第20話 最後の務め

 祠に勾玉を供えた直後、そこから天に昇るように放たれた光。淡く、儚げな青白い輝きはモンスターを優しく包み込み、一瞬にして動きを停止させました。


《動きが止まった……?》

《祠から出た光の効果かな》

《てか何かモンスター縮んでね?》


 コメントでもお気づきの方がいらしたように、モンスターが光のベールに包まれたまま、少しずつ体を縮ませていきます。どうやら封印、もしくは無力化は成功みたいですね。小さくなっていきながら、這い出てきた場所である地面の裂け目の中へと消えていきます。

 

 正確にはシダー・オクトパスに顔はありません。ですが、丸々とした頭部に表れた表情の如き“それ”は、憑き物が落ちたかのように穏やかでした。


「どうか、安らかに」


 と、いけない。わたくしとしたことが、配信中だというのに気を抜いてしまいました。巫女として――いや、御社琴音おやしろことねとしての仕事はまだ終わっていません。最後の務めを果たすためにも、先にもう一度祠の様子を確認します。


「やはり……」


 あくまで推測。ですが、魔力の痕跡等を見る限り、元々祠に施されていたはずの魔力障壁が確実にいます。この事は後で管理局に報告して、本格的な原因を探るのはあちらに任せましょう。とりあえず今は、応急処置だけ施しておかなくては。


「……これで良し」


 簡易的ではありますが、魔力による結界を張っておきました。現時点ではこれで十分でしょう。重要なのは次です。こちらは簡易的には済ませられません。ニキ様にもご協力をお願いしなければならないので、ひとまず彼と合流しました。


「ニキ様。モンスターを引き付けてくださり、ありがとうございました」


「いえいえ。それより、まだ俺たちにはやるべき事がありますよね」


「はい、その通りでございます。ニキ様。お疲れ様のところ申し訳ありませんが、最後にもう一仕事、お願いできますでしょうか」


「もちろんです!」


 きっと疲労困憊なはずなのに、目の前にいるニキ様は眩しいくらいの笑顔を見せてくださいます。それにつられて、私も思わず笑みをこぼしてしまいました。なるほど。日頃Ayuちゃんがニキ様大好きアピールを沢山してくださいますが、その理由がわかった気が致しました。


「ありがとうございます。では、手を」


「手?こうですか?」


 少し困惑しながらも、私に両手を差し出してくださるニキ様。ゴツゴツとした剣士の手を労わるように、私の手を重ね合わせます。


《なあああああああああ!?》

《ててて、手つなぎだとォ!!!》

《落ち着け。ニキの魔力を貰うためにしただけだろ》

《それでもワイは悔しい》

《[¥500]自分、泣いていいですか》

《おいニキ、そこ代われ》

《おい琴音、そこ代われ》

《じゃあボクは二人の間に挟まりますね》

《色んな願望のヤツがいて草》

《リスナーは今、三勢力に分かれ争っていた》


 何やら一部リスナーの方からの悲鳴が聴こえた気も致しますが、今はスルーさせていただきましょう。


「今の私の残存魔力量では、予定していた魔法を発動できません。ですので、ニキ様の魔力を少し、分けていただきますね」


「構いません。存分にやっちゃってください!」


 お墨付きも得た所で、私は彼の魔力も貰い魔法を発動させる準備に入る。


「闇夜を照らせし星々よ、光に宿りし夫婦めおとの神々よ――」


 私たちの頭上に五芒星を模した魔法陣が出現し、周囲を覆うように輪を広げていきます。


双界そうかいを隔て、両者に安寧と祝福を与えたまえ。【天ノ川あまのがわ】」


 詠唱の終わりに合わせ霧散する魔法陣。その残滓が無数の綺羅星となって、ダンジョンを星空へと変えていきます。


《おぉ》

《やっぱり綺麗だなぁこの魔法》

《何度見ても感動するわ》


 迷宮中で輝いた魔力の星々。彼らは最後に導かれるよう集まり、大きな大きな光の帯を形成します。照明が少ないこの最終地点では、より明瞭に見える私の天の川。光の帯は吸い付くようにダンジョンの壁面へと消えていきました。


「世の中では、“境”を無くしていくことがとされる機会が多くあります。ですが、“人”と“魔”。現代では人とモンスターとも言い換えられますが、“世界”が違うモノ同士の場合は、時に境界を設けること。そして、互いにそれを侵さないことで、両者に安らぎをもたらすこともあるのです。ニキ様と視聴者の方は、ぜひこの事を頭の片隅に置いておいていただけたらと存じます」


 事前の打ち合わせでは言う予定の無かったセリフ。というよりアドリブです。ですが、今日のような事件があったからこそ、皆さまには伝えておかなければと思い、言葉に出してしまいました。当然横で目を丸くされていたニキ様でしたが、最後には深く頷いてくださいました。


 本当に、感謝してもしきれませんね。エプロンニキ様、重ねてお礼申し上げます。ありがとうございました。


 ちなみに、本日は時間が無くなってしまったため、さねふく様の商品“迷宮でもオイシイ☆栄養補給チョコバー”のレビューは、後日改めて枠を取って配信させていただきました。こちらも大変素晴らしい商品でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る