ぶのを許しつつも静かな瞳で見つめるだけで、丁重な距離を取らせてしまう、しかし騎士は穏やかな聖域の湖面を思わせるその瞳を覗き込むと、地面に人が引き寄せられるように、どんな高みからも鳥が空を目指すように、その細い顎に手をかけ、その全てを自らの腕に納めたい、夜の星の光すら遮りたい、全ての傲慢な望みが湧き上がるのを感じながら、そして、同時に巫女の長のその心の些細な望み、水が砂に飲まれるほどの僅かな思いすら叶えられたらば、幸福の境地に迎えるだろうと勝手な希望が胸の中を荒れ狂うのを抑えながら、その傍で天気のことや、今日の祭事、好物、口を紡げば決して間違った望みを伝えぬように慎重に努めて穏やかにいっとき許された距離を楽しみ、巫女が周囲を見やるとポプラに似た”聖木の子ら”の枝から1人の衛士が降り立ち、巫女の長の美しい尖った耳に一言二言、囁きかけ、その直後に黒いローブを纏った少年が己の傍に立つと、巫女の長を守るように立つ衛士に場を譲り、騎士は神殿へと入る巫女の長の姿を名残を込めて見送るのだった。

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