第19話 人刃一体

 樹木でいう幹の部分が肥大化したような様相の頭部に、しなやかにうごめく枝のような八本足。突如現れた【シダー・オクトパス】を前に、一瞬思考が止まった。その間隙を縫って、樹木のタコから凄まじい速さで触手が伸ばされる。


「しまった!」


 こちらが反応するより先に、伸ばされた足先がつるの如く無数に分かれ、撮り探男を拘束する。オクトパスは男を捕らえたままその腕を高く持ち上げると、勢いよくシェイクし始めた。


「あばばばばばばばばばばばばばばば」


《めっちゃ振られてて草》

《バーテンダーかな?》

《もうこのままでいいんじゃないw》

《そのまま迷宮外にシュゥゥゥーッ!!!》

《超!エキサイティン!》

《落ち着けお前ら》


 コメント欄の意見には激しく同意するが、このままではあの男が罪を償う前に死んでしまう。心底面倒だが、俺はアイツを救出するべく刀を抜いた。


「フッ!」


 魔力で身体能力を強化し、オクトパスへ向け疾走。加速による勢いも利用して、一気に蔓を切断する。


「うわあああああああ!!!」


 拘束が解かれ、空中に投げ出された撮り探男をキャッチ。その首根っこを掴んだまま、田中さんの近くで着地した。


「田中さん、コイツを外へ」


「時間はわたくしたちが稼ぎます」


 最初の攻撃を逃れるため距離を取っていた御社さんも合流し、田中さんたちを守るように二人で前に出る。


「わかりました。お二人とも、どうかご無事で!」


 撮り探男を米俵スタイルで抱きかかえ、田中さんが出口へ向けて走り出す。その姿を見届けた後、俺は再びモンスターへと視線を戻した。


『~~~~~~』


 呻き声にも聞こえる音を発し、激しく動き回るオクトパス。だが、どういう訳か俺たちへ攻撃をしてこない。いや、そもそもモンスターの挙動自体に一貫性が見られない。目的もなくただ周囲をぐるぐると動き回る姿はまるで、何かをかのようだ。


「ニキ様。もしやあのモンスターは……」


「ええ、俺も同じことを考えていました」


 隣に立つ御社さんと視線が合う。先ほど撮り探男から回収した、青銅色の勾玉。祠に供えていたそれが奪われたことで、シダー・オクトパスは姿を現した。ならば、もう一度元の場所に戻してやれば……?


「モンスターを止める一助となるやもしれません。ニキ様、勾玉は私が祠まで持っていきます。貴方はそれまでの間、あれを引き付けていただきたいのです」


「わかりました。しかし、いくらこちらで引き付けても、生半可なスピードではあの触手にすぐに追いつかれる可能性がありますが」


「それについてはご安心を。おいで、【珂雪かせつ】」


 御社さんの言葉に応えるように、目の前の地面に魔法陣が出現。眩い光と共に、五芒星の中から真っ白な毛並みと金色の瞳を宿した狼が出現した。アーカイブでも何度か目にした、彼女が使役する魔法生物マジック・モンスターにして頼もしき相棒、珂雪かせつである。


《珂雪ちゃんキタ――――!!》

《これで勝つる》

《毛がモフモフでかわいい》

《[¥1000]珂雪ちゃんのエサ代》

《エサ代言うなw》


 ファンにはお馴染みの頼もしき味方の出現に、コメント欄も盛り上がりを見せる。ドローンが投影した画面に映るそれを愛おしそうに見つめながら、御社さんは白狼の背にまたがった。


「この子の速さならば追いつかれません。だから私を信じて、ニキ様は存分に刀を振るってくださいませ!」


「了解っ!」


 話が終わったタイミングで、ようやくオクトパスがこちらに気づいた。今度は隙を与えるわけにはいかない。モンスターが御社さんに意識を向けるより先に、俺はタコ野郎の前に飛び出した。


「こっち来いやァ!!!」


 わざと大きな音を立てるようにして、抜いていた刀を勢いよく鞘に納める。鯉口こいくちつばが衝突するタイミングに合わせ、その音を魔力で増幅させることで独特な音色が生まれる。剣の師匠から教わったモンスターの気を引く技【鬼哭きこく】による高音が、ダンジョン全体に響き渡った。


『――――――――――!』


 鬼哭に刺激されたオクトパスが、脇目も振らず俺に襲い掛かってくる。


「今です!!」


 巨体がこちらへ向けて動いたことにより、祠への道が開かれる。そこへ向けて、御社さんを乗せた珂雪がミサイルのように駆け出したのが見えた。これでいい。後は俺が、全力で時間を稼ぐだけだ!


『~~~~~~~!!!』


 怒りに呑まれた樹木のタコが持ちうる、全ての足が俺に向けて放たれる。さらに足先からはダメ押しの如く大量の蔓が伸ばされ、上下左右に東西南北。あらゆる角度から包囲される。回避は不可能。魔法の防御では間に合わない。ならばどうするか。決まってるだろ?ッ!!!


「集中――――」


 思考に割いている時間はない。目に付いたものから順に片っ端から斬り落としていく。機械的に体を動かし、反射的に刀を振るう。魔力を帯びた刃がヤツの枝に触れる度に、塵となって消えていく。しかし、これではまだ捌ききれない。全身に巡らせる魔力のバランスを調整し、より速く刀を振るうために体を最適化していく。


《ニキSUGEEEEEEE!!》

《マジで目で追えねぇ……》

《俺探索者だけど、同じ事できる気しないわ》


「オオオオオッ!!!」


 迫る全てを切り裂いていく内に周囲の雑音が消え、意識は時間を超えた場所へと旅立つ。刃が煌めく度に思考は研ぎ澄まされ、集中が極限まで高まる。


 あぁ、久しく踏み入れていなかった領域だ。


 “道具”と“人間”の境が溶け合い、刀が自身の体の一部となったような感覚になる。迎撃という考えは既に無い。ただ無造作に手を振るだけで、こちらを害するモノは世界から消え去っていく。何故だかそれが無性に心地よく、幼子がはしゃぐかのようにひたすら手を振り続ける。そうだ、このまま俺は――――




「ニキ様っ!!!!!」




 御社さんの声で、意識がに引き戻された。


「そうだ、モンスターは!?」


 慌てて刀を構え直し、正面を見据える。が、もう攻撃は訪れることはない。モンスターは淡い光に包まれ、その動きを停止していた。




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