第21話 アキバに行こう
「なあ瀬川、今日の夜暇か?」
ハート型の玉子焼きに優里からの愛情を感じてニマニマしていると、隣から声をかけられた。
「夜?特にないけど」
「だったら一緒に
せっかくの金曜に飲みではなくアキバへ誘うこのオタクの名は、田中
そんな経緯もあり、予定が合えばなるべく勇の誘いには乗ってやるようにしていた。幸い優里は友達の家に泊まるらしいので、急いで家に帰る必要もない。あと、丁度俺もアキバに寄りたい店があったので、今日は勇の提案を受けることにした。
「いいよ。俺も向こうで見たい店があるし、一緒に行こうか」
「ありがとナス!おっし、これでウエハース人員確保だぜ~」
「おま、また俺を推しを当てるのに協力させる気かよ!」
前言撤回。やっぱお前はクソだわ。毎回好きなキャラを当てるためにカード付のウエハースを箱買いし、その処理を半分俺に押しつけてくるのである。しかも毎回食わされる量がえげつないおかげで、最近ウエハースが嫌いになりつつあった。何だかんだウマいから食べれてしまうけれど。
「あ、あの!私も、ご一緒していいですか!」
「「へ……?」」
勇に怒りのエルボーをお見舞いしていると、まさかの展開が起こった。攻撃していた手を止め、思わず勇と二人顔を見合わせる。突然俺たちの会話に入ってきたのは、我らが広報部のアイドル、SNS担当の
「その、いきなりごめんなさい。お二人が秋葉原に行くと聞こえたのでつい……」
勢いで話しかけてしまったのか、どこか気恥ずかしそうに視線を左右にウロウロと泳がせる日向さん。困惑している子犬みたいで可愛らしい様子ではあるが、このまま観察してるわけにもいかないので助け船を出してやる。
「あー。その、何だ。日向さんもどこか行きたい店があるとか?」
「そそ、そうです!その通りなんですけど、ちょっぴり一人では行きづらい場所でして。よければお二人どちらかにでも一緒に行ってもらえたらなーと」
「なるほど。俺は別に構わないけど、勇?」
「ファッ!?お、俺も大丈夫だよぉ?」
なんだその反応。インコみたいな鳴き声したぞお前。まぁ、とりあえず発起人の承認も得られたので、今日の夜は三人でアキバに行くことに決定した。
***
無事に午後の業務を終えてオフィスを出た後。十数分ほど電車に乗り、あっという間に秋葉原駅に到着した。ホームを降りて電気街口の改札を抜けると、大音量の広告と何処ぞのキャラクターたちに彩られた駅ビルが俺たちを出迎える。ふと視線を右にやれば、ラジ館の建物がドンと待ち構えていた。細かい所は知らんが、パッと見はいつ来ても変わらないなココは。
「すまん。先にどうしても確保しておきたいものがあるから、少し待っててくれないか?」
「いいよ。俺たちはこの辺で時間潰しておくから」
「気にせず行ってきてください」
俺と日向さんが促すと、勇は元気にサムズアップを決めてお目当ての店に入っていった。
「とりあえず、そこの駅ビルでも覗いてみようか」
「そうですね」
軽く相談し、二人で近くの駅ビルに立ち寄る。中には意外とオシャレなケーキ屋さんが入っており、興味半分でショーケースを眺めてみた。へぇ、オススメはレアチーズケーキか。美味しそうだな。優里へのお土産で買って帰るのもアリかも。
「あ、でもこっちのエッグタルトも良いな。日向さんはどっちが良いと思う?」
「へ?わ、私は、こっちのチョコケーキも食べてみたいですね」
「チョコケーキか!確かにそれも捨てがたいけど、夏場だからなぁ」
「ふふっ。先輩、本当に優里さんのことが好きなんですね」
日向さんがこっちを生暖かい目で見つめてくる。そ、そんなに顔に出ていたかな……?まるで子供を見守る母親のような視線を送られると、さすがにこっちも照れくさくなってくる。
「ま、まぁね。そういえば確か、日向さんもお姉さんがいたよね?」
「はい。今はOLやってますけど、昔はそこそこ有力なパーティーに所属する探索者でした。そんな姉に憧れて、私も探索者免許を取得しようとしたんですけど……」
どこか寂しげな表情で、日向さんは語る。
「第二段階の迷宮実習で怖くなってしまって。一応免許は取れましたけど、結局実習以外一度もダンジョンに入れないまま来てしまいました」
探索者免許を取得する講習には、複数人で実際にダンジョンに入って行う“迷宮実習”というものがある。自動車免許でいう複数教習のような位置付けだ。実習ではそれほど強くはないが本物のモンスターとも戦うので、そこで恐怖を覚えてしまい、免許の取得を断念。もしくは頑張って取得しても“
「そのくせ、未だに探索者への憧れは消えなくて。今は探索者用の装備を販売している店に入り浸って、気分だけ味わっていたりします。今日同行をお願いした店も、そんな私を満足させてくれそうだと思ったんです。変、ですよね」
まぁ、確かにダンジョンに入りもしないクセに、装備なんかみて何がいいの?と端から見ていれば感じる人もいるかもな。
「でも、それってそんなに気にする事かな。免許持ってるのに全然運転しない。だけど車自体は大好きで、ディーラーに行くのが楽しいって人もいると思う」
「そうなんですけど、何と言いますか。アキバに来ておいて今更ですけど、ホントに探索者として活躍してる先輩に対して、私の“お遊び”に付き合わせるのは失礼かもなと……」
なんだそういう事か。普段会社ではいつも笑顔で明るい印象しかなかったけど、実は真面目――いや、生真面目な人なんだな。たぶん日向さんは探索者への憧れが強すぎて、色々と深刻に考えすぎなだけだ。少なくとも俺は気にしないし、そもそも人の趣味嗜好に他人がとやかく言うものでもない。ペーパーだろうとなんだろうと、見たきゃ店くらい好きに覗けばいいんだ。俺は率直な気持ちを日向さんに伝えた。
「それに、日向さん話を聞いて確信したこともある」
「確信?」
頭の中には一つの店舗、というより“地下街”が浮かんでいた。探索者の空気を味わうなら、ある意味あそこ以上に最適な場所はないと断言できる。
「うん。日向さんが行きたいお店と俺が寄りたかった店、きっと同じだ。よく知ってる場所だから、よかったら案内するよ」
勇に当てられたわけじゃないが、俺も満面の笑みでサムズアップしてみせた。
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