第28話 “対”魔の剣

「ええと、鬼嶋きじま一刀流……?」


「はい。最初に確認させていただきますが、この言葉を瀬川様からお聞きしたいことはありますか?」


「ないです。初耳です」


「わかりました。ではその点を踏まえた上で、お話ししましょう」


 そうして真衣先輩はゆっくりと語り始めた。


 まずこの白鶴神社には、日本神話の英雄ヤマトタケルに関するものが祀られているらしい。私はあまり知識がないので知らなかったが、ヤマトタケルは命を落とした後に白い鳥となって天に昇ったという逸話があるそう。その白鳥が飛び立つ際に舞い落ちた数枚の羽根は風に乗って偶然この地に辿り着き、彼を偲んだ人々によってその場所に神社が立てられた。それがこの神社の成り立ちだ。ちなみに神社を建立した人々は白い鳥を鶴と解釈したため、「白鶴」神社という名前になったそうだ。


「正直な話、ヤマトタケルが亡くなったのは現在の三重県の辺りと言われておりますので、ここ東京にまで羽根が来るとは考えにくいですけどね」


「……それ、神社で働く人が言っちゃって大丈夫なんですか」


「ふふっ、失礼いたしました。とにかくこのような経緯もあり、当神社は“武の神”を祀っております。そのため当神社では近隣の道場や親交のある先生方にご依頼して、毎年九月に奉納演武をしてもらっているのです。あ、奉納演武というのは、神前で形を披露することですね」


 話を聞きながら、ふと思い出した。去年の秋頃に神社の前を通ったら、人が沢山集まっていた日があった気がする。引っ越したばかりで地域の行事とか知らなかったから、てっきりお祭りか何かだと思ってた。あれは奉納演武だったんだ。


「神社のことはよくわかりました。でも真衣先輩、それが颯太にぃの話とどう繋がるんです?」


「ご安心ください、今から繋がります。私は以前瀬川様とコラボさせていただいた時、彼の動きに既視感を覚えました。彼と良く似た剣裁きをされる方が、過去に当神社の奉納演武に参加されていたからです。気になった私は神社に保管している演武の参加者名簿や記録映像を見返し、既視感と一致する人物を見つけました。名前は“鬼嶋きじま源三郎げんざぶろう”。収めていらっしゃる流派は、鬼嶋一刀流でした」


「!!」


 ここまで話されれば、否が応でも繋がった。


「もしかして、その鬼嶋源三郎さんが?」


「はい。恐らく瀬川様に剣をお教えになられた師匠ではないかと」


 ついでに真衣先輩が、その鬼嶋源三郎さんが演武をしている映像を見せてくれる。うーん、よく分からないけど、言われてみれば颯太にぃに似た動きをしている……のかも?素人の私には判別できなかった。


「大の剣術好きで自身も居合を習っている父によれば、鬼嶋一刀流は江戸時代中期に成立した流派だそうです。ですが、その源流となる剣術は“鬼嶋家”という武家に代々伝わっていたとか」


「その鬼嶋家ってのは、何か特別な家なんですか?」


「父と私で調べられた範囲の情報しかありませんが、どうやら平安時代から続くかなり歴史のある家だったようです。元は朝廷の命を受け、鬼や怨霊などといった物の怪を退治する任を負っていたとか。そのような家において、人ならざるモノたちと戦うために生み出された剣術。鬼嶋一刀流は言わば“対”魔の剣というわけですね。剣を見るに退けるどころか“対峙”して討伐するのに長けていますから」


 まるで漫画やアニメみたいな話だ。鬼や妖怪を退治するための剣術があって、それを颯太にぃは師匠から教わってダンジョンで戦っている。言われてみれば、ダンジョンに現れるモンスターたちも、妖怪みたいなモノかもしれない。もし真衣先輩が話してくれた内容が本当だったら、颯太にぃが妙に強いのも納得だ。


「最初に申し上げた通り、これらの話はあくまで私の推測にすぎません。後は直接、瀬川様ご本人にお聞きするしかないでしょう」


「そうですね。ちなみに、鬼嶋源三郎さんは今どうされているんですか?よかったら一度会ってみたいなって」


「残念ながら、三年前に亡くなっておられます。ご家族もいらっしゃらなかったようなので、代わりにご友人方が葬儀をなされたとお聞きしました」


「そう、ですか……」


 こればっかりは仕方ない。でも、できるなら私の知らない颯太にぃの話を聞いてみたかったな。


「真衣先輩、今日は色々とお話ししてくださってありがとうございました。少しためらう気持ちもありますけど、やっぱり颯太にぃのことは確かめたい気持ちが強いです。帰ったらすぐに!ってのは無理かもですけど、できたら近いうちに本人に聞いてみようと思います」


「いえいえ。どうか気負いすぎずに、まず優里ちゃん自身の気持ちに整理をつけてみてください。その上で真相を確かめようと思えたなら、この話をしてみてください。お二人が話すきっかけくらいにはなると思いますから」


 暖かい眼差しを向けながら、優しく微笑む真衣先輩。あまりにも察しが良すぎて怯えてしまうことが多いけど、やっぱり根っこには他人を気遣う思いやりもあるのがこの人だ。私はそんな先輩にお礼を言って、社務所を出る。


 空を見上げると、顔を出したばかりの星たちが町を照らしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る