第18話 招かれざる客

「おぉ……」


 高尾山ダンジョンに入ってすぐ、思わず声を漏らしてしまう。天井のあちこちから垂れ下がった、鋭い岩石のつらら。そのどれもが色とりどりの淡い光を帯びており、まるで虹色の鍾乳洞のようである。外見の地味な印象とは異なり、ダンジョン内部は想像以上に色鮮やかな光景が広がっていた。


《ほえー》

《内部はこうなってんのか》

《昔行った時より綺麗に見えるわ》


 どうやら視聴者の方々も同じ感想を抱いたようだ。コメント欄にもこの美しい鍾乳洞に見惚れる言葉が流れ続けている。


「とても美しい光景ですよね。最近はプロジェクションマッピングなども行われているようでして、時期によってはより美しい姿を見ることができるとお聞きします。わたくしも後ろ髪を引かれる思いですが、今は先に進みましょうか」


「ですね。行きましょう」


 イカンイカン。危うく視聴者さんと一緒に、ぼーっとこの景色を眺め続けるところだった。御社さんに促され、内部見学用に整備された舗装路を歩く。道の両端には一定間隔ごとに照明も設置されており、通常のダンジョンを探索するより何倍も快適に感じる。その上今日は魔法整備のため一般客の入場も休止しており、普段は観光客でごった返すこの道もすいすいと進めてしまう。


《あれ?この辺には魔法かけなくて良いの?》

《確かに》

《それは俺も気になってた》


 何もせず進み続ける俺たちに、視聴者の一部から当然の疑問が投げかけられる。


「この照明の光はモンスター避けの効果があるため、わたくしの魔法をかけ直す必要はありません」


「そうなんですか?じゃあ、御社さんのお仕事は?」


「この順路の先にある最終地点。本来なら中層へと続く連絡路の入口が、岩石が積み重なったことで塞がっている場所があります。そこに魔法をかけ直すのが今回の目的です。魔法の効果範囲には限界があるため、重要度が高い場所に絞って施すのです」


「なるほど。そういうことだったんですね」


《ほえ~勉強になるわ》

《道具にも頼りつつ、必要な部分は人の手で補うんだね》

《賢いやり方やな》

《てかニキも知らなかったのか》

《ちゃんと把握しとけw》


 アホか!これらの内容は事前の打ち合わせで把握してるっての。先ほどの下りはあくまで視聴者に向けた説明パートだ。もちろんこんな事を正直に口にするのは野暮なので黙っておくが。


 ちなみに御社さんも説明の中で触れていたが、この高尾山ダンジョンの構造は少々特殊だ。本来ならば通常のダンジョンの如く上層、中層、下層と別れていたはずなのだが、数十年前にここが初めて発見された時、既に中層へと続く連絡路は塞がっていた。恐らくかつて内部で崩落か何かが発生し、積み重なった岩の数々によって塞がれたのだと推測されている。そのため現在では全長三キロメートルほどの上層エリアだけが残り、調査範囲が狭まったため観光地化の対象となったらしい。つまり、今俺たちが探索している場所は、ダンジョンの一部にすぎないというわけだ。


「まぁ、本気を出せば迷宮全体を魔法で覆うこともできますけどね」


「できるんかい」


 今のはガチで初耳だった。いきなり台本にないこと言うのヤメテ……。




     ***




 歩くこと二十数分。俺たちはダンジョンの最終地点に辿り着いた。例の塞がれた場所の前には、今回の仕事に立ち会ってくれる迷宮管理局の職員さんらしき人と……ん?誰だあれは。明らかにこちらと関係なさそうな人物が、職員さんの前で正座させられている。しかもよく見ると、ソイツは魔法で拘束されていた。


(何やらトラブルがあったようですね。急ぎましょう、ニキ様)


 配信に音声が乗らないよう耳打ちしてきた御社さんに頷き、職員さんの近くまで駆け寄る。


「お疲れ様です、田中様。魔法整備の件で参ったのですが、そちらは?」


「あぁ、御社さん。それに事前の連絡にあった、同行者のエプロンニキさんですね。お疲れ様です。コイツはいわゆる“撮り探”ですよ。作業前に異常がないか見回りをしていたら、偶然撮影中の場面を発見いたしまして。話を聞こうとしたら逃げ出そうとしたので、今しがた捕まえたところです」


《うっわ撮り探かよ》

《コイツらマジでどこにでも出てくるなw》

《いい加減何とかした方がいいよ》

《つか今日は中入れないんじゃないの?》

《しっかりしろ管理局!一番悪いのはコイツだけども》


 拘束された男が映った瞬間、コメント欄が一様に嫌悪感を示す。俺もその気持ちはよくわかる。管理局の田中さんが言った“撮り探”とは、簡単に言えば“ダンジョン内部を撮影するのが好きな探索者”である。それだけ聞くと「何がダメなの?」と思うかもしれない。しかしコイツらの中には撮影のためならダンジョン内の危険な場所に平気で単身乗り込んだり、撮影したいシーンを演出するために無理やりモンスターを刺激するなど、とにかくやることが悪質な行動をとるやからがいる。そのため彼らの存在は近年、重大な社会問題の一つとして捉えられているのだ。


 とはいえ、目の前にいるコイツは一応一般人だ。万が一身バレして騒動にでもなったら大変なので、既に男の全身には魔法で作った即席モザイクをかけている。モザイクを作った御社さん当人は複雑な表情をしているが。


「しかし、なぜこの方はダンジョンに入れたのですか?今日は一般の方の入場は止めていますし、入口にも職員の方がいらしたはずでしょう」


「そ、それはボクの透明化ステルス魔法のおかげさ。この魔法を使えば、どど、どんなヤツでもボクを見つけることはできない。腕には自身があるんだ。ヘヘッ」


 ヘヘッ、じゃねぇよ馬鹿野郎。今回はたまたま田中さんが先んじて対処してくれたから良かったものの、放っておいたら何をしでかしていたかわからない。それに、コイツにその気がなくとも、場合によっては危険な事態に陥っていた可能性もあるのだ。無駄に高度な魔法を自慢する前に、この撮り探にはしっかり反省してほしいものである。


「とりあえず、私はこのままコイツを迷宮の外に連れていきます。仕事の立会いは代わりの者が向かっているので、後はその者の監督の下お願いします」


「承知いたしました」


「ご迷惑をお掛けします。ほら、行くぞ」


 田中さんが少し強引に撮り探男を立ち上がらせる。すると、その男のポケットから小さい何かが転がり落ちた。


「ん、何だこれ」


 地面で光る小さなそれを拾ってみると、青銅色の石であった。ビー玉ほどの大きさの小石を近くで見てみると、勾玉まがたまのような形状をしている。お守りだろうか。


「か、返せ!それはすぐそこにある祠で拾ったんだ!たたた、沢山のダンジョンに入ったボクでも見たことがない、珍しい素材だったからね。後で写真に収めて、ボクのコレクションに加えるんだ!」


 その言葉を耳にした瞬間、突如御社さんが血相を変えて詰め寄り、フルスイングで男にビンタを喰らわせた。


「え……」


「愚か者!!!ご自分が何をしたのかわかっているのですか!?祠に供えられていた物を拾った?そんな事をすれば――」


 御社さんの怒号を遮るように、今度は何かが音がした。驚いて音のした方向を振り返ると、視線の先の地面に大きな亀裂が入っている。


「皆様離れて!!」


 御社さんの警告を受ける前に、気づけば後方に跳躍していた。刹那、地面の亀裂が勢いよく枝葉を伸ばし、間から巨大な影が大地を貫いた。


「マジかよ……」


 自分の目を疑った。亀裂から這い出るように姿を現したのは、本来ならば生息していないはずの、【シダー・オクトパス】であった。

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